カテゴリー: 論考

女性論者による、井手英策氏「富山は日本のスウェーデン」に関する議論リスト

 

井手英策氏『富山は日本のスウェーデン』関連の議論が「井手=小熊論争」に矮小化されているので、スルーされている女性論者による論考を時系列にリストアップしておきます。

 
発端は、「富山県民座談会「富山は日本のスウェーデン」か?」という週刊金曜日の12月14日記事。 これには私(斉藤正美)も参加しました。これが一番話題になりました。
2番目が、拙稿「富山は日本のスウェーデン」ではない。自民党の家族観・女性観と変わらない井手英策氏の「富山モデル」(WEZZY)
3本目が、拙稿「家族を称える井手英策氏議論に見る危うさ」『週刊金曜日』2019年2月1日号の「論争」欄。
4本目が、拙稿「本当に、「富山は日本のスウェーデン」?」『ふぇみん』2019年3月3日号
5本目が、ライター・堀江節子氏の「自立した女性たちに支えられる富山の地域共同体 富山のどこがスウェーデン? 井手氏への反論集会」『週刊金曜日』2019年4月26日号

6本目が、ジャーナリスト室田康子氏による「『富山は日本のスウェーデン』の井手氏に知ってほしいこと 富山県でイエと向き合って(上)(下)」『週刊金曜日』2019年4月26日号5月10日号
7本目が、文芸評論家・斎藤美奈子氏の「富山県の「幸福度」と日本の未来」『webちくま』
8本目が、拙稿「富山のどこがスウェーデンか? 大都市圏からのアウトサイダー視点による地方の描写」(『論座』)

9本目が、拙稿「地方の女性・生活困窮、LGBTなど少数者の声を聞かない『富山は日本のスウェーデン』論争」『女たちの21世紀 』98号、2019年6月刊。

 

こうやってみてみると、井手英策氏の主張に対する議論は、女性論者によるものが多数あることがわかる。そしてそれに対して、数少ない男性論者のものだけが引用され、後々にまで残っていくとしたら、至極残念なことだ。

忘れられないように、ここに記録しておきます。

家族を称える井手英策氏議論に見る危うさ 

本誌(『週刊金曜日』)12月14日号に慶応大学教授井手英策氏の著書『富山は日本のスウェーデン 変革する保守王国』に疑問を提示する「富山県民座談会」が掲載され、私も参加した。その主張に対する井手氏の反論インタビューも同時に載った。ここでは井手氏の主張が孕む問題点を指摘する。
  
根本的な問題は、井手氏の表明するスタンスとその行動が矛盾していることだ。インタビューで井手氏は「保守層に利用」されることを怖れるといい、自身がリベラルの立場だと打ち出す。だが実際には保守の石井隆一富山県知事から県の基幹政策に関わる審議会のアドバイザーなど重要な委員を複数委嘱され、県主催のシンポジウムで司会をするなど井手氏は知事と緊密な関係にある。同氏は県より紹介された人脈に依存し、県のモデル事例を当該書でポジティブに紹介している。
 
次に、困窮者への視点が弱いことだ。同氏は生活保護の受給率が全国最下位であることをもって富山の住みやすさの指標としている。しかし、富山では生活保護の申請が行政に認められる率が36.2%と全国平均50%に比べ低いことが受給率の低さの一因だ。同氏は行政が保護以外の制度を紹介しており、困窮者が救済されているというが、県議会では代替制度が使いづらいと指摘され、知事も対応の必要を認めている。

第三に、ジェンダー視点がない。ジェンダー視点に基づき女性の生きづらさを主張した座談会に対して、同氏はそうした主張の根底には、男が外で働き妻が従うという固定的な家族像があるという的はずれな指摘をしている。座談会では、共働きでも家事負担の重い女性は生きづらいという例を示したのだが、同氏は共働きになれば女性の生きづらさはなくなると軽く考えているようだ。
  
さらに同氏は、「家族」をよいものとしてやたらに称揚する。危機の際には社会が「家族的なもの」に回帰するというが、根拠は示されていないし、そもそも座談会で「家族的なもの」による女性への抑圧を示したことへの反論にもなっていない。
 
井手氏のように家族の内実を問わずに家族を称揚すると、家族を打ち出し、個人主義を弱め、社会保障を削減したい保守政治家らに利用されることが危惧される。
 
また井手氏は、自身のフェイスブックの公開記事で富山座談会について「富山に住む人たちを貶める」と述べ、「廃刊になった保守系の雑誌と同じ構図」として、『新潮45』と同種の問題だとするなど、強く反発した。これは「日本を貶める」といった右翼言説にも通じ、批判を封じるものだ。LGBTへの明らかな差別である『新潮45』特集と我々を同種のものとみなすとは、論外だ。
 
井手氏の議論は、女性や弱者を軽視し、個より公共を優先する点で極めて危険だ。これを危ぶみ、富山では複数の集会が開かれる予定だ。

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本稿は『週刊金曜日』2019年2月1日号の「論争」欄に掲載された拙稿である。同誌編集部の許可を得て、こちらに再掲している。

林真理子作詞「ふるさと高岡」 父・兄の強調は性差別か? 高岡市男女平等問題処理委員会の回答

富山県高岡市の「市民の歌 ふるさと高岡」の歌詞が「男性だけを強調・賛美して」おり、市の男女平等推進条例にそぐわない、と問題提起したことについて、高岡市男女平等問題処理委員会の回答がでた。

まず最初に、問題になっている「市民の歌」歌詞は、以下をご覧ください。

スクリーンショット 2018-11-01 23.10.06

次にあげるのが、(1)「市民の歌」について男女共同参画に関する活動をしている「シャキット富山35」から高岡市男女平等問題処理委員会への申し立てである。

スクリーンショット 2018-11-02 00.34.36

その次が(2)高岡市男女平等問題処理委員会からの回答である。

高岡市男女平等通知書

これらから、市側の対応などについて疑問に思う点を書いてみたい。

まず、この申し立てと回答内容を検討したい。まず、申し立ては、1.歌詞に「女のことが全く謳われていない」、2.「父、兄という男性の表現しかない」などから、「男だけを強調・賛美している」、「男女平等推進条例との整合性がとれていない」と主張した。要は、法令と齟齬があると主張した。しかし、これに対する回答は、「男女平等・共同参画の推進に関する施策又はその推進に影響を及ぼすとは認められない」というものである。

「「男女平等・共同参画」施策に影響しない理由として、第一に、歌詞には、「旅する人」「誰もがきっと帰るところ」「愛する人」といった男女を問わない表現があり、女性のことがまったく歌われていないとは言