主流フェミの連帯誇示と権威発動の場としての「ジェンコロ」

執筆者: 山口智美

先日行われたジェンダーコロキアム(ジェンコロ)とWANの共催企画『新春爆笑トーク 上野千鶴子vs澁谷知美「男(の子)に生きる道はあるか?」』の一部だけを見た。ネット生中継時間帯は私が住むモンタナでは深夜だったし、後日アップロードされた動画を見ようとしてみたが、家の回線速度が遅いためか、5秒に一度のペースで画像が止まったりした。何とか頑張ってみたが、結局90分以上ある動画の43分時点まで見たところであきらめた。その段階ですでに「こんなに苦労してまで見るべきものではないのでは」という疑問がむくむくと頭をもたげていたのもある。

その43分間、ずっと気味が悪かったのが、妙な「内輪的なれ合い」の空気と、会場から聞こえる「笑い」だった。会場の聴衆が見えないため、その「笑い」の状況が見えないのが、余計に何ともいえず気持ちが悪い。だって、動画をみていて何一つとして「笑える」ところがないのだから。

43分しか見てないし、すでに内容については実際その場に行かれたtummygirlさんによる秀逸なエントリがでているので、この稿ではつっこんでは言及しない。ここでは、ジェンコロと私との関わりを振り返りつつ、今回のジェンコロでとくに顕著に見えてきたその権威性と問題点について考えてみようと思う。とくに、1)ジェンコロが内輪のネットワークの誇示の場になってしまっており、そのこと自体が権威となっていること、その中では多様性や異論といったものは排除されるだろうこと、2)「最先端」を代表しつつ、しかも同時に「一般」にも届くことをしているかのように装うことで、さらなる権威の発動をしようとしていること、3)そんな中、とくに今回の企画では、「男女共同参画」の世界でも主流になったような、「意識偏重」言説が垂れ流され、構造的な権力問題などが不問にされる場となっていること、といった問題点を感じた。そのことについて以下、ちょっと長くなるが、述べてみたい。

ジェンコロは、たしか上野さんがドイツの在外研究から帰ってきた後、97年くらいに始めたのではなかったかと思う。私は97年4月から98年3月まで、アメリカの院所属の学生として、上野ゼミに参加していたことがある。たしかこの時に、ジェンコロというのを始めるという話しを聞き、それが始まって私も何度か参加したのだったと覚えている。その頃のジェンコロは、夜の開催ということもあり、ゼミとは若干違う「開かれた場」ではあったが、いつ何のイベントがあるといった情報は私はゼミで仕入れていた気がする。基本的には、書評セッションであるとか、研究についてのトークであるとか、そんなイベントが多かった。 そのうちジェンコロの連絡MLができ、いまだにそのMLにははいりっぱなしの状態になっているので、だいたいどんなイベントが開かれてきたのかという感じはわかる。実際のジェンコロについては、97年〜99年に日本に調査のため滞在していた期間は時々行っていたが、その後アメリカに帰ってきて以来、この10年の間でせいぜい2−3回しか行っていないと思う。

そんな背景から、ジェンコロは 上野さんが主催している、MLでアナウンスがやってくる会、程度に認識していた。だが、最近「ジェンコロって何だ」的なつぶやきをtwitterなどで見かけるようになり、MLはあってもネットからは申し込みもできない状態であり、案内なども公的には出ない場合がほとんどであるということを知った。そして、おそらくその秘密主義っぽい状況のため、「ジェンコロなるものがあるらしい」「そこで何かアカデミックフェミニズムやジェンダー研究の世界で影響力があることが行われているようだ」的な「噂」になっているようだ、ということも。そして、ジェンコロというものが、一種の「権威」になっているのかも、ということにも改めて気づかされた。

思い出してみれば、ジェンコロによく来ていたのが、編集者だった。どうやらジェンコロが、本を出せるような研究プロジェクトを抱えている「若手」の研究者を発掘する場、として機能していたような節は当初からあった。比較的内輪のゼミ生が主に参加する研究発表の場、というだけの位置付けでは、当初からなくなっていたのだとは思う。 そして、「東大」という場の力もあり、上野さんの権威発動の場としても機能していった側面は否定できないだろう。ジェンコロで、スピーカーになるだけではなく、とりあえず参加しておかないと、主流アカデミックフェミニズムの流れから置いていかれるかもというように(少なくとも一部 では)捉えられるような場になっていったのかもしれない。実際、今回の「爆笑」セッションで明らかになったのは、最先端の情報を得るどころか、フェミニズムの本来流れから隔絶されかねない、ということだった気がするが、、

