2002年日本女性学会大会についての議論

執筆者:山口智美、斉藤正美

以下は、fem-net というメーリングリストにおいて、2002年6月に開催される日本女性学会大会のお知らせを受けた山口、斉藤が、ポルノをテーマとした女性学会のシンポにどうして男性学者ばかりを呼ぶのか、という問題提起を行った時の文章です。

2005年3月に斉藤が書いた「女性学の権威主義」で触れている女性学の男学者優遇?、依存?の姿勢がこの時から表れています。なんだかいつも同じ点をぐるぐると言っているような錯覚に陥ってしまいました。女性学の課題については、ジェンコロでの研究会や、ジェンダーフリー批判をするずっと以前から議論をしていたことを記憶しておくためにも、ここに保存しておくことにしました(2005年3月1日;文責斉藤)。


2002年女性学会大会シンポの案内文章

ポルノグラフィーの言説をめぐって 男とポルノ

日本女性学会2002年度大会シンポジウム (共催 せんだい男女共同参画財団)

ポルノグラフィーの言説をめぐって  男とポルノ

女性学がポルノグラフィーを分析するための理論枠組みを再構築するために男性学あるいは男性研究の観点からポルノを論じる。

男女それぞれのポルノとの多様なかかわり方を視野に入れて、ポルノを性差別の一形態として批判するだけでは済まされない現実を見据えながら。

日時:2002年6月9日 10:00?13:00 (9:30受付開始)

場所:エル・パーク仙台 〒980-8555 仙台市青葉区一番町4丁目11番1号

tel:022-268-8300 fax:022-268-8304

参加費 (非会員) 500円

コーディネーター

  • 江原由美子 東京都立大学人文学部教員
  • 船橋 邦子

シンポジスト

  • 沼崎一郎 東北大学 《私と「女性の裸体」像》
  • 森岡正博 大阪府立大学 《男のセクシュアリティの一断面》
  • 細谷実 関東学院大学 《ポルノの快感/不快感/被害感》
  • 風間孝 動くゲイとレズビアンの会 《同性愛の欲望と表象》

日本女性学会のHPは、以下にあります。詳しくは下記を。

http://www.joseigakkai-jp.org/news90.htm


以下は、上記お知らせがMLで流れたのを受けて、山口智美が2002年5月24日にMLに書き込んだものです。

数日前に上記の女性学会大会の御案内をいただきましたが、私は女性学会の会員ではなく、またこのシンポにも出席できません。シンポの場で発言すべきことかもしれませんが、どうしても変だという思いが抜けないので、問題提起のつもりでこの場に書き込むことにしました。

とりあえず、私の違和感の理由として以下の3点があるように思います。

  1. なぜ女性学会で、わざわざ男性の発表者のみによるシンポジウムを開かなくてはならないのでしょうか?それも貴重な一年に一度だけの大会で。女たちが男たちの話しをお伺いする場というのを女性学会が設定する意図がわかりません。発表者の男性4人に対して、コーディネーターの女性2人、それもコーディネーターは自説を御発表されるわけではないと思うので、一方的に女たちが男たちの話しを承る、、というような形になっている度合いが高いように思うのですが。既存の権力構造の再生産をなぜ女性学会の場で?と疑問です。
  2. 「女性学がポルノグラフィーを分析するための理論枠組みを再構築するために」なぜ「男性学あるいは男性研究の観点」が必要なのでしょう? 「女性による、女性のための学問」が女性学なのではなかったのでしょうか?そもそもいったい何のために「理論枠組みの再構築」が必要だと考えられているのでしょう?また、再構築せねばならない女性学の「理論枠組み」というのは何なのでしょうか?
  3. 「ポルノを性差別の一形態として批判するだけでは済まされない現実を見据えながら」という一文も、女性学はこんなに引いてしまっていてもいいのかという印象です。そもそも、性差別の一形態として批判することの何がいけないのでしょう?性差別撤廃のための学問が女性学だとも思っていたのですが、、女たちの置かれている状況の改善につなげるためではなく、学問上の理論構築のための素材としてポルノ問題を扱っているのかなという印象を受けてしまいました。

何のための、誰のための女性学なのか、という点が、この大会案内を見る限りよくわ からないのです。

私自身、女性学を学んでいる身なのですが、この案内を拝見して狐につままれたような気分です。

女性学会の会員の方がいらっしゃったら、御意見お伺いできたら嬉しいですし Fem-netの皆さんがどう思われるかもあわせてお伺いしたいです。よろしくお願いいたします。

