女性学者・杉本貴代栄氏の出版物の数の多さと代わり映えしない内容

杉本貴代栄氏は、「福祉とジェンダー」や、福祉に関する女性学的研究では、しばしば、第一人者とみなされている研究者である。著者の一人である山口佐和子氏によるWANサイトにおける紹介によれば、2012年9月に出版された『フェミニズムと社会政策:男女共同参画社会の形成過程とその課題』の執筆陣は「それぞれの領域において日本を代表する深い見識をもつ研究者」とされる。杉本氏は編者であるから、さしずめ、「フェミニズムと福祉政策」領域では、この分野で深い見識をもつ、日本を代表する研究者とされているということのようだ。

 看護学校や保育士養成学校などで授業をすることが多い私は、保育や医療・介護領域には女性労働者が多く、それらは労働に見合った待遇が受けられていない場合が多いことが大変、気になっている。そして、保育士の待遇の悪さと離職率の高さについて書いた拙ブログ記事は、2008年に書いたものにもかかわらず、最近、拙ブログでもっともアクセスが多いエントリーとなっており、依然としてコメントがつくなど、この分野の関心の高さと同時に、その後もあまり芳しい取り組みがなされていないことが伺える。

 医療・福祉系向けのテキストとして、早坂裕子・広井良典・天田城介編著『社会学のつばさー医療・看護・福祉を学ぶ人のために』(ミネルヴァ書房、2010年)や、早坂裕子・広井良典編著『みらいを拓く社会学ー看護・福祉を学ぶ人のために』(ミネルヴァ書房、2004年)などを買ってみたが、テーマが女性の多い職域についてであるにもかかわらず、執筆者のほぼ全員が男性であることにひっかかりを覚え、またテキスト内容も社会理論の紹介などが多い点であまり魅力を感じなかった。

そうした事情もあり、「ジェンダーの視点から福祉をとらえなおす」とか「福祉社会の行方とジェンダー」という杉本貴代栄氏の書籍は、これまでも購入してきた。私から見ると、今喫緊で考えるべきテーマであると思ったからだ。

だが、杉本氏の本を改めて授業で使おうと思うと、今一つ活用できるものがないことに気づいた。そして、今度こそはどうか、と杉本氏の書籍に期待することを繰り返してきた。だが次第に、杉本氏の本に疑問が募るようになり、一度杉本氏のご研究は、どこが物足りないのか考えてみたいと思うに至った。

 

1)杉本氏の刊行物の数と重複掲載

第一に、杉本氏は、書籍の刊行数が非常に多い。例えば、2012年に勁草書房から刊行された『福祉社会の行方とジェンダー』の著者略歴をみると、単著だけでも、『女性化する福祉社会』『アメリカ社会福祉の女性史』『福祉社会のジェンダー構造』『女性が福祉社会で生きるということ』(いずれも勁草書房、1997年、2003年、2004年、2008年)、『ジェンダーで読む福祉社会』『ジェンダーで読む21世紀の福祉政策』(いずれも有斐閣、1999年、2004年)と7冊にのぼる。

このほかに、編著については、『日米のシングルマザーたち』『日米のシングルファーザーたち』『フェミニスト福祉政策原論』『シングルマザーの暮らしと福祉政策:日本・アメリカ・デンマーク・韓国の比較調査』『女性学入門:ジェンダーで社会と人生を考える』(いずれもミネルヴァ書房、1997年、2001年、2004年、2009年、2010年)と5冊を数える。15年あまりで12冊を数える多作ぶりである。

しかも、勁草書房、ミネルヴァ書房、有斐閣と学術書の刊行出版社として定評のある出版社が多い。しかしながら、掲載されている原稿は、かなりの割合で他の書籍でも重複掲載されているという実態である。これには、心底驚いた。

学術雑誌への論文投稿の場合とは異なり、書籍への重複掲載については特段の罰則はない。とはいえ、別の出版社から最近出版された書籍に掲載されているのと同じ原稿がより新しい本にダブって掲載されていることが、杉本氏の場合かなり多いのだ。