今回のジェンコロは、WANとの共催ということもあり、ジェンコロのMLのみならず、WANサイトでも、某秘密主義ジェンダー関係MLでも盛大に宣伝が流れていた。これほどまでに、大きく宣伝をうってでたジェンコロイベントは初めてだったのではないか。そして、ネット上で中継までし、録画配信までしている。「一般むけ」を狙った、興行的な企画だったといえる。

そこでふと考えてしまった。当初は、研究発表や書評セッションが主であり、興行的な企画をやってきたわけではなかったジェンコロだが、こういう企画をやっても成り立つ、動員もできるという認識ができたのは、もしや斉藤正美さんと私がもちこんだ企画の、 2004年12月の「ジェンダーフリー概念からみえる女性学・行政・女性運動の関係」の回がきっかけとなってしまったのか?と。もしかしたらマズい先例を作ってしまったのかと。

あの企画をジェンコロに持ち込んだ理由としては、二点ある。1)急に思いついた企画だったので、場所とりなどを考えるのが面倒だった。そこで、ジェンコロなら場所タダだし、なんとかなるだろうと思った。 2)当時の上野さんは、「ジェンダーフリー」概念を批判的にとらえていると思われる発言をしていたので(We誌2004年11月号における「ジェンダーフリーバッシングなんてこわくない」インタビュー記事が出て間もない時期だった)一度同じ場で、議論に巻き込んでみたかった。だが、今自省的に考えてみれば、上野さんのところで会を開くことで、自分たちの声が届きやすくなるのではないかと当時思ってしまったことは否定はできない。考えが足りなかったと自分でも思う。

この会については、Fem-netあたりのMLで宣伝が流れたかもしれないが(よく覚えていないが)それだけであり、積極的に宣伝もしなかった。斉藤さんと私も、来るのは上野ゼミの学生さんが主だろうと思い、少人数の勉強会的なものを想定していた。パネリストの中に富山の方がお二人いらしたことから、富山の運動関係者や上野さんのご友人が数名来るらしい、ということはわかっていたが、その程度だと思っていた。(正直いえば、富山からわざわざ聞くためだけに何人かがいらしたことにも驚いた。それも、東大や「上野千鶴子」の権威の影響があったのかと思わざるを得ない。)

話題がその頃にしてはタイムリーだったこともあるのだろう。ふたをあけてみたら、100人を超えるような人数が来てしまい、女性学者や女性運動のいわゆる「有名人」の姿もちらほら。もちろん編集者も数名来ていた。会場が狭く、椅子が足りなくなったりした。そこで初めて「東大」や「上野千鶴子」の名前の威力を感じ、怖いものを感じたのだった。もし、女性センターあたりで、上野さんなしで同じ会を開いていたなら、あんなに人は来なかったはずだ。

会の様子は当サイトにアップしてあるので、そちらをご参照いただきたい。考えてみれば、ジェンコロの様子がネットに詳細にレポートされた、という点では、この回が初めてだったのかもしれない。そもそもなぜネットにテープを起こしたものをアップすることになったか、といえば、かなり複雑な事情が絡んでいる。もともとあの会は、録音はとらない予定だったのだ。会場に対しても、録音はとらないでくださいということをアナウンスし、共催側であった斉藤さんと私もその取り決めに従い、録音はとらなかった。だが、後からなぜか『We』誌の編集者が、上野さんだけに了解をとったといって、録音をとっていたことが発覚。それに基づいてレポート記事を掲載するのだという。その原稿というのが送られてきたが、もちろんテープ起こしそのものではなく、上野さんのご発言と、『We』編集長氏のスタンスと近いと思われる発表者の発言ばかりが長大に引用されている、あまりに偏ったレポートになっていた。このイベントに参加しての、個人的な感想レポートならいい、でも、「録音しない」という取り決めがあったはずなのに、共催者の斉藤さんと私が知らない中で録音したというのがそもそもおかしいし、それに基づいたものを出版しようというのがますますおかしい。その録音テープ、企画者および共催者である私たちに渡してください、ということを主張し、結果としてテープはかえってきた。