山口智美


以下は、2002年5月25日に斉藤正美がMLに書き込んだものです。

女性学会の会員の一人です。女性学の学会や学会誌が女性の問題や社会の権力構造について議論できる場として存在していることをありがたいと思っています。

このシンポにはとりたてて興味をもっていたわけではありませんが、せっかくだから議論ができる場になればと思って、山口さんが指摘されたことを受けて素朴な意見を書いてみます(シンポには出席できないことだし)。

それに、このMLが「見るだけ、読むだけ、送るだけ、もらうだけ・・・といった一度限りのものから、双方向のやりとり」になれば、フェミニズムが元気に論陣張っていけるのではないかと期待するところもあるし、ね。

最近のフェミニズムは、一見、女性学の本の刊行は盛んだし、男女共同参画社会ということで行政周辺は元気よさそうだけど、実際は、田中・辻元下ろしや、市民活動つぶしの有事関連法案などの出現で前途多難です。

女性学と女性運動の理論的、実践的連携が今こそ必要だと思うのですが、このシンポのお知らせを読むと、女性学はそんなこと思っていないのかなという気がしてきました(違う、違う、、という意見が聞けることを願って、、)。

At 1:18 AM -0400 02.5.24, Tomomi Yamaguchi wrote:

2. 「女性学がポルノグラフィーを分析するための理論枠組みを再構築するために」

なぜ「男性学あるいは男性研究の観点」が必要なのでしょう? 「女性による、女性

のための学問」が女性学なのではなかったのでしょうか?そもそもいったい何のため

に「理論枠組みの再構築」が必要だと考えられているのでしょう?また、再構築せね

ばならない女性学の「理論枠組み」というのは何なのでしょうか?

女性がポルノとどんな関係を切り結んでいるのか、ということより、「男とポルノ」という視点に先に向かっていく理由がわかりません。 実践的には、「女とポルノ」をこそ分析し、問題解決する必要があると思うので、「男とポルノ」を優先させるのならそれは「理論枠組みの再構築」のため? という疑念が沸いてしまいます。

それと関連して。「男―女」という二元論的枠組みを批判しようとしているのですが、女の中の多様性を掘り下げないで、「男学者4人(ポルノの利用者としての男)」という極めて限られた対象を掘り下げるというところに、「男ー女」という強固な二元論が響いているようにどーしても感じてしまいます。

「女とポルノ」の関係だって、ヘテロ、レズビアン、ポルノを制作する女、ポルノに出演する女、ポルノを利用・消費する女、ポルノを楽しむ女、ポルノを嫌う女・・といろいろあります。

あるいは、カッコイイ男の学者さんをお招きしてシンポが盛況になるように、という興行上のねらいが隠されているとか、、。

3. 「ポルノを性差別の一形態として批判するだけでは済まされない現実を見据えな

がら」という一文も、女性学はこんなに引いてしまっていてもいいのかという印象で

す。

女性学の目的は、「性差別の撤廃」「既存の権力構造の変革」にあると思います。 この文を見ると、「批判するだけでは済まされないぞ!」とだれかから脅されているような印象がしますが、本当のところは、どうなんでしょうか。

個人的には、ポルノを批判するあまり、セックスを楽しむことに対しても否定的なような印象を与えていた(というか、セックスを楽しむことについて あまり議論してこなかった)という課題はあったと思いますが、それは「性差別の一形態として批判する理論枠組み」の中でもやれることではないかという感じがしています。

このあたりに詳しい方、関心がある方、ぜひいろいろ教えてください。

このMLに参加している方のいろんな感想がでて、ポルノや女性学についての議論が盛り上がればなーと思います。よろしくお願いします。


以下は、2002年5月25日に山口智美がMLに書き込んだものです

Date: Mon, 27 May 2002 20:14:46 -0400

To:

