カテゴリー: 論考

『海を渡る「慰安婦」問題——右派の「歴史戦」を問う』から「はじめに」

執筆者:山口智美

『海を渡る「慰安婦」問題—右派の「歴史戦」を問う』(岩波書店2016)から「はじめに」の文章を掲載します。PDFで読まれたい方は岩波書店サイトからダウンロードできます。

「はじめにーー 海外展開を始めた日本の歴史修正主義者たち」

「歴史戦」と称して、日本の右派が「慰安婦」問題を中心とした歴史修正主義のメッセージを、海外に向けて発信する動きが活発になっている。 歴史修正主義の動きは今に始まったわけではないが、第二次安倍政権発足後、政府による河野談話作成過程の検証や、2014年の『朝日新聞』の「慰安婦」報道の再検証後のバッシングを経て、右派、および政府の海外に向けた発信や、海外での右派在外日本人、大使館や領事館の動きが加速した。本書は、こうした海外展開の実態を明らかにし、日本の政治・社会の歴史修正主義を問うことを目的とするものである。

「歴史戦」という言葉を広めたのは、現在も続く、『産経新聞』の連載「歴史戦」だろう。この連載をまとめた書籍において、取材班キャップで政治部部長の有元隆志は、連載を「歴史戦」と名付けたのは、「慰安婦問題を取り上げる勢力の中には日米同盟関係に亀裂を生じさせようとの明確な狙いがみえるからだ。もはや慰安婦問題は単なる歴史認識をめぐる見解の違いではなく、「戦い」なのだ」と述べている。(産経新聞社『歴史戦ーー朝日新聞が世界にまいた「慰安婦」の嘘を討つ』産経新聞出版、2014年)また、同書の帯には「朝日新聞、中国・韓国と日本はどう戦うか」と記されていることから、「歴史戦」の敵は朝日新聞と中国、韓国であるという想定が見える。

また、同書の日英対訳版の帯に掲載された推薦文、「これはまさに「戦争」なのだ。主敵は中国、戦場はアメリカである」(櫻井よしこ)、「慰安婦問題は日韓米の運動体と中国・北朝鮮の共闘に対し、日本は主戦場の米本土で防戦しながら反撃の機を待っているのが現状だ」(秦郁彦)を見ると、「歴史戦」の「主戦場」がアメリカと考えられていることもわかる。(産経新聞社『History Wars: Japan — False Indictment of the Century』産経新聞出版、2015年)

すなわち「歴史戦」とは、 中国、韓国、および『朝日新聞』が日本を貶めるために、歴史問題で日本を叩こうと「戦い」を仕掛けている、そして今、その主戦場がアメリカとなっており、日本は対抗せねばならないということなのだろう。右派は、「慰安婦」問題に関しては国内では勝利したと考える一方で、海外では負け続けていると認識している。「仕掛けられた歴史戦」に負け続ける被害者としての日本が強調され、こうした状況をつくっているとして、国内の左派や『朝日新聞』に加え、外務省も右派の槍玉にあがり、叩かれてきた。

こうした右派による「歴史戦」の動きと、安倍政権の関係は深い。そもそも安倍晋三は政治家としての活動初期から歴史修正主義に基づき発言、行動してきた人物であり、海外メディアにおいては歴史認識問題に関する安倍首相の姿勢を「歴史修正主義的」であるとする評価が定着している。安倍首相のもとで、現在は、右派市民のみならず、日本政府も「慰安婦」問題をはじめとして、日本の植民地主義や戦争責任を否定する内容の海外発信を積極的に展開している。

第二次安倍政権以降に本格化した 「歴史戦」だが、そのきっかけとなったのが、2010年にアメリカのニュージャージー州パリセイズパークに「慰安婦」碑が建てられたことだ。そして、13年、カリフォルニア州グレンデール市の「慰安婦」像の建設に関し、日本の右派や、在米日本人右派が反対運動を起こし、グレンデール市を相手取る訴訟にまで発展した。それ以降も、アメリカのみならず、オーストラリア、カナダ、フランスなど各地で「慰安婦」像や碑の建設、博物館や漫画祭の展示や「慰安婦」決議などに関して、日本の右派や、在外の右派日本人から抗議運動が起こされてきた。

右派メディアに大きく取り上げられた右派市民の動きの陰には、「慰安婦」碑や像の建設反対の立場で介入してきた外務省、大使館や領事館の姿があった。また、外務省はアメリカの歴史教科書の「慰安婦」記述の訂正を要求し、学問の自由への介入だと海外の学者らから大きな批判を浴びた。与党自民党も、「国際情報検討委員会」や「歴史を学び未来を考える本部」などを設立し、歴史修正主義本を海外の政治家や学者にばらまくなど、「歴史戦」戦略を積極的に展開してきた。

日本の右派は国連を舞台とした「歴史戦」にも積極的な取り組みを見せるようになっている。特に2014年からは毎年、右派代表団をジュネーブやニューヨークで開催される、「女性差別撤廃委員会」や「女性の地位委員会」などの会議に送り、現地で集会を開いている。

2015年末の「日韓合意」を経た現在、「合意」の評価については右派内部でも意見が対立しているが、右派の「歴史戦」展開が落ち着く様子は見えない。日本政府に関しても、16年2月、ジュネーブで開かれた国連の女性差別撤廃委員会で杉山晋輔・外務審議官が、「朝日新聞の報道が大きな影響を与えた」、「『性奴隷』という表現は事実に反する」など、歴史修正主義者と同様の主張を行っている。 国連の舞台で、まるで政府自ら「歴史戦」への参戦宣言をしたような状況だった。

本書は、このような「慰安婦」問題を中心とした右派や日本政府による海外展開の実態や、その背景に迫るものである。 能川元一は1990年代から現在に至る、論壇での「歴史戦」の経緯を詳細に追い(第1章)、 小山エミは、アメリカのグレンデール市とサンフランシスコ市での「慰安婦」碑建設をめぐる係争と、日系アメリカ人コミュニティへの影響や日本政府の役割を論じる(第2章)。 テッサ・モーリスースズキは、日本の右派や政府による植民地主義の歴史の否定、およびそうした歴史観の対外発信について批判的検証を行い (第3章)、山口智美は、 右派の「慰安婦」問題に関する運動の流れを概観するとともに、そうした動きと政府や自民党の関わりを指摘する(第4章)。

こうした日本の右派や政府による海外での「歴史戦」の展開について、まとまった論考が書籍という形で出版されるのは初めてだろう。海外在住の小山、スズキ、山口は右派の「歴史戦」の働きかけを身をもって体験する当事者である。本書が、現在も広げられている歴史修正主義の動きの批判的分析を通して、現状への理解を深め、対抗策を編み出していくための一助となることを期待したい。戦時性暴力のサバイバーである元「慰安婦」たちの声が、歴史修正主義者らによってこれ以上、中傷され、否定され、消されていくのではなく、逆に歴史に刻まれ、記憶に残され、そして「慰安婦」問題の被害者の側に立った本当の意味での解決につなげられるためにも。

海外を主戦場とする「歴史戦」

執筆者:山口智美
(新日本婦人の会発行「月刊女性&運動」2016年10月号掲載)

2012年12月に第二次安倍政権が発足して以降、日本の右派や政府が「慰安婦」は性奴隷ではないなどの歴史修正主義のメッセージを海外に向けて発信する動きが活発になっています。特に2014年8月、『朝日新聞』が過去の「慰安婦」報道の一部を取り消したことで、国内では、朝日新聞や元「慰安婦」などへの激烈なバッシングが起きました。そして右派は「国内では慰安婦問題に関しては勝利を収めた」と認識するようになり、「主戦場」は海外、特に国際的な影響力が大きいアメリカであると主張するようになりました。

『産経新聞』は、「慰安婦」問題は単なる歴史認識を巡る見解の相違ではなく「戦い」だと言います。そして、その「敵」は中国、韓国であり、中韓がアメリカを「主戦場」としてしかけた戦いに日本は対抗せねばならないのだと言います。この「仕掛けられた戦い」こそが「歴史戦」であり、その中で不当に名誉を貶められているとされる日本はあくまで「被害者」ポジションに置かれています。2014年以降、『産経新聞』や、右派の論壇誌や書籍などでの膨大な「慰安婦」問題バッシングを通じてこの「歴史戦」概念が急速に広がっていきました。

こうした右派の動きと、安倍政権の関係は深く、政府・自民党、及び右派が官民一体の動きとして「歴史戦」戦略を展開してきました。本稿では「歴史戦」の海外での展開と、それに女性が積極的に関わっていること、にもかかわらず、「慰安婦」問題が「女性の人権」に関する問題だという本質が否定されている現状について紹介します。