例えば、もっとも最新刊である『福祉社会の行方とジェンダー』(勁草書房、2012年10月20日刊)では、10章のうち、書き下ろしは1章と2章のみである。残りは、既出原稿から成る。しかも、重複の8章のうち、杉本氏ご自身あるいは別の編者によりすでに別の書籍という形で発表されたものが、5章と全体の半分をも占めているのである。

具体的に例をあげてみよう。6章「女性学の発祥と発展」は、同氏が2010年6月にミネルヴァ書房から刊行した『女性学入門』の「女性学とは」の章と同じものである。同様に、7章「今日の売買春と性の商品化」も、同じく『女性学入門』に入っている章を再掲載したものであると、いずれも、<初出一覧>に書かれている。

さらに、8章「日本の福祉国家の特徴と課題:4カ国調査の比較から」は、杉本貴代栄共著『シングルマザーの暮らしと福祉政策:日本・アメリカ・デンマーク・韓国の比較調査』というミネルヴァ書房で2009年4月に刊行された書籍に編纂されている章を改めてこの勁草書房本にも入れたものだという。(これらの章の内容にも大いに疑問があるが、ここではその点は取りあげない)

2009年、2010年に別の出版社から出した本の原稿を、2012年に別の出版社から刊行する。これは、私が知らないだけで学術書出版では商慣行として通用しているのだろうか。3150円もするハードカバーの高価な本で、その半分以上が他の単行本で書かれた内容というのは大変疑問である。

これを最初に見たとき、私は何かの間違いではないかと思った。しかしながら、同氏の『福祉社会のジェンダー構造』(勁草書房、2004年5月20日刊)を見てみれば、同じことが展開されているのがわかる。

ここでは、三部構成で各部4章からなるので全12章で構成されている中で、書き下ろしが12章中のわずか、2章にとどまる。他で発表済みの文章が10章と大半を占める。内訳は、自身の単行本で発表した重複が3章、共著本に既出の文章が1章。その他の5章は、雑誌の発表論文である。1章は既出かどうかがその書き方からははっきりしなかった。雑誌の発表論文を書籍にまとめることは慣行としてあることはわかるが、発売されて2、3年しかたっていない他の出版社から出版された書籍掲載の文章を、繰り返し別の書籍で掲載することはどうなのだろうか。

重複原稿の問題は、すでに他の出版社から書籍として販売したものを今度は別の出版社から再度販売すると、読者に対してダブってお金を請求しかねないことにある。15 年あまりのうちに、単著、編著あわせて12冊を数えるという杉本氏の書籍の量産態勢は、私の手持ちの杉本氏の本数冊を見る限りでは、先にあげたような同じ原稿を別の本に入れ込む重複原稿による可能性は高い。

これは、杉本貴代栄氏だけに見られることなのか。それともフェミニズム関連やその他の書籍にも広く浸透していることなのか。調査が必要なことであろう。

出版社であるミネルヴァ書房と勁草書房は、この状況をどう考えているのだろうか。購入する時に見落とした責任は私にあるとはいえ、大枚をはたいた読者としては、騙された気分を味わってしまうことは否めない。フェミニズム関係本が売れない、といわれて久しいが、こうした杉本氏のような重複の内容を多く刊行する状況が、仮に頻繁にあるとすれば、売れなくて当然だろう。

 

2)どの書籍も代わり映えしない内容

2004年刊行の『福祉社会のジェンダー構造』と、2012年の『福祉社会の行方とジェンダー』を見比べてみた。どちらも社会福祉政策をフェミニズム視点から見るという取りあげ方であり、高齢社会論、ソーシャルワーカーの仕事、介護労働が女性に多いこと、など同一のテーマが中心だ。それを国際比較から考えるというアプローチも共通している。

