「ジェンダーフリー」をめぐる大混乱

執筆者:山口智美

12月に開催した東大ジェンダーコロキアム「ジェンダーフリー概念からみた女性学・行政・女性運動の関係」に出て、気づいたことがあった。「ジェンダーフリー」概念を使い続けるべきだ、と主張していた会場からの発言者の多くが、「私自身はジェンダーフリーという言葉は使ってきませんでしたが」と最初に断ってから発言しているのだ。その後、上野千鶴子さん、斉藤正美さんや私の「ジェンダーフリー」概念再考の主張を批判し、「ジェンダーフリー」という表現は支持すべきだといった類いの文章などもいくつか見たが、なぜかその中でも「ジェンダーフリーという用語を自分は使って来なかったが」という枕詞のような断り書きが目立つ。

はて、いったい「ジェンダーフリー」という言葉は誰が使ってきたのだろう?そして「ジェンダーフリー」を実際に使ってきた人たちはどこへ行ってしまったのか?なぜ「使って来なかった」と明言する人たちが、使ってきた誰かを代弁するような形の論考が多いのだろうか。

日本女性学会の学会ニュース第101号(2005年2月)に掲載されている伊田広行さんの論考「ジェンダーフリー概念を捨て去るという退去戦略は有効か?」にも、ご他聞にもれず「私個人はこれまでジェンダーフリーという用語は積極的には使ってきませんでした」という一文がある。ちなみに伊田さんは『「シングル社会の単位論?ジェンダーフリーな社会へ」』(世界思想社 1998))というご著書をお持ちだ。自著のタイトルに、ある言葉を使うということは私にとっては「積極的に使う」ことを意味するが、伊田さんにとってはどうも違うらしい。伊田さんのみならず、今まで「ジェンダーフリー」を使ってきたと思われるのに、ここに来て突然、「使ってこなかった」と言い出す人たちが増えてきたような気がしている。

さて、その伊田さんは、「『We』2004年11月号や同時期の研究会などで展開されている、ジェンダーフリー・バッシングに対する「ジェンダーフリー概念を使わなければいい」という上野千鶴子さんや一部論者たちの意見に対して」ということで、論考を展開している。私はこの『We』誌にも書いているし、「同時期の研究会」=上野千鶴子さんの研究室と共催したジェンダーコロキアムにもパネリストとして出ており、「一部論者」の中に含まれているのは確実だろう。

ジェンダーフリーという概念がバーバラ・ヒューストンの論文の誤読(か故意かは私が知る由もないが)に基づいて、学者と行政主導で作り出したものだったという私の主張に対して、伊田さんは「外国人の誰がどう言った、言っていないというのは権威主義の発想」であり、「狭いアカデミズム的な姿勢です」「そもそも誰か一人の最初の使い方にだけ正当性があるということは言えません」などと批判している。

だが、私の主張のポイントは、伊田さんがご理解されているような、「外国人が言ったから正しい」と言うものではない。「ジェンダーフリー」概念を最初に使ったのは、東京女性財団のプロジェクトに関わった3人の日本人学者(深谷和子、田中統治、田村毅)だ。そのプロジェクト報告書で「ジェンダーフリー」という概念を提唱してきた人物として、アメリカの教育学者バーバラ・ヒューストンが持ち出されているのだ。そして、その後に続く学者たちによる論文でもバーバラ・ヒューストンが引用されているのが目についた。 アメリカの白人学者を持ち出すことで、日本の学者たちは「ジェンダーフリー」という概念を権威づけしてきたのは日本の学者たちだったのだ。

だが、そのヒューストンの引用は大間違いだった。「ジェンダーフリー」に関して、「外国人が言ったから正しい」という権威付けをしてきたのは、「ジェンダーフリー」概念を作り出し、広げてきた行政や学者たちである。だがそれはそれが実は誤読に基づいていたというお粗末さ、おかしさを私は指摘したのだ。私がヒューストンに言及したのは、行政と近い関係で仕事をしてきた学者たちがヒューストンの権威を使って間違ったことを広めてきたことを指摘するためであったる。私が「ジェンダーフリー」という概念が日本で作られた歴史を振り返ることで明らかにしたのは、実は「ジェンダーフリー」という概念は、実は学者たちがアメリカの権威を利用し都合良く作りあげ、行政が無批判にそれを使い、広めてきたということだった。

私が「ジェンダーフリー」概念の「アメリカ白人フェミニストの権威」に頼った部分を崩すことで、こんなに反響や批判を呼んでしまったというのも、ある意味興味深い。そして、斉藤正美さんも指摘されているが、「外国人の権威」を批判されている伊田さんご本人が、同じ文章中でベル・フックスなどご推薦されているというのも、不思議なことだ。

もう一つの私の『We』論文のポイントは、「ジェンダーフリー」概念の広がりの背後には行政と学者の密着関係があり、「ジェンダーフリー」概念批判を契機に、 女性学が自らの歴史を批判的に振り返る必要があるという点である。伊田さんは私が「権威主義」であると言われるが、むしろ私は権威である行政や学者を批判しているのだ。私の批判の対象である行政や、行政と近い関係で仕事をする大学教授は、テンポラリーのポスドク研究員である私よりもどう考えても権力をもっていると思う。そして、斉藤正美さんが「女性学の権威主義」の論考で指摘されているように、男性の大学教授から女の私が「権威主義」として批判される、ということの矛盾も当然あるだろう。

伊田さんは「大事なことは私がどのような意味で使っているか、日本の運動の中でどのような意味で使われているかです」と書かれている。だが、「ジェンダーフリー」概念が運動の中でどう使われているか自体がかなり混乱していると思う。そして、この混乱の責任の一端は学者にあると私は主張した。誤読があっても、概念のズレが生じても、様々な意味が生じても、何も議論もせずに今まで放置してきたからだ。私も具体的にどのように現場で使われてきたのか、この概念を使うことのプラスやマイナス点について、研究や議論は私も必要だと思っている。

「なぜ今になってジェンダーフリーがおかしいと言い出すのか」という批判も東大の会で聞かれた。だが、実は私は今初めてジェンダーフリー概念を批判したわけではない。数年前、「ジェンダーフリー」概念というのはおかしい、という趣旨の投稿を、fem-netというメーリングリストにしたことがあり、その際には三井マリ子さんや斉藤正美さんらも同じテーマで書き込み、多少の議論もあった。また、2002年秋には「ジェンダーフリー」があいまいな言葉として使われていることを批判する斉藤の原稿正美さんの文章が『ふぇみん』に二度掲載されている。だが、実際に「ジェンダーフリー」を使い、広げていると思われる方々や、女性学者たちはその議論に加わることもなく、問題提起は無視されて終ったのだった。

「なぜ今になって?」ではなく、「今だからこそ」機を逃すことなく、ジェンダーフリーについてもっともっと議論し、女性学の歴史を批判的に振り返り、新しい流れを作って行く必要を強く感じる。「ジェンダーフリー」概念を批判的に見直し、議論をしていくことは後退でも何でもない。むしろ大きな前進ではないのか。そして、「男女平等」という言葉が「男女性別特性論」であるという、女性学会まわりで蔓延しているらしい考え方は、歴史認識的におかしいのではないか。(これについては、また後日論考をまとめたいと思っている。)そしてそのような後退した定義を私たちがあえて受け入れる必要などまるでないはずだ。「男女平等」や「性差別撤廃」「性別役割分担の撤廃」など、今まで女性運動が使い、作り上げてきた言葉についてその歴史的意味をしっかり捉え、今後の運動においても、「わかる言葉」を使って行くことは重要であろう。

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