(まだまだつづきます。ページ移動は下にある「ページ」からどうぞ。)

私のフェミニズム研究の原点としての「行動する女たちの会」

執筆者:山口智美

(元々は『行動する女たちの会資料集成』(六花出版)の解説文の冒頭部分用として書いた文章ですが、字数削減の必要がありカットしたものです。)

私のフェミニスト研究者としての原点、それが「行動する会」だった。 1996年、当時アメリカのミシガン大学の大学院生だった私は、博論のためのフィールド調査を行う目的で東京にやってきた。日本での活発なフェミニズム運動の実態を調査するという計画で、とくにどのグループに焦点を当てるとはその時点では決めていなかった。そして、 「聞いた事ある有名な団体だな」という程度の認識しかない中で、行動する会に連絡をとってみた。だが、その時、会はすでに解散の話し合いを進めている最中だったのだ。結局、私が二回目に新宿区曙橋にあった、会の事務局「ジョキ」に行ったときの会議で、解散が決定。「行動する会」の最後の新入会員となった私ではあったが、会の活動への参加は、 解散決定の会議と、その後の事務局の片付けと掃除、そして打ち上げパーティーだけだった。

本来の博論研究計画からいったら、私が会に行ったときはすでに遅すぎ、会の解散とともにこの会の調査は終わるべきだった。でも、私はこの会こそに強く惹かれた。それはおそらく「解散」というタイミングだからこそ 、この会の運動をどう振り返り、どのように解散し、歴史に位置づけるのか、という分厚い議論が、まさにそこで行われていたからだったように思う。

そんな中で、会の歴史の前半10年間に中心的に活動していた人たちが、会の歴史をまとめるプロジェクトを進めていることを知った。そのプロジェクトの成果は 『行動する女たちが拓いた道——メキシコからニューヨークへ』(行動する会記録集編集委員会編 未来社 )としてまとめられ、1999年に出版された 。このプロジェクトに興味を覚えた私は、新宿御苑前にあった、中島通子さんの法律事務所で行われていた編集会議に出席した。1997年4月のことで、この時私が 参加したのは、4度目の編集会議だった。中島さんのほか、吉武輝子さん、駒野陽子さん、金谷千都子さんなど、今は亡くなられたそうそうたる会の元会員たちも出席していた 。そして、一度参加しただけでいつの間にか私は編集委員の一員ということになってしまった。

その後、2年近くに渡って中島通子法律事務所で、ひと月に一度程度のペースで開かれた編集会議に通い続けた。いきなり編集委員会に飛び込んでいった私は当時20代で、世代的には図抜けて若かったが、参加して意見を言うことは歓迎され、中島さん、吉武さんから私まで、皆でお茶の準備や片付けをしたりもした。そしてお互いの呼び名は、それぞれの職業や世間的な著名度がどのようなものであろうとも関係なく、「先生」ではなく「さん」だった。私は中嶋里美さんとともに、マスメディア抗議の章を執筆し、さらに、山田満枝さんと小林みち子さんとともに、年表作成を担当することにもなった。そのため、 中嶋さん、山田さん、小林さんとは何度も会って長時間作業をし、食事もともにし、その中で行動する会についての様々なお話を伺ったりもした。

要するに私自身も、行動する会の解散に至る過程と、その後の歴史をまとめるプロジェクトに参加して、 行動する会の「平場」の実践を体験したことになる。さらに会員たちの会や、執筆の際に掘り起こした様々な資料への思いの大きさも、作業に共に関わりながら、会員たちの語りを通じて理解することとなった。

そして、編集委員会の場で聞いた、会の歴史、および日本の女性運動 の話は、私にとっては興奮の連続だった。過去の自分たちが関わった運動へのノスタルジアとして歴史は語られるだけではなく、当時進められていた「男女共同参画社会基本法」づくりのプロセスへの疑問や、「男女共同参画」という行政主導でつくられた概念への批判、および女性運動の方向性への問い直し等を議論する中で、行動する会の歴史が位置づけられ、議論され、語られていたのだ。すなわち、 歴史は過去を懐かしむためだけに語られるのではなく、現在を問い直すためこそに、その解釈も含めた議論が熱く行われていた。「こんなにすごい話を私だけが聞いていていいのか」と会議に出るたびに思ったのをよく覚えている。

同時に、そこで多々言及されていた70年代中盤から80年代にかけての運動の歴史について、 「なぜ、私はこんなに知らなかったのか?」と 衝撃を受けた。 もちろん 私の不勉強もあるだろう。だが、それだけではないのではないか? これは、私が博論研究を通して問い続けた課題となり、その後のフェミニズムに関する調査研究においても、常に「なぜ行動する会の歴史は抜け落ちてきたのか?」「今でもまた落とされ、書き換えられていくのはなぜか?」という問いは、私が様々な局面で立ち戻る問題であり続けた。(注)

(注)例えば、双風舎編集部編『バックラッシュ!—なぜジェンダーフリーは叩かれたのか』(双風舎2006)に寄稿した「ジェンダーフリー論争とフェミニズム運動の失われた10年」という拙論は、 行動する会へのオマージュという意味もこめて書いたものだった。本資料集に収録されている「男女平等教育をすすめるシリーズ」パンフレットなどにおいて、行動する会が目指した「男女平等教育」は、明らかに男女の特性論を乗り越えたものであり、人々の意識、社会構造両方を問題として捉えたものだった。2000年代の「ジェンダーフリー」をめぐる論争においては、「男女平等教育」は制度に関することに限定されるとか、特性論は超えられないなどという主張がなされていた。少なくともこれは行動する会が主張してきた「男女平等教育」とは大きく異なり、これでは行動する会の教育分科会の運動の積み重ねはなかったことにされてしまう、という危機感のために執筆したものだった。

多様性への考慮が欠けた沼崎一郎『「ジェンダー論」の教え方ガイド』

執筆者:山口智美

沼崎一郎氏による『「ジェンダー論」の教え方ガイド』(フェミックス)は、フェミニズム系ミニコミ誌のWe連載時 たまたま自分の文章が掲載されたため、一定の期間送られてきたので、目を通していたときがあった。そのころからいろいろ疑問を感じる面があった。本が発売されてから一年がたってしまい遅くなってしまったが、とくにこの本を使って授業や講座が行われたりする可能性や、ネットに批判的感想があまりアップされていない現状を考え、やはり私が感じた問題点については書き留めておきたいと思う。

私自身も女性学、ジェンダー関係の講座を教えてきている。沼崎氏と専門分野は同じ文化人類学だ。この本は沼崎氏の女子大での授業の様子を記しているが、「ジェンダー論」というタイトルの講座にありがちな、「ジェンダーとは何ぞや」といった抽象論からではなく、具体的に学生の日常にかかわる問題を扱うという姿勢には共感する。

だがこの点を除き、私は沼崎氏との間には根本的なアプローチの違いを感じた。端的にいえば、沼崎氏のスタンスには、学生たちに「目覚めてもらう」という、上からみたようなパターナリスティックな視点が色濃く感じられるのだ。簡単にいってしまえば「エラそう」ということ。そして、「多様性」はあくまでも「外部」に存在することして捉えられ、自分たちの中にある問題として捉えられていないことである。

もっとも驚いた章で、ある意味典型例なのが、第五章 「ピルを飲まずにHをするな!」である。実用的な性教育 避妊の知識を与えようとして行うセクションであるという。明らかに矛盾しているのが、この「ジェンダー論」の重要なメッセージのひとつが自分のことは自分で決めろ、ということだといいながら、沼崎氏が一方的に「ピルを飲まずにHをするな!」と言い放っていることだ。

沼崎氏によれば、ピルについては誤解と迷信、怖いというイメージばかりが流布しているという。もともとピルに対して偏見をもっている人は、「客観的」な説明をみると副作用のことばかりが目について、ピルは怖いと思ってしまう。このような考え方に基づき、ピルの確実性と安全性を強調するビデオを授業で見せるらしい。そうでなければ、ピルに対する迷信と誤解を打破することはできないというのだ。沼崎氏もピルに副作用があることは認めるが、しかし「軽い頭痛」などの副作用と妊娠(堕胎)を比較したら後者のほうが傷つくので、軽い頭痛くらいあってもピルを飲むべきと主張している。