Subject: [fem-general 2397] Re: FW:    日本女性学会&ポルノ

山口智美です。

斉藤さん、川崎さん、早速のご反応嬉しかったです。誰も書いてくれなかったらどう

しよう、、と実は心配だったので。

もともと「女性学会シンポ、何か変だよな?、それともこう思うのは私だけなのかな」

というような感じの問題提起だったのですが、ポルノの議論に発展させて下さって有

難うございます。

ポルノグラフィーとは、憲法がその自由を保障するような人権としての「表現」では

なく、「差別行為」そのものという立場です。「差別行為」の楽しむということで、

いっそう悪質な「差別行為」だとも思っています。

おそらく、ポルノの定義が川崎さんと私とでは最初から

違っているのだろうと思います。

川崎さんが、ポルノが人権として保障される範囲を超えた「差別行為」だとされる

のであれば、その際のポルノの定義は、「性的興味をそそるような描写を主とした書

画・写真の類」(広辞苑・第三版)ではないのだろうと思います。私がポルノと

言ったときにイメージしているのは、どっちかというと、上記の方です。なので、

「差別行為」だと感じる書画・写真もあれば、悪くないなと思うものだってあります。

斉藤さんの定義の「ポルノ」なら、私もものによってはいいなと思ったり、自分で楽

しんでしまうこともあります。もちろん、「性差別的だ」と怒りを覚えるものもたく

さんあります。残念なことに、ほとんどが怒れるものなのですが、、

私はセックスを表現すること、その表現を見たり読んだりすること自体が「けしから

ん」とは思っていませんし、むしろもっと性表現は多様であってよいと思います。女

による女たちのための性表現ももっとたくさんあったらいいのに、ほとんどが性差別

的なものという現状はとても残念だし、何とか変えていかなくてはとも思います。

しかも、「差別」かどうかというとき、その線引きはセクシュアリティに対しての

好みによって微妙に違ってきて、難しいな?という気がしています。

SMやレズビアンに対する態度いかんで、性的描写が差別かどうかなんて結構、

白と黒くらいちがってくるんじゃないかな?と想像していますが、どうでしょう?

何が「よいセックスの表現」で、何が「よくない表現」かという線引きは確かに私も

難しいと思います。人々の価値観がモロに出てしまうところですよね。で、現在の世

の中の主流でとされていない、例えばレズビアンやバイセクシュアル、SM愛好家らの

セクシュアリティ表現が「正しくないセックス」として排除されたり、検閲を受けた

り、、というのは非常に問題だなと思います。

アメリカからカナダのフェミニスト系の本屋に本を輸出するとき、税関の検閲でひっ

かかった本のリストというのを手にいれたというフェミニスト学者の発表を聞いたこ

とがあります。検閲の具体的な基準がはっきりしているわけではないため、見事に税

関のお役人さんの価値観を反映して、実際検閲される必要性の全くないような本がひっ

かかったりする事すらあるということを言っていました。特にSM関連、ヘテロセク

シュアリティ以外を扱った本(例えば「レズビアンスタディーズ入門などという学

部生むきテキスト本までも)が検閲にひっかかったり。

話しがちょっとずれたかもしれませんが、性表現の範疇に、国家権力、警察権力など

が介入することに対しては、私は非常に危惧を感じます。今回の日本での有事法制の

議論などを見ると、ますます怖くなります。

性表現をどんなに制限してコントロールしても、それは女が自分のセクシュアリティ

を取り戻し、自由に表現できる世界にはつながらないように思うから。

でもこれは、意見が割れるところかもしれないですね。皆さんの御意見いろいろ伺い

たいところです。

にもかかわらず、この社会にあまりにもあたりまえのように存在するがゆえに、その

差別性が見えなくなり、また産業となってしまっているために、その差別行為に荷担

することを余儀なくされている(しかも、差別に荷担していることに無自覚な)人間

を多数生み出しています。

これが構造的暴力でなくてなんなのでしょうか?

産業の中で搾取されており、権利が確立していない労働に従事している

女性が多いことは本当に問題です。この点は共感します。

ただ、それが表現として出回った際の

差別行為とその被害者については、また別の関係性も生じている

ように思います。

確かに現在の日本のポルノ産業の性差別性は甚だしいですし、構造的暴力という点に

関して私も同感です。特にポルノ産業に従事している女性たちの問題は、最も優先的

に考えられるべき課題だと思います。

ただ、その現状を批判し、変えていこうという試みと、「性表現=悪」という図式は

別物だと思いますが、、

わたし自身は、今回のテーマのシンポジウムの発表者が男性のみであること自体にあ

まり抵抗がありません。年に一度の女性学会のシンポジウムのあり方としてそれでい

いかという議論は別として。

このメールでは、ポルノに絞りました。

女性学会のあり方についてはまた別に議論したほうがいいのではないかと思います。

せっかく斉藤さんが議論の方向を示して下さったのに蒸し返すようで申し訳ないので

すが、発表者が男性のみ、それも極めて限定された層のポルノ利用者側にたつ男性

(お一方を除いて皆さんヘテロセクシュアルと思われる学者)ばかりであり、その方々

が御自分と「ポルノ」の関係に関するご発表をされることが、なぜ「女性学がポルノ

グラフィーを分析するための理論枠組みを再構築する」ことにつながるのか、やはり

私には不思議なのです。

斉藤さんも言われていましたが、私もまずは「女とポルノ」を掘り下げるべきなので

はないかと思います。それとも、来年度の学会で連続してポルノ問題(今度こそ「女

とポルノ」)を掘り下げる予定なのかな。だったらまだよいのだけど、、会員ではな

いので事情よく知りません。間抜けなこと言ってたらスミマセン。詳しい方、事情を

教えていただけるととてもとても嬉しいです。

山口智美

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