録音テープがやってきて、『We』にはテープ起こしに基づいた原稿が載らないとなった時点で、偏った起こしではなく、事実どおりにそのまま起こしたものを、ウェブサイトに載せます、ということになったのだった。もともとネット上で盛大に詳細レポートを掲載する予定でもなかったが、成り行き上そういうことになってしまった、というのが実際の経緯だ。

だが、そのネットへのレポート掲載が、もしかしたら「ジェンコロ」というものが「権威」をもちうるイベントであり、ゼミ発表を超えた、興行的な企画をも行うことがある場、みたいなイメージをネットを介して高める一つの要素になってしまったのかも、と今になって思う。そして、今だったら、あの会をジェンコロでやろう、とは思わなかっただろうと。もちろん、あの時すぐに場所をご提供いただき、会を開かせていただいたことに関しては、上野さんに感謝はしている。だが、ジェンコロという場の「権威」性について、企画を持ち込んだときにはあまりにナイーブにも考えが足りていなかったと今は思う。それに加え、当時からくらべて、上野さんのスタンスが、明らかに変わった面があると思うこともある。

あの頃は、上野さんはアカデミックフェミニズムの世界では明らかに「主流」であり、大澤真理さんとの対談本などで行政の「男女共同参画」やら「ジェンダーフリー」にお墨付きを与えたりもしてきたが、それでもたまには「主流」的なものに異議を唱えることもある、という印象があった。だが、国分寺で2005年、上野さんの講演がバックラッシュのために断られたという事件以降は、上野さんはもはや完全な「主流派フェミ」としか思えなくなった。あれを機に運動の世界でも「主流」にはいってきて、「男女共同参画」や「ジェンダーフリー」への検証であるとか、フェミニズム運動の方向性の問題だとか、行政との関係であるとか、そういうあのときジェンコロで議論したはずの問題意識は、どこかに置いてきてしまったのかなという印象だ。WANのオープニング集会では、バックラッシュに対抗するためにつくったWANであり、「女の連帯」が重要だといった話しをしていた。「バックラッシュ」対抗のための「連帯」という概念の中で、異論がつぶされようとしている問題、「連帯」を唱える中で、権力が発動するやもという問題など、考えておられるようには聞こえなかった。そして、いまや「おひとりさま」でベストセラー作家状態である。ジェンコロ動画の冒頭から「売れる、売れない」にやたらこだわっていたことから、今度は資本主義的側面で本が売れるか売れないかということこそが大事、というような「主流」的な考えにになったのかなあと思った。

先日のジェンコロの、見えない聴衆の「笑い」から見えてくる内輪ノリかつ、その「内輪」ネットワークの誇示。 「シスターフッド」「女どうしの相互扶助」なるものへのノスタルジアをあえて打ち出し、「一般に通じる」ことこそが重要というメッセージを打ち出し、「オトコ」への慈愛に満ちた眼差しなるものも加えたわけだ。結果として「多様性」を排除し、かつ厳然として存在する権力関係や権威といったものを、一方では思い切り利用しつつ、もう一方ではうまく隠蔽しようとする、そういった場として機能しているのではないか。

トークの中で、澁谷さんは、東京経済大学で働くことで「男子」に届く言説を開発する必要性を感じ、それを実践したと述べられていたが、東京経済大学の学生さんたち=一般的な「男子」なのか?東京経済大学の学生さんたちの中の多様性はどこへいってしまったのか?そもそも、(どの授業でもいえることだが、とくに)あえてジェンダー論のクラスをとろうという学生さんたちは、「ヘテロ男子」ばかりではない可能性がかなり高いだろうに。このトークの中で、唯一「多様性」の要素として提示されたのは「世代」であり、ほかの多様性はないがごとくの扱いだった。そもそも、「一般」って何なんだろう?