また、毎月の薬代が3000円かかっても高くないといい、「彼に半分ださせろ」とも言う。学生たちがモノガミーを前提にしたヘテロな関係をもっていると勝手に決め付けているか、そうであるべきだ、という考え方に基づいているのだろうか。そして、口紅や服を買うお金があるならピルを買えとまで言い、学生たちに自らのお金の使い方を反省させ、「ピル購入代」は高いわけではないと思わせようとする記入式プリントまで配布するらしい。「月3000円の出費」は痛くないはずだ、と、学生たちの階級背景についても、勝手に皆が中流で経済的に困難に面してはいないと思い込んでいるようである。

沼崎氏は、ピルの副作用を「軽い頭痛」程度と勝手に決めているようだが、副作用がない人から、あってもたいしたことがない人、そして重い副作用を感じる人まで、個人差があるだろう。また、ガンに過去かかった人や、ガンの家系の人などで、医師がピルをすすめられない場合だってある。ガンになる危険をおかすのか、ピルを飲まないでセックスするかを選べというなら、後者を選ぶ人だって多いのも当然だと思う。そして、沼崎氏はたいしたことがないと言っているようだが、毎日の頭痛だっていかに辛いことだろうか。沼崎氏の論理に従えば、ピルを飲めない状況にある人は、セックスするなということなのだろうか。ピルのみならず、コンドーム=ラテックスアレルギーの人だっているだろう。個人個人に適した避妊法を使っていくことが重要なのであり、一律に「コンドームとピルの併用をしないならセックスするな」と言い切れるのはどうしたことか。とにかく、知りもしない他人の体のことなのに、よくここまで言い放てるものだ、と思う。しかも、「教員」としての権力がある中で、だ。

私自身はピル反対論者ではなく、ピル解禁をめぐる議論の際には解禁を支持していたくらいだ。だが、副作用はもちろんあるわけだし、ピルを服用するかしないかは個人の身体によっても、状況によっても、変わってくる選択だろう。他人にむかって、「副作用があってもピルを飲むべき」などとはとてもいえない。そして、ネットを検索すれば、製薬会社によるサイトなどでピルに関して好意的な情報を、ピンクなどのかわいらしい色合いを使ったりしながら掲載している場合が多い。ピルに関して「否定的な情報ばかり」とは、何に基づいていっているのか疑問である。

また、以前イダヒロユキ氏の「ジェンダー論」についても書いたことだが、「女子学生」たちが、中流でヘテロセクシュアルだという前提(思い込み)にたって授業をすすめているようなのだ。女子大の教室にレズビアンやバイセクシュアルの学生たちがいる可能性は考慮されていないようである(少なくともこの本からはみえてこない)。たとえば、授業中配布されるプリントに「彼とあなたはいい関係?」などといったものがあるが、「ヘテロセクシュアル女性」の学生以外には当てはまらない内容である。自分に関係のない内容のプリントを、自らの経験に基づいて書けといわれてしまった学生たちは、どう思うのだろう?

そもそも、100人以上もの大教室での講義にもかかわらず、セクシュアルマイノリティがいないと思い込むほうがおかしい。セクシュアルマイノリティのことは授業のネタとしては扱われても、あくまでも自分たちの近くにはいない、特殊な人たち扱いで、自分たち自身の問題として考えられていないようだ。 また、妊娠しない身体の人たちだっているだろう。その人たちの存在も少数派だから考えなくていいのだろうか。

他人の身体について、一大学教員が口出しすることなど当然できないはずだ。それよりもできうる限りの手に入る情報をあたえ、偏っている可能性があるならそれについて議論し、批判的に考えることも経験しつつ、多様な経験を共有しながら、自分で自分の体についてどうするか決めていくことができる力をつけるのが、「ジェンダー論」のあり方ではないのかと私は思う。

(初出 2007-12-29 「ふぇみにすとの論考」

男女共同参画条例:男女共同参画政策への反発を「バックラッシュ」と呼びたくないわけ

『ふぇみん』2002年9月25日掲載記事(記事タイトルは「足下でしっかりと対策を練ること」)。

保守派による批判の動きを総称して「バックラッシュ」とフェミニズムが呼ぶようになったことに気づきそれが問題だということを提起した記事です。しかしながら、これが『ふぇみん』の「バックラッシュ」特集号(2002年9月25日)に掲載されたこともあり、特集全体の方向と矛盾しないようにということで、「足下でしっかりと対策を練ること」という題がつけられた形で『ふぇみん』に掲載されました。

このタイトルでは「バックラッシュ」と呼ぶことを問題にする私の意図が誤読されかねないと考え、再度寄稿したいと訴え、掲載されたのが、「「ジェンダーフリー」より「積極的格差是正策」を」という記事(『ふぇみん』2002年11月15日)でした。

これは10年前の記事です。素朴ですが、先頃発刊された『社会運動の戸惑い』の原点となる発想を言葉にしたものです。歩みを振り返るために、ここに掲載しておきます。

田村哲樹氏の書評に応える 「再帰性」を糸口に

田村哲樹氏によるシノドス・ジャーナル掲載の「社会運動は『戸惑って』いるのか? あるいは、『失われたもの』をどのように取り戻すのか?」は、『社会運動の戸惑い フェミニズムの「失われた時代」と草の根保守運動』(以後、『戸惑い』本、と略す)に関する書評である。『戸惑い』本については、刊行後、幅広い方から書評やコメントをいただいているものの、男女共同参画と関わりの深い女性学・ジェンダー学者からは表立った応答はまだいただいていない。そんな中、ジェンダー学や男女共同参画政策に関わりが深い田村氏が書評を書いてくださったのは、大変うれしいことである。

田村氏は、『ジェンダー法・政策研究叢書』や『ジェンダー社会科学の可能性』シリーズなど大沢真理、辻村みよ子といった女性学・ジェンダー学者が編纂する叢書でも論考を執筆している上、ご自身もフェミニズムに関する単著『政治理論とフェミニズムの間 国家・社会・家族』を著している。

さらに田村氏は、名古屋大学男女共同参画室に所属した経歴をもち、愛知・岐阜・三重の三県下自治体などで男女共同参画審議会委員や講座講師を務めるなど、男女共同参画政策にも深い関わりをもつことを自著でも明らかにしている(田村2009:200)。

一方同氏は、政治の規範理論では、異なる人々の間で「『熟慮し議論する』こと、その結果として選好が変容することの重要性」を唱えるなど、民主主義社会における政治過程として「熟議」や「熟議民主主義」を重視している論客としても知られる(田村2008;2010)。
実は、田村氏への応答については、書こうと思ったにもかかわらず、なかなか考えがまとまらなかった。うんうんうなって1ヶ月余り、なぜ田村氏へのレスが書きづらいのか、ようやく私なりにわかったことがある。

それは、田村氏の書評が、現実の男女共同参画政策やフェミニズム運動の実態とは別個に、いや、別個にというとちょっと語弊があるかもしれないが、直接関係することを避けた点も多い議論であったことが大きいと思う。そのために、あくまで現実に即した議論をしたい私は、どうやって議論していいか、考えあぐねたことがあったように思う。

1)現実から離れていく議論

近年、フェミニズム研究が運動から生まれたにもかかわらず、次第に現実に即した問題群より 構築主義、「ジェンダー概念」といった理論系の仕事を評価する流れが強くなっているように思う。そして 2000年代半ばにおきた対抗運動については、「バックラッシュ」と批判しつつも、それがどういった人々の動きであるかの実態調査も行われなかった。そうした事態に対し、 男女共同参画政策の現場での実態を踏まえて問題提起することが重要だと考え、政策立案過程とフェミニズム運動の双方に関わる中での経験を践まえ、新たにいくつかの事例について調査を加えたのが、私にとっての『戸惑い』本であったとも言える。

フェミニズム運動については、私自身1980年代初めから富山での運動に関わってきたし、またフェミニズム研究については、論文や書籍など文献のみならず、1990年代初めからフェミニズム研究者との交流経験も少なからずあった。一方、男女共同参画政策については、1990年代初めから2000年代初めまで、断続的ではあったが、15年間にわたり、富山県高岡市で市の女性政策立案過程にかなり時間を割いて関わってきた。関わっていない時期も女性運動には関わってきたので、関心を注いできた。

さらに『戸惑い』本における著者のスタンスについては、「斉藤・山口はフェミニズム研究や運動に当事者として深く関わってきている。ここで指摘したことは、決してどこかにいるフェミニストや女性学・ジェンダー学者らのことを指しているのではない。これは筆者自身へとはねかえってくる自省の物語であり、どうしてこうなったのかという省察でもある」(ローマ数字の4頁)としている。

