「ジェンダー」という用語の使われ方

執筆者:斉藤正美

「ジェンダフリー」ということばがどのように導入されたかについては、山口さんの論考 「ジェンダーフリーをめぐる混乱の根源」,「ジェンダーフリーをめぐる混乱の根源」(2)に詳しいが、「ジェンダー」1はどのようにして日本社会に導入され、普及していったのだろうか。

こうした疑問から、国立女性教育会館の女性情報CASSデータベースから「ジェンダー」を含む記事を検索し、その数値の変遷をグラフにし、あわせて背景の社会事象を入れて「年表」を作成してみた。なお、ジェンダーで検索できる記事は、1986年の初出以来、2,052件に上っている2。以下では、新聞記事検索に基づいて考えてみたい。

1. だれが新聞に「ジェンダー」を導入したか

最初に導入されたは、1986年青木やよいによる執筆記事(『下野新聞』)であり、その次が同じく同氏らによる1988年の『信濃毎日新聞』記事であった。いずれも地方紙であったこともあり、ひっそりと使われ、あまり注目されなかったようだ。

1989年には、『朝日新聞』で上野千鶴子3による執筆記事が3件、ならびに海外紹介記事1件で「ジェンダー」が使用されている。1件は「ミッドナイトコール」4という題であり、その他は「ジェンダー」「専業主婦願望」であった。

後に、『ジェンダーの社会学』(1995年)本の論文などでジェンダー概念を牽引していく上野が新聞記事での「ジェンダー」使用にも先駆的な貢献をしている。青木、上野の他にジェンダーが使われている記事は、政治の「ジェンダーギャップ」の紹介など、海外事情の翻訳紹介記事が主であった。

一般的な次元で最初に「ジェンダー」を導入しようとしたのが青木やよいで、上野千鶴子が後に続いていることが見て取れた。新聞記事での使用状況だけを見ているので限界はあるのだが、大まかな流れだけは把握できる。上野氏は、その後学問分野でも「ジェンダー」導入に大きく道をつけた一人だけにこの先駆的な「ジェンダー」導入には興味を引かれるところである。

2.「ジェンダー」はどのように使われているか

次に、同じデータベースを使って、「ジェンダー」がどういうことばと共に用いられているかを調べてみた。ジェンダーは、「エンパワーメント」(100件)、「学ぶ」(42件)というキーワードと合わせて使われているケースが多かった。一方、「性差別」で同じことを調べたところ、全件数1,126件のうち、「学ぶ」と関連する記事は10件、「エンパワーメント」は、9件と少なかった。

概して「ジェンダー」は、「学ぶべき」事象として使われることが多い模様である。「ジェンダー=学び」については、ジェンダー概念の2つの波を読んでいただければ、その意味するところがはっきりするのではなかろうか。そこでは、「ジェンダー」概念をめぐる2つの波に、女性運動から女性学・行政への主役交代劇が関わっていると論じているのである。

「ジェンダー」導入によって、性差別問題や、賃金格差、社会保障制度などの「問題解決」より、ジェンダーそれ自体を「学ぶ」こと、あるいはそれによって女性たちが「エンパワーメント5(力をつける、という意味で)」することに関心が向けられたのだとしたら、「ジェンダー」導入は、フェミニズムを後退させることにつながるようにも思えるが、真相はどうだろうか。

3. 私と「ジェンダー」との関わり

1996年お茶大の女性文化研究所が「ジェンダー研究センター」になった。私は、そのことを新聞記事で読み、その翌年同大大学院に入学した。今から思うと、私自身が日本の女性学に「ジェンダー」概念が導入されている真っ最中にそのただ中に入っていっていたようだ。

私は、1997年頃から「ジェンダーとメディア」のサイトを運営している。このサイトは、現在、検索語としては「ジェンダー」を使って来られる方が圧倒的に多い。当時、「ジェンダー」を名前に用いたのは、社会の流れとして「ジェンダー」が時代の言葉であったことに加え、「性役割」「性別役割分業」以上に社会の権力関係を浮き彫りにできる概念として期待をかけたからであった。社会の権力関係を浮き彫りにする強力な概念ということを知ったのは上野「差異の政治学」論文やスコットのジェンダー論文からであった。

今後「ジェンダー」概念と女性学、女性運動との関わりについて、自らの関わりも含め、掘り下げて考えていきたい。ジェンダーをめぐる錯綜した状況を解きほぐすには、女性運動、女性学の歴史を再検討することなしに実現することはないと思うからだ。

脚注

  1. なお、ここでは一般的な用語としての浸透に着目したが、政策として導入されたのは、国の政策文書に「ジェンダー」が登場した1996年7月の男女共同参画審議会答申「男女共同参画ビジョン」が最初である。「この答申は、女性と男性が、社会的、文化的に形成された性別(ジェンダー)に縛られず、各人の個性に基づいて共同参画する社会の実現を目指すものである」という形で「ジェンダー」が導入されているという(大沢2002:13)。
  2. 年表では、1989年以降の件数を記している。これ以前は、青木やよい氏らによる2件である.
  3. 年表にもあるように、上野は、岩波の『ジェンダーの社会学』における「差異の政治学」論文でジェンダーについて論じている。この論文はその後長らく引用率の高い論文であり続けた。つまり、ジェンダー論文として高い評価がなされた論文だったといえよう。上野論文はじめジェンダー論文については、今後、さらに論評を続けていきたい。
  4. このタイトルでの『朝日』での同氏の連載が89年からだったかは定かでないので今後調べたい。
  5. 行政では「権力移譲」という意味の「エンパワメント」を「女性が力をつけること」(=学ぶこと)という意味で使っている例もあった。
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