また、とりあげている内容自体、1999年に出ている『ジェンダーで読む福祉社会』の時から大して代わりがない。時々、売買春と「慰安婦」問題、母子世帯、父子世帯などについて書いているが、それらの内容にも特段の進化が見られないように思われる。独自の実態調査なども行われていないようで、引用されているデータは新聞記事などであり、単に軽く紹介として書かれているものが多い。さらに、どの本も筆者自身による書評、映画評などが入れ込まれている点まで共通しており、全体の構成のなかでの必然性を感じないものが多い。単に杉本氏が見たり読んだりしたから入れ込んでみましたという印象を受けてしまう。

例えば、福祉領域では女性が不利な状況で働かされているという点については、2004年本では、つぎのように書かれている。

介護保険をはじめとして、社会福祉の構造自体が、このような女性の不払い労働や安上がり労働を、いわば「含み資産」として構成している。その背景には、社会福祉と女性のかかわりを規定する、ジェンダーから派生する倫理?ジェンダー・エシックスの存在が問われなければならない(杉本編2000)。(杉本2004:55)

次に、2012年の杉本本で、ケア労働が抱える課題、「かつきわめて今日的な課題」と提起されている「労働条件の処遇改善と人材確保の課題」という箇所を引いてみよう。

不況が長引くなかで、介護職は労働条件の向上がないまま、平均して年間20%以上あった離職率が近年20%以下に低下し、多少上向き傾向にある。しかし、これも不況によって他の仕事がないためであり、景気が好況に転じれば、この離職率は直ちに上昇するだろう。慢性的な高失業率のもとでの介護市場の継続的な労働力不足は、介護職の労働条件の低さを表象している。(杉本2012:32)

どちらも現状追認にすぎず、これでタイトルにある「ジェンダー構造」を分析したと言えるのだろうか。単に、介護職の待遇が悪いという現状を繰り返し指摘することにとどまっているのではないか。介護職がどうしてこのような低い賃金に甘んじるようになったのか、その歴史的過程を杉本自身が調べることもなければ、ヘルパーや保育士などのケア労働者から杉本自身が聴き取りをしているということもこの2冊に限っては、見られない。これでは、杉本自身が「乗り越えることが目指されなければならない」と説く、ケア労働に見られる岩盤のように強固なジェンダー構造は、微動だにしないだろう。

このように現状を繰り返すだけで、労働者に大した益を与えないどころか、単に、ケア労働者を書籍のネタとしているだけのような研究アプローチである。これを十年以上も繰り返している。

さらに、杉本氏の本では、参考文献リストが非常に少ないことも物足りない。2012年に出された『福祉社会の行方とジェンダー』では、3ページから成る文献リストには、系統だって論じられていないことが読み取れるような、ジャンルや内容がばらばらの書籍が並んでいる。フェミニズム系の書籍が多いが、介護労働、医療職、看護職、ヘルパー、ソーシャルワーカーなどについて著者がたまたま目にしたものをリストしているような印象であり、とても基本文献を網羅しているとは思えなかった。系統だって読もうと思うと、決して十分なものでもないように思われる。

また、英語文献リストも若干あがっているが、1960年代、70年代の文献や辞書類(Encyclopedia of Social Work,1977など)がかなり多く、驚かされた。杉本氏は経歴でイリノイ大学シカゴ校に研究員として滞在したことが書かれているにもかかわらず、相当古い出版物と邦訳のある文献を除くと、英文文献も10点余りにすぎず、杉本氏自身が英文においても最新情報に接しているとはとても言えないことがわかる。

このように、福祉と女性、福祉とジェンダー、福祉とフェミニズム領域において第一人者と呼ばれるらしい杉本貴代栄氏の著作点数の多さは、重複原稿の多用により成し遂げられているものである。しかも、書籍の内容も似たり寄ったりのものが繰り返し刊行されている。これはフェミニズム研究の衰退にもつながりかねない重大な問題であると思う。ネットを見ても疑問すらあがっていない状況であったため、敢えて問題提起としたい。

(初出 2013年2月5日)

広告