こうした問題認識に立って書かれた『戸惑い』本について論ずる田村氏の書評だが、現実から離れた議論が多いように私には映った。

その理由の第一に、田村氏が 直接的に関連するテーマについてご自身が 研究を行ってきたことに触れていないことがある。田村氏には、山口県宇部市の男女共同参画条例について論じた先行研究があるが、書評では触れられていない(田村2006a)。 さらに、田村氏は書評において、「この時代を、これまでのフェミニズム・女性運動の成果の帰結としての男女共同参画社会基本法の制定とそれに基づく様々な政策の形成によって肯定的に評価する立場もあるだろう」と述べている。

しかしながら、田村氏自身こそが「1990年代後半以降の日本においてはナショナル・マシーナリーとしての内閣府男女共同参画局を中心に、ジェンダー平等政策の推進が図られてきた」(田村2006a:92)と男女共同参画社会基本法の制定とそれに基づく様々な政策を肯定的に評価し、実際にも取り組んでいる立場であることには触れていないのだ。

このように、『社会運動の戸惑い』に書かれた内容について田村氏の具体的な経験があるにもかかわらず、そうした自身の先行研究やそこで下してきた男女共同参画条例や政策への評価についてはまったく触れないままに、第三者の視点に立ち『戸惑い』本について批判的な議論をしていくのである。こうした田村氏の議論の進め方から、議論が現実より離れて、抽象的な次元に向かっている印象が避けられなかった。

また、論文における考察のみならず、田村氏は、自身がいわゆる「バックラッシャー」の批判を受ける立場になるという経験も持ち併せているようだ。本書5章で取りあげた福井の近藤實氏は、2008年4月6日以降「名古屋大学男女共同参画室への苦言」メールを何度も出したことをブログで報告している。そこでは名古屋大学サイト上に掲載されている、田村氏執筆の名古屋大学のジェンダー関連授業に関する文書(田村2004)が近藤氏から批判の対象とされている。

近藤氏から批判の対象となったのは、田村氏も執筆に加わった『ジェンダーを科学する――男女共同参画社会実現のために――』(ナカニシヤ出版)であった。自身も執筆者である書籍が批判対象となっている以上、当事者意識がないとは考えづらい。だが、こうした自身の具体的な経験についても書評ではまったく触れられていない。

田村氏は、本書を批判する際、本書が「『具体像』『現実』を明らかにするというより『批判』の方が強く出ている」と難じるが、同じ事象について自身が先行研究を執筆していることや、自身が草の根保守運動家から批判されたことがあることには触れないままに、当該事象について論評している。田村氏は、「価値の出すぎない」公平な論評を目指すというがために、自身の先行研究の有無や、当該事件との関わりも示さなかったのだろうか。だが、それを示さず、あくまでも第三者的視点からのみ論評することは、果たして「公平な論評」だと言えるのであろうか。

さらに、田村氏は、政治理念を語る際には、熟議や熟議民主主義を重視していると主張している(田村2008;2010)。本書で描かれている保守運動家の姿や思いをどのように受け止めたのか、男女共同参画政策を進める側として、また攻撃を受ける側の当時者として自身がどのような思いや考察をしたのか。こうした論点について、田村氏が重視されている熟議という観点からの分析を伺えると、現実の政治過程において熟議という概念を実践的に考察することになってより一層興味深かったように思う。

2)ジェンダーフリー誤読問題への突出した関心

ここまでは、田村氏が書かなかったことについて記した。だがこの書評について、田村氏は「『書評』といっても、およそ1万6千字くらいありますので、かなり異例ですね。」と自身のブログで述べている(田村2013)。では、このような原稿用紙40枚を越す、いわば一つの論文に匹敵する長文の書評で、田村氏は何について記述しているのか。

田村氏書評では、最初に『戸惑い』本についての概要が示され、次いで、詳細なフィールドワークを通じて、保守運動の実態と男女共同参画条例制定をめぐる地方政治の政治過程を丹念に描き出している、という本書の意義が記されている。ただ、意義の部分は500字とごく短い。『戸惑い』本を紹介する概要部分を含めたとしても、全体の1割程度である。そしてそれ以外の、全体の9割近くが「本書への疑問また論点」から成っている。

では、田村氏は本書のどこに興味を示しているのか。田村氏がもっとも大きな紙幅を割いて論じているのが、一章「ジェンダーフリー」とその「誤読」問題についてである。「ジェンダーフリーの誤読」問題については、学者が行った誤読を明らかにした山口が論じるだろうから私は立ち入らない。しかしながら言えることは、このテーマについての田村氏の記述箇所は、5000字近くであり、書評全文の27%を占めている。 草の根保守運動に関する記述が500字程度で約3%であったのに比べ10倍の分量を占める。田村氏がジェンダーフリー誤読問題に寄せる関心の高さが示されている。

そもそも、田村氏が縷々論じている「ジェンダーフリー誤読」問題の論点は、『戸惑い』本では、「バーバラ・ヒューストン誤読事件とその後の混乱」というわずか2ページ弱の小節である。単に、誤読事件とその後の顛末を簡略に示しただけで 本書全体では決して大きな扱いではなかった。当初、この箇所は、別の媒体で既出なので外そうかという意見もあったくらいだ。

それが評者にかかると書評の三分の一近くを占めるとは、英語原典に当たることなく学者が次々に拡散していったという誤読問題をめぐる経緯が、田村氏にとっていかに大きな問題であるのかを改めて浮き彫りにしている。

しかも、「ジェンダーフリー誤読」問題についての田村氏の主張が、「『完全なる誤読』とまで言えるかどうかは、疑問である」というもので、弱い主張に分類される議論である。そうした幾分差し挟む疑問といった程度の主張が、全体の3分の1ほどまでの大きな紙幅を占めているわけだ。これは、田村氏の関心が現実的な男女共同参画政策よりも 学者による誤読をめぐる議論というジェンダー学者絡みの課題に向いているということを映し出しているようにも思える。

3)「再帰性」:政治学での注目と批評での消失

田村氏が真っ先にあげた批判は、「フィールドワークに基づく記述だけではなく、著者たちの2000年代フェミニズムに対する価値判断がはっきり表れている」という点にあった。「本書がフィールドワークに基づく記述を謳うのであれば、その記述をもう少しフィールドワークで得られた知見に止めるべきではなかっただろうか」というのである。

そして、「具体像」「現実」を記述するはずの箇所に、「しばしば、『上から』『外部から』への、あるいは『啓発事業』中心の男女共同参画への著者たち自身の批判的な評価を差し挟むものとなっている」と田村氏は述べる。さらに、「後半は『具体像』『現実』を明らかにするより、『批判』の方が強く出ているのである」や、「学術書として見る限りでは」「批判の対象となり得るのである」とする。すなわち、価値判断が出過ぎるものは「学術書」としてふさわしくないと田村氏は主張する。

ところで、田村氏は、宇野重規・田村哲樹・山崎望『デモクラシーの擁護 再帰化する現代社会で』(ナカニシヤ出版)において、「再帰性」という言葉を「現代の社会理論においてもっとも注目の集まる概念の一つである」(宇野・田村・山崎2011:ローマ数字の3)とし、「キーワード」として積極的に使っている。その際、「再帰性(リフレクシヴィティ)」という概念は、「自らや自らの行為を振り返ること、またその反省の結果として、自らが変わっていくこととして理解しておきたい」(宇野・田村・山崎2011:ローマ数字の3)と説明する。

「熟議」と同様に、この「再帰性」も自らの行為や経験を通して「変わっていくこと」を重視する考え方と言えよう。田村氏が「行為を振り返ること」「反省の結果として自らが変わっていくこと」を重視されていることが見てとれる。

一方、1970年代以降のウーマンリブやフェミニズム研究は、社会を再定義し再解釈することに取り組んで来た。個人的なこと、日常的なことが政治的な力関係につながっていること(「個人的なことは政治的である」)から、日常生活に根を持った権力とどう闘うかを考えたからだ。そうした潮流の一つに、学問や知を再定義する流れもあり、分厚い蓄積が存在する(例えば Harding 1986; Haraway 1988; Ramazanoglu& Holland2002 など多数)。

フェミニストによる社会科学を再解釈する初期の取り組みであるスタンレーとワイズによる『フェミニズム社会科学に向かって』(勁草書房)を例にあげる。ちなみにこの書は、初期の研究であるため、運動との関わりについての問題認識を強く残しており、また研究と経験との関わりについて深く追求している。そこでは、研究と研究者の関係は次のように再定義されている。