アメリカで私がつとめている大学でも、卒業しても、 仕事をとるのは本当に厳しい状況に学生たちは遭遇している。そんな中、一介の大学教員である私が、「あなたたちを救う」なんて、私はおこがましくて言えない。個々に様々な事情を抱えているであろう「男子」学生らに対して、あなたたちの状況は何やっても変わらないんだから、「男らしさ」からおりれば楽になるよ、なんて、上から目線の単純なこと、しかも世の中の不均衡そのものを肯定するようなこと、とてもじゃないけど言えない。

そして、こういった「男らしさ」という「ジェンダー意識」への呪縛が最大の問題、といった言説は、「男女共同参画」がおしすすめてきた「意識偏重」の傾向ともあまりに重なる。その「意識偏重」の先には、「個々の意識のせいにすることで、社会そのものの権力関係や構造の問題を軽視し、隠蔽する」という大問題が見えてくる。そもそも、フェミニズムって「ジェンダー規範にとらわれる意識」だけを問題にするものではないだろうに。それより、社会構造、権力構造こそ問うてきたのではなかったのか。しかし、なんと行政による男女共同参画講座のみならず、主流アカデミックフェミニズムの「最先端」であると思われているらしいジェンコロでも、こうした言説が垂れ流されていたとは!

上野さんは、「蓋然性」なる言葉を連発し、「社会学者は滅多に無い事例をみても仕方ない、実証研究で一般性をみる」と繰り返していた。しかし、話しの中からでてきたことは、若干の取材もしたのかもしれないが、「経験則」という言葉を使いながら、ほとんどが自分の身の回りの世界での経験に基づいた印象論レベルのことだと思われた。これは、「実証研究」の意味を取り違えているとしか思えない。自分のまわりの世界がすべてなんだろうか?そもそも、大学教員が日常でみる世界って、ものすごく限定されているはずだ。私は社会学者ではないが、似たような「実証研究」的なことをする文化人類学者だ。「経験則」そのものを否定はしないが、調査にも基づかずに「経験則」だけで「一般的」にものが言えるみたいな発言もあまりにヘンだと思うし、「蓋然性」をみるからそのパターンにはまらないものは見る必要がない、といったような発言になると、もう根本から方向性が違うと思わざるを得ない。 そして、「一般むけ」「爆笑」企画と銘打ったイベントで「蓋然性」「経験則」などといったジャーゴン的な言葉をちらちらまぶし粉飾することで「専門家」としての権威を高め、煙に巻こう、説得力(?)を高めようという狙いも見え隠れする。しかし、普通に考えてみたら、説得力ゼロだ。パーソンズの時代じゃあるまいし、社会学って「蓋然性」や「一般化」をそんなに過剰に重要視する学問ではないと思っていたのだが。むしろ、マイノリティの声や抵抗、変化の兆しを掬いあげるのが社会学であり、フェミニズムの重要な側面ではなかったのか。

そんな議論がなされる中で、「ヘテロ中流階級都市部住民」などの、「一般」と定義されているらしい人たち以外で、おそらくその場の会話に「笑えない」であろう人たちは排除される。また、「女の相互扶助」をノスタルジックに語り、理想化するあまり、「女性」間で存在している権力関係は「ないもの」かのように語られる。そして、WANで現在進行形で起きている労働争議だって「ないもの」として扱われるということになる。 (ミヤマアキラさんのエントリ中で、WAN争議に関して見事に書かれています。)この現実離れぶりはどうしたことだろう。

ジェンコロは「主流派フェミ」の「連帯」を誇示する場として権威をもってしまったように思う。そして、それがアカデミックフェミニズムだけではなく、「一般」へも、東大で、またネットでも今回、誇示されたということだ 。「連帯」の誇示の裏には、「多様性」の拒絶がある。そして、「個々人の意識」ばかりに焦点を当てることで、構造的な権力問題を隠蔽する。そういったことが、ジェンコロという「権威」をもった場で行われ、いかにもアカデミックフェミニズムの最先端であるかように提示されたのは、衝撃としかいいようがない。

もし、斉藤さんや私が企画したセッションが、今回のジェンコロ企画のきっかけづくりを行ってしまったとしたら、と思うと、正直いって忸怩たる思いだ。もちろん、それだけがこの権威主義的なありかたの原因ではないだろうが、、、それにしても、あの「ジェンダーフリー」をめぐる企画のためにジェンコロを選んだことは、今となっては自己批判すべきだと思っている。そんな思いがあり、「ジェンダーフリー概念からみえてくる女性学・行政・女性運動の関係」レポートを掲載している当サイトに、この文を書いた。

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