 『研究』とは、ある人間を媒介して生起する過程である。研究者は、常に不可避的に研究の中にいるのである。そう公言されているかいないかは別として、研究者の存在は否定できない。(スタンレ−&ワイズ1987:257)

それは、研究者と研究が密接に絡み合うからでもある。以下、引用する。

 私たちがどのような人間なのか、そしてどのように研究を経験するかは、私たちが何を見、何をするか、またどのような出来事を解釈し、構成するかといった問題にとって決定的な影響を与える。フェミニストにとってこれらの経験は研究結果についての議論からはずされるべきではない。はずすようなことをする限り、私たちは従来男性がしてきた「研究」や「科学」の神秘化を単に繰り返すだけにとどまる。またそうすることで個人的なものや日常的なものを過小評価することにもなるだろう。(スタンレ−&ワイズ1987:75)

研究者はどこでもない場所に立ち、「中立」に判断を下す存在などではなく、研究過程に自身が立ち入っていることを広く認めることを主張する。さらに、真実や客観性という概念すら、研究者自身の行為や価値観を含んだ社会的経験に他ならないと、次のように述べる。

 「真実」は社会的構成物であって、その意味で「客観性」と同じように、経験から構成されるのである。しかも実際これらの経験は「嘘」や「主観性」と同一なのである。したがって、すべての研究はそれが一人の人間の眼をとおして「現実」を見、構成するという意味において「フィクション」である。(スタンレ−&ワイズ1987:251)

フェミニズム研究における再帰性は、「総じて、権力関係ならびに研究過程で生じる力関係を明らかにしようとする行為を指す」(Ramazanoglu2002:118)と理解されている。フェミニズムが学問の権力性を再考するために、糸口の一つとしたのが、「再帰性」の概念であった。

ウーマンリブ運動から発展したフェミニズム研究では、それまで学術研究から女性の経験が捨象されてきたことから、学術研究が「どこでもない場所」に立つことによって権力を持つことに敏感であったからだ。スタンレーらが述べている「研究者は、常に不可避的に研究の中にいる」という発送が研究や調査の過程で生じる権力関係に敏感な「再帰性」につながったといえよう。

別の表現をするなら、かつて、「学術」や「知」として正当であるか、ないかを決めるのは、「どこでもない場所」に立ちうる男性知識層だけであった。そのため、フェミニストたちは、自身の依って立つ立場を明らかにし、自身の経験を研究から除外せず、さらに自身がいかに研究対象に関与しているかという再帰性に敏感な研究を選択してきたのである。『戸惑い』本は、基本的にこうしたフェミニズム研究の流れを踏まえた研究実践であった。

一方、自らの「反省」や「変わっていくこと」を指す「再帰性」や「熟議」という概念を自らの政治学のキーワードと掲げる田村氏だが、フェミニズム本の書評である本論考においては 政治学者としての自身の理論的立ち位置とは異なる視座に立って分析しているように思われる。

書評では、自身が行った先行研究の存在や、保守派から受けた批判の経験、ならびに自身と女性学・ジェンダー学との関わりなどについての情報がすべて省かれ、「どこでもない場所」からの「中立」な論評者という位置をとっている。男女共同参画政策を論ずる書評で、書き手が自治体の審議会委員や講座講師を務めてきたことは読者にとって重要な情報である。しかしながら田村氏は、このような自身と男女共同参画との関わりについて一切触れないで考察する。

政治学の理論を論じる際には、「再帰性」や「熟議」を高らかに掲げる。翻って、『戸惑い』本の書評で、現実の男女共同参画政策の政治過程を論じる段になると、中立で学術的という伝統的な原理に立ち戻る。自分自身を問題とする「再帰性」に立ち返ることなく、「どこでもない場所」から当該書を批判する位置取りを確保する。

田村氏は、わたしたちの生きる後期近代という社会では、各人はさまざまなリスクに対して集団ではなく、自分自身で解釈し対処していかねばならない再帰的な社会であり、そうした個人の再帰的な行為が新たな構造を生み出す可能性へと開かれていると述べているが(宇野・田村・山崎2011:15-39)、氏が書評においてとった位置取りは、こうした後期近代の再帰性という秩序とは相容れないものと私には映った。

こうした田村氏の書評を読みつつ考えさせられたのは、現実社会との関わりは、フェミニズム研究の生命線であることの再確認であった。それと併せて、フェミニズムや男女共同参画というテーマにおいて、研究と男女共同参画政策や推進活動との連携はどうしたらいいのかということも考えるようになった。

私自身を含め、審議会委員や講座講師として招かれて男女共同参画に関わる研究者が多いが、そうした特定の自治体との関わりを持つ研究者はどこまで男女共同参画政策の実態一般について把握しているといえるのだろうか。私自身もそうであったが、調査研究をしていなくても、審議会委員や講座講師に指名されるだけで自身を男女共同参画の実態に詳しい専門家のように錯覚することも往々にして起きる。だが、居住自治体以外の地域に調査に出向いてさまざまな立場の方に聴き取りをする中から、指名されて参加する研究者の立ち位置から来る特権性や付随する視野の狭さも感じるようになった。

研究者の審議会参加をめぐる状況に関連しては、『戸惑い』本の4章都城の条例の特異性に関して述べている箇所で若干触れている(198頁)が、研究者の地域における男女共同参画政策への関わりの功罪についても議論していく必要はあると思う。

田村氏の書評を通じて、フェミニスト研究者として拠って立つ地点はどこにあり、何をめざして研究・執筆をしていくのかについて考えを深めるよい機会をいただいた。また男女共同参画について検証をすすめていく必要性についても考察することができたことにも感謝したい。
■参考文献
宇野重規・田村哲樹・山崎望2011『デモクラシーの擁護 再帰化する現代社会で』ナカニシヤ出版
近藤實2004「名古屋大学男女共同参画室への苦言」 http://plaza.rakuten.co.jp/manandwoman/15038/
スタンレー,L.&S. ワイズ、矢野和江訳1987『フェミニズム社会科学へ向かって』勁草書房
鈴木譲2006「言説分析と実証主義」佐藤俊樹・友枝敏雄編『シリーズ社会学のアクチュアリティ:批判と創造5 言説分析の可能性??社会学的方法の
迷宮から』東進堂:205-232
田村哲樹2004「名古屋大学がかんがえていること・やっていること」『学生のみなさんへ 男女共同参画室・法学研究科助教授田村哲樹 平成16年
度名古屋大学学生便覧より』 http://www.kyodo-sankaku.provost.nagoya-u.ac.jp/sankaku/binran.html
田村哲樹2006a「ジェンダー平等・平等戦略・制度改革??日本の『男女共同参画社会』政策の展開を事例として」宮本太郎編『比較政治叢書2比較福
祉政治制度転換のアクターと戦略』早稲田大学出版部:91-114
田村哲樹2006b「フェミニズム教育 同一性と差異の間で」シティズンシップ研究会編『シティズンシップの教育学』晃洋書房:162-179
田村哲樹2007a「デモクラシーとポジティブ・アクション ヤングとフィリップスを中心に」田村哲樹・金井篤子編『ポジティブ・アクションの可能
性 男女共同参画社会の制度デザインのために』ナカニシヤ出版:17-40
田村哲樹2007b「公/私区分の再定義」辻村みよ子編『ジェンダー法・政策研究叢書 第10巻 ジェンダーの基礎理論と法』東北大学出版会:225-
245
田村哲樹2008『熟議の理由 民主主義の政治理論』勁草書房
田村哲樹2009「あとがき」『政治理論とフェミニズムの間??国家・社会・家族』昭和堂:195-201
田村哲樹2010『<政治の発見>第5巻 語る 熟議/対話の政治学』風行社
田村哲樹2011「シティズンシップの再構想 政治理論はどのようにパラダイム・シフトするのか」 辻村みよ子編『ジェンダー社会科学の可能性 第
3巻 政治と行政のジェンダー主流化』岩波書店:43-63
田村哲樹2012「『熟議』が現代社会を生きる基本スキルとなり、学校を変え、社会を変える」『ポスト3・1変わる学問 気鋭大学人からの警鐘』朝
日新聞出版:62-65
田村哲樹2013「書評」『tamuraの日々の雑感』2013年2月22日 http://d.hatena.ne.jp/TamuraTetsuki/20130222/p3
Alcoff, Linda & Elizabeth Potter eds.1993, Feminist Epistemologies, New York and London: Routledge.
Harding, Sandra 1986, The Science Question in Feminism. Ithaca, NewYork: Cornell University Press.
Ramazanoglu,Caroline & Janet Holland 2002. Feminist Methodology; Challenges and Choices, Sage;London.

(初出 2013年4月19日)

「ジェンダーギャップ指数は、適切な指標か」への若干の補足

世界経済フォーラム(WEF)が発表した「ジェンダーギャップ指数(Global Gender Gap Index,GGGI)」は、女性の政治参画の割合や、出生率や健康寿命など異質な指標を加算し、単純に平均を出したものであり、それゆえに、各国の男女平等度を示す指標として適切ではない、というのが前回の記事の主張である。

内閣府男女共同参画局ですら、個別の状況を考察することなく、全体のランキングの上下だけをとりあげ、日本がいかに男女平等後進国かを示すデータとして活用している。だが、そのような指数の利用の仕方は、決して日本の差別状況を改善する方策にはつながらないことだけは確かである。

「ジェンダーギャップ指数」というのが、それぞれの社会の性差別状況を指し示す「適切な指標か」と、統合化された指標の妥当性について疑問附を投げかけたもの。統合的な指数の妥当性に疑問符がつく以上、それによって算出された各国の男女不平等状況についての妥当性も担保されていないと考えられる。

しかしながら、日本の性差別状況に問題がないということを主張したものではまったくない。女性の平均賃金が低いなど日本の性差別状況は依然厳しいことは厳然たる事実である。

「ジェンダーギャップ指数」には、健康医療の機会、教育機会、政治参加、経済的平等という4つの領域があり、健康や教育領域では日本は平均寿命は女性の方が長いなどすでにギャップがほぼ埋まっている(この指標では、女性のほうが数値が高い場合に関しては、ギャップとしてカウントされない仕組みである)。しかし、政治の領域では日本は女性の参加が少ない。経済的平等についても確立できていない。日本は、今年度の経済ギャップは昨年度より縮小したが、そのスピードが遅いと経済フォーラムの年次報告は指摘している。こうした個々具体的な指標の変化について、多くの報道では取りあげられていなかったようだが、個々具体的な指標の結果をもたらす背景をしっかり分析し、それを改善するための施策こそが、もっとも重要な点である。

日本社会の不平等を本気で改善しようと思うなら、政治参加や経済領域などそれぞれの領域において、どの差がどう変化したのかを経年的に検討し対策を練ればよいと思う。それは、この指数の利用方法としても有効なものだと思う。

(初出 2012年11月26日)

女性学者・杉本貴代栄氏の出版物の数の多さと代わり映えしない内容

杉本貴代栄氏は、「福祉とジェンダー」や、福祉に関する女性学的研究では、しばしば、第一人者とみなされている研究者である。著者の一人である山口佐和子氏によるWANサイトにおける紹介によれば、2012年9月に出版された『フェミニズムと社会政策:男女共同参画社会の形成過程とその課題』の執筆陣は「それぞれの領域において日本を代表する深い見識をもつ研究者」とされる。杉本氏は編者であるから、さしずめ、「フェミニズムと福祉政策」領域では、この分野で深い見識をもつ、日本を代表する研究者とされているということのようだ。

 看護学校や保育士養成学校などで授業をすることが多い私は、保育や医療・介護領域には女性労働者が多く、それらは労働に見合った待遇が受けられていない場合が多いことが大変、気になっている。そして、保育士の待遇の悪さと離職率の高さについて書いた拙ブログ記事は、2008年に書いたものにもかかわらず、最近、拙ブログでもっともアクセスが多いエントリーとなっており、依然としてコメントがつくなど、この分野の関心の高さと同時に、その後もあまり芳しい取り組みがなされていないことが伺える。

 医療・福祉系向けのテキストとして、早坂裕子・広井良典・天田城介編著『社会学のつばさー医療・看護・福祉を学ぶ人のために』(ミネルヴァ書房、2010年)や、早坂裕子・広井良典編著『みらいを拓く社会学ー看護・福祉を学ぶ人のために』(ミネルヴァ書房、2004年)などを買ってみたが、テーマが女性の多い職域についてであるにもかかわらず、執筆者のほぼ全員が男性であることにひっかかりを覚え、またテキスト内容も社会理論の紹介などが多い点であまり魅力を感じなかった。

そうした事情もあり、「ジェンダーの視点から福祉をとらえなおす」とか「福祉社会の行方とジェンダー」という杉本貴代栄氏の書籍は、これまでも購入してきた。私から見ると、今喫緊で考えるべきテーマであると思ったからだ。

だが、杉本氏の本を改めて授業で使おうと思うと、今一つ活用できるものがないことに気づいた。そして、今度こそはどうか、と杉本氏の書籍に期待することを繰り返してきた。だが次第に、杉本氏の本に疑問が募るようになり、一度杉本氏のご研究は、どこが物足りないのか考えてみたいと思うに至った。

 

1)杉本氏の刊行物の数と重複掲載

第一に、杉本氏は、書籍の刊行数が非常に多い。例えば、2012年に勁草書房から刊行された『福祉社会の行方とジェンダー』の著者略歴をみると、単著だけでも、『女性化する福祉社会』『アメリカ社会福祉の女性史』『福祉社会のジェンダー構造』『女性が福祉社会で生きるということ』(いずれも勁草書房、1997年、2003年、2004年、2008年)、『ジェンダーで読む福祉社会』『ジェンダーで読む21世紀の福祉政策』(いずれも有斐閣、1999年、2004年)と7冊にのぼる。

このほかに、編著については、『日米のシングルマザーたち』『日米のシングルファーザーたち』『フェミニスト福祉政策原論』『シングルマザーの暮らしと福祉政策:日本・アメリカ・デンマーク・韓国の比較調査』『女性学入門:ジェンダーで社会と人生を考える』(いずれもミネルヴァ書房、1997年、2001年、2004年、2009年、2010年)と5冊を数える。15年あまりで12冊を数える多作ぶりである。

しかも、勁草書房、ミネルヴァ書房、有斐閣と学術書の刊行出版社として定評のある出版社が多い。しかしながら、掲載されている原稿は、かなりの割合で他の書籍でも重複掲載されているという実態である。これには、心底驚いた。

学術雑誌への論文投稿の場合とは異なり、書籍への重複掲載については特段の罰則はない。とはいえ、別の出版社から最近出版された書籍に掲載されているのと同じ原稿がより新しい本にダブって掲載されていることが、杉本氏の場合かなり多いのだ。

例えば、もっとも最新刊である『福祉社会の行方とジェンダー』(勁草書房、2012年10月20日刊)では、10章のうち、書き下ろしは1章と2章のみである。残りは、既出原稿から成る。しかも、重複の8章のうち、杉本氏ご自身あるいは別の編者によりすでに別の書籍という形で発表されたものが、5章と全体の半分をも占めているのである。

具体的に例をあげてみよう。6章「女性学の発祥と発展」は、同氏が2010年6月にミネルヴァ書房から刊行した『女性学入門』の「女性学とは」の章と同じものである。同様に、7章「今日の売買春と性の商品化」も、同じく『女性学入門』に入っている章を再掲載したものであると、いずれも、<初出一覧>に書かれている。

さらに、8章「日本の福祉国家の特徴と課題:4カ国調査の比較から」は、杉本貴代栄共著『シングルマザーの暮らしと福祉政策:日本・アメリカ・デンマーク・韓国の比較調査』というミネルヴァ書房で2009年4月に刊行された書籍に編纂されている章を改めてこの勁草書房本にも入れたものだという。(これらの章の内容にも大いに疑問があるが、ここではその点は取りあげない)

2009年、2010年に別の出版社から出した本の原稿を、2012年に別の出版社から刊行する。これは、私が知らないだけで学術書出版では商慣行として通用しているのだろうか。3150円もするハードカバーの高価な本で、その半分以上が他の単行本で書かれた内容というのは大変疑問である。

これを最初に見たとき、私は何かの間違いではないかと思った。しかしながら、同氏の『福祉社会のジェンダー構造』(勁草書房、2004年5月20日刊)を見てみれば、同じことが展開されているのがわかる。

ここでは、三部構成で各部4章からなるので全12章で構成されている中で、書き下ろしが12章中のわずか、2章にとどまる。他で発表済みの文章が10章と大半を占める。内訳は、自身の単行本で発表した重複が3章、共著本に既出の文章が1章。その他の5章は、雑誌の発表論文である。1章は既出かどうかがその書き方からははっきりしなかった。雑誌の発表論文を書籍にまとめることは慣行としてあることはわかるが、発売されて2、3年しかたっていない他の出版社から出版された書籍掲載の文章を、繰り返し別の書籍で掲載することはどうなのだろうか。

重複原稿の問題は、すでに他の出版社から書籍として販売したものを今度は別の出版社から再度販売すると、読者に対してダブってお金を請求しかねないことにある。15 年あまりのうちに、単著、編著あわせて12冊を数えるという杉本氏の書籍の量産態勢は、私の手持ちの杉本氏の本数冊を見る限りでは、先にあげたような同じ原稿を別の本に入れ込む重複原稿による可能性は高い。

これは、杉本貴代栄氏だけに見られることなのか。それともフェミニズム関連やその他の書籍にも広く浸透していることなのか。調査が必要なことであろう。

出版社であるミネルヴァ書房と勁草書房は、この状況をどう考えているのだろうか。購入する時に見落とした責任は私にあるとはいえ、大枚をはたいた読者としては、騙された気分を味わってしまうことは否めない。フェミニズム関係本が売れない、といわれて久しいが、こうした杉本氏のような重複の内容を多く刊行する状況が、仮に頻繁にあるとすれば、売れなくて当然だろう。

 

2)どの書籍も代わり映えしない内容

2004年刊行の『福祉社会のジェンダー構造』と、2012年の『福祉社会の行方とジェンダー』を見比べてみた。どちらも社会福祉政策をフェミニズム視点から見るという取りあげ方であり、高齢社会論、ソーシャルワーカーの仕事、介護労働が女性に多いこと、など同一のテーマが中心だ。それを国際比較から考えるというアプローチも共通している。

また、とりあげている内容自体、1999年に出ている『ジェンダーで読む福祉社会』の時から大して代わりがない。時々、売買春と「慰安婦」問題、母子世帯、父子世帯などについて書いているが、それらの内容にも特段の進化が見られないように思われる。独自の実態調査なども行われていないようで、引用されているデータは新聞記事などであり、単に軽く紹介として書かれているものが多い。さらに、どの本も筆者自身による書評、映画評などが入れ込まれている点まで共通しており、全体の構成のなかでの必然性を感じないものが多い。単に杉本氏が見たり読んだりしたから入れ込んでみましたという印象を受けてしまう。

例えば、福祉領域では女性が不利な状況で働かされているという点については、2004年本では、つぎのように書かれている。

介護保険をはじめとして、社会福祉の構造自体が、このような女性の不払い労働や安上がり労働を、いわば「含み資産」として構成している。その背景には、社会福祉と女性のかかわりを規定する、ジェンダーから派生する倫理?ジェンダー・エシックスの存在が問われなければならない(杉本編2000)。(杉本2004:55)

次に、2012年の杉本本で、ケア労働が抱える課題、「かつきわめて今日的な課題」と提起されている「労働条件の処遇改善と人材確保の課題」という箇所を引いてみよう。

不況が長引くなかで、介護職は労働条件の向上がないまま、平均して年間20%以上あった離職率が近年20%以下に低下し、多少上向き傾向にある。しかし、これも不況によって他の仕事がないためであり、景気が好況に転じれば、この離職率は直ちに上昇するだろう。慢性的な高失業率のもとでの介護市場の継続的な労働力不足は、介護職の労働条件の低さを表象している。(杉本2012:32)

どちらも現状追認にすぎず、これでタイトルにある「ジェンダー構造」を分析したと言えるのだろうか。単に、介護職の待遇が悪いという現状を繰り返し指摘することにとどまっているのではないか。介護職がどうしてこのような低い賃金に甘んじるようになったのか、その歴史的過程を杉本自身が調べることもなければ、ヘルパーや保育士などのケア労働者から杉本自身が聴き取りをしているということもこの2冊に限っては、見られない。これでは、杉本自身が「乗り越えることが目指されなければならない」と説く、ケア労働に見られる岩盤のように強固なジェンダー構造は、微動だにしないだろう。

このように現状を繰り返すだけで、労働者に大した益を与えないどころか、単に、ケア労働者を書籍のネタとしているだけのような研究アプローチである。これを十年以上も繰り返している。

さらに、杉本氏の本では、参考文献リストが非常に少ないことも物足りない。2012年に出された『福祉社会の行方とジェンダー』では、3ページから成る文献リストには、系統だって論じられていないことが読み取れるような、ジャンルや内容がばらばらの書籍が並んでいる。フェミニズム系の書籍が多いが、介護労働、医療職、看護職、ヘルパー、ソーシャルワーカーなどについて著者がたまたま目にしたものをリストしているような印象であり、とても基本文献を網羅しているとは思えなかった。系統だって読もうと思うと、決して十分なものでもないように思われる。

また、英語文献リストも若干あがっているが、1960年代、70年代の文献や辞書類(Encyclopedia of Social Work,1977など)がかなり多く、驚かされた。杉本氏は経歴でイリノイ大学シカゴ校に研究員として滞在したことが書かれているにもかかわらず、相当古い出版物と邦訳のある文献を除くと、英文文献も10点余りにすぎず、杉本氏自身が英文においても最新情報に接しているとはとても言えないことがわかる。

このように、福祉と女性、福祉とジェンダー、福祉とフェミニズム領域において第一人者と呼ばれるらしい杉本貴代栄氏の著作点数の多さは、重複原稿の多用により成し遂げられているものである。しかも、書籍の内容も似たり寄ったりのものが繰り返し刊行されている。これはフェミニズム研究の衰退にもつながりかねない重大な問題であると思う。ネットを見ても疑問すらあがっていない状況であったため、敢えて問題提起としたい。

(初出 2013年2月5日)

ジェンダーギャップ指数は、適切な指標か

今年も世界経済フォーラム(WEF)が今年の世界各国のジェンダーギャップ指数ランキングを発表した。
参考:グローバルジェンダーギャップレポートのサイト今年の世界各国のジェンダーギャップ指数ランキング(PDF)

メディアは、「男女平等ランク、日本は世界一三五カ国中、一〇一位」(読売新聞2012年10月25日)「男女平等ランク、日本は一〇一位に転落 上位四位は北欧」(朝日新聞2012年10月25日)など、アイスランド、フィンランド、ノルウェーなど北欧が上位で、日本は低い順位にあることを大きく報じている。

だが、この指数は、かねてより統計の専門家らより疑問が投げかけられており、国立女性教育会館(以下、ヌエック)のニューズレター(PDF)などでも問題点が指摘されている。さらに決して多いとはいえないが、ネット上でも批判が展開されてもいる。例えば、世界経済フォーラムのジェンダーギャップ指数/男女平等指数の読み方男女平等度「ジェンダーギャップ指数」のここがダメですなど。

それにもかかわらず、マスメディアでは何の留保もなく「日本の男女平等度が低い」指標として再三再四、無批判にとりあげられてきた。

そして、文部科学省が設置した審議会の「国立女性教育会館の在り方に関する検討会」でも、検討会委員や検討会座長らが、ヌエックの存続が必要な根拠として、ヌエックのニューズレターで批判されている、当のジェンダーギャップ指数を、「男女共同参画が進まなければ、日本の未来は拓けない」「男女共同参画の推進が、現在の我が国の最重要課題であるという大きな視点に立」つべき、とするための参照データとしてあげていた。いかに、この指数の問題点が、とりわけメディアや、男女共同参画の専門家や活動家に、浸透していないかを示している。

 

以下、『社会運動の戸惑い–フェミニズムの「失われた時代」と草の根保守運動』でジェンダーギャップ指数を取り巻く状況について書いたことを、限られた字数であり、脚註の文章ということもあり必ずしも十分とは言えないが、批判が少なすぎるゆえにここで紹介しておく。

男女共同参画が遅れている根拠として国立女性教育会館の在り方に関する検討会で、堂本暁子委員や、大日向雅美座長らが挙げているのが、世界経済フォーラムが算出する「ジェンダーギャップ指数」に基づく日本のランキング(一三五か国中九八位:二〇一一年)である(国立女性教育会館の在り方に関する検討会 2012c,国立女性教育会館の在り方に関する検討会 2012f)。

しかしながら、ごく一部の例だけを、「男女比」という基準のみに基づいて男女平等度を評価し、国ごとに格付けするというこの指数については、平均寿命の男女比と出生時の男女比など異質な指標を総合し単純に平均を出すという計算方式、何を指数に選ぶのかなどのウエイトづけ、計算根拠など多くの疑問が出されている(杉橋2008; 伊藤2009)。

「これは『男女平等の指標ではない』」、「マスメディアをはじめとして、批判的注釈なしにそのまま引用して使ってしまう傾向があり、あやしげな数字の一人歩き、そして世論誘導がますます強まってきている」という厳しい批判や、それゆえ『2010年人間開発報告書』からは、削除されるようになったことが、ヌエックが発行するニュースレターにも掲載されている(杉橋・伊藤 2011: 9-11)

 

参考文献

 

・伊藤陽一,2009,「ジェンダー統計研究(10):性別格差の総合指数について1── GEM とGender Gap Index を材料に」『経済統計学会ジェンダー統計研究部会ニュースレター』(10-15号) http://www.hosei.ac.jp/toukei/shuppan/g_shoho38_12ito.pdf
・国立女性教育会館の在り方に関する検討会 2012c,第二回配付【資料4-3】堂本委員提出資料(1)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shougai/026/shiryo/attach/1321146.htm
・国立女性教育会館の在り方に関する検討会 2012f,第五回検討会配付【資料2】「論点2日本の男女共同参画の現状と課題について(検討メモ)」
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shougai/026/shiryo/attach/1323291.htm

・杉橋やよい,2008,「ジェンダーに関する統合指数の検討──ジェンダー・ギャップ指数を中心に」戒能民江編著『ジェンダー研究のフロンティア1巻 国家/ファミリーの再構築──人権・わたし的領域・政策』作品社:230-249.

・杉橋やよい・伊藤陽一,2011,「主要統計指標の開設(3):ジェンダー不平等指数(GII)(UNDP『人間開発報告書』の新指標)『NWEC 男女共同参画統計ニュースレター』No.5: 9-11.
http://www.nwec.jp/jp/data/NWEC-GSNL.6_20110623.pdf

杉本貴代栄氏によるアメリカ女性学の歴史認識の謎

執筆者:山口智美

当ブログに「女性学者・杉本貴代栄氏の出版物の数の多さと代わり映えしない内容」というエントリを斉藤正美が執筆した。そこで、 私も少々、杉本氏の著作を読んでみることにした。

現在は金城学院大学教授の杉本氏の経歴をみると、東洋大学の大学院在学中に渡米、カリフォルニア州立大学に留学したという。 そして、1983年から1987年にかけて、イリノイ大学シカゴ校の「マルチカルチュラル女性学研究所」の研究員として、女性学の研究に従事したと書かれている。杉本氏の経歴の中で、アメリカ滞在経験は目立つ位置にある。 さらには、杉本氏はアメリカをはじめとして、「国際的視点」「国際化」や「国際比較」などを掲げ、海外について扱った著作も多い(杉本1997;2001;2003; 2004; 2009;2012など)。

そこで、最新刊の『福祉社会の行方とジェンダー』(勁草書房2012)収録の女性学についての章に注目してみることにした。この書籍は「2008年以降に発表した論文」(杉本2012:1)を掲載した論文集ということで、その中の「女性学の発祥と発展」という章である。この章は、「アメリカに発祥し、日米それぞれが辿った女性学の発展と課題」(88)について論じたものであり、同氏が2010年6月にミネルヴァ書房から刊行した『女性学入門』の中の「女性学とは」という章の再掲である。
だが、読みながらここで論じられている「アメリカ女性学」に関して、いったいいつの話についてであり、何に基づいて執筆しているのかという疑問が募った。一例として、以下の記述をあげる。

女性学が修正を迫られたもう一つの課題は、ヘテロ・セックスへの偏向の修正である。非白人女性や貧困女性と同様に、現代のアメリカで抑圧されているもう一つの女性の集団とは、レズビアン女性たちである。しかし女性学は、人種問題同様にこの問題を避け続け、女性学のなかで取り上げることにはきわめて消極的であった。女性学はレズビアン問題を無視しているという批判が出ると、女性学はその問題を中央の主題として積極的に登場させるようになる。1980年代に入ると、NWSA全米会議においても人種問題と並んで、レズビアンのための特別な提案・分科会・集会が盛んに行われるようになった。しかしこのような性急な取り組みにもかかわらず、実際の女性学の講義のなかでレズビアン問題が取り上げられること、また調査や研究が行われることはいまだに多くはない。(93)
2008年以降に書かれた論文で「いまだに」と記述されている場合、普通は2008年以降をさしているのかと思うだろう。だが、当然ながら、アメリカの「女性学の講義のなかでレズビアン問題が取り上げられること、また調査や研究が行われることはいまだに多くはない」というのは、2008年以降のアメリカの女性学やジェンダー研究の現実からあまりにかけ離れている。さらに杉本氏はレズビアンだけに言及するが、ほかの多様なセクシュアルマイノリティをめぐっても、 アメリカの女性学・ジェンダー研究において議論が積み重ねられているということはまったく言及しないままだ。

そして、歴史認識もおかしい。レズビアンに関する研究はすでに70年代から行われているし、80年代になるとかなりの論文や著作が出版されるようになっていた。1990年代以降のクィアスタディーズの充実ぶりは言うまでもない。さらに、レズビアンに関係する授業も、アメリカの大学では70年代から開講されはじめているし(McNaron 1997)、現在は多数の大学がクィアスタディーズの講座を開講している。(例えばこのリストを参照。)

また、杉本氏が指摘している、アメリカの大学で女性学が、独立した学部をつくるのではなく、学際的な「プログラム」として成立してきたという歴史はあり、そのスタイルで続けている大学もある。しかしながら、現在は、独立した学部 (Department)をもつ大学もあり、状況は変わっている。さらに全米女性学会NWSAのサイトによれば、現在アメリカでは13大学が女性学・ジェンダー研究での博士号を出している。杉本の言う「プログラム」だった時代から、かなり状況が変わっている大学も多い。

このように、2008年以降に書いたという論文で指し示す「いま」というのが、どう考えても現在についてのこととは思えないのだ。さらに、仮にこれが杉本氏が在米だった1980年代についてだとしても、認識がずれているのではないかとも思う面がある。巻末の参考文献リストをみても、アメリカ女性学の歴史についての文献は、77年のものが一冊あるだけだ。同じ著者やその他の著者による、女性学の歴史に関する本はその後も出ているにもかかわらずである。さらに、クィアスタディーズに関しては参考文献は皆無だった。

細かい間違いも目立つ。Ethnic Studiesを杉本氏は「民族学」と訳しているが、Ethnologyのほうが「民族学」だろう。そして、「オレゴン州立大学ポートランド校」が女性学プログラムを先んじて開始した大学としてあげられているが、これはPortland State University「ポートランド州立大学」の間違いだろう。さらには、「コンシャスネス・ライジング(意識覚醒)」と書かれているのは、明らかに「コンシャスネス・レイジング」の間違いと思われる。こうしたミスについて、ミネルヴァ書房、勁草書房両出版社の編集者も気づかなかったのだろうか。

さらには、著者が作成したという「図6−1」もよくわからない。「女性学の構造」と題された図なのだが、この図によれば、「哲学」と「史学」は例えば交わるところがないように見える。文化人類学と社会学は、教育学を介してつながっているようでもあり、「女性文化学」という何を意味するのかよくわからない分野が、文化人類学と女性学のつながりとして示されている。さらに「女性学」は真ん中のみならず「女性解放の政治学」を介して再び枠の外側にある「女性学」とつながる。(これはもしかすると「政治学」の間違いなのだろうか。)これが「女性学の構造」だといわれても何がなんだか…である。(これは図を示さないと意味不明かと思うので、とりあえずイメージをアップしておく。関係者の方、これについては問題あったらカットするのでその場合はお知らせください。)

ほかにも杉本氏のアメリカ女性学状況の記述には疑問を感じる点が多々あるのだが、きりがないので、最後にもう一点指摘しておきたい。このエントリでとりあげた章ではないが、杉本氏の著作には「セカンドステージ」という言葉が頻発する。だが、この「セカンドステージ」でいったい何を意味するのか、私が読んだ範囲内でははっきりしないままだ。杉本氏が留学していた頃におそらく話題になっていたのだろう、1981年出版のベティー・フリーダンのThe Second Stageからとっているのだろうか。だとしたら、1981年のアメリカの状況で使われていたコンセプトが、2008年以降の日本に当てはまるというのはどういうことなのだろう。あるいは「セカンドステージ」とは全く違う意味合いで使われているのか。よくわからないまま、「セカンドステージ」がバズワード化しているように思えた。アメリカの特定の歴史・社会状況のもとで使われていたコンセプトを、歴史的・社会的背景も異なる日本にもってきて当てはめることにそもそも無理があるのではないか。もしどうしてもそのコンセプトを使う必要があるというのなら、せめてどういう意味で使っているのか、丁寧な解説が少なくとも必要なはずだ。

(初出 2013/02/10 11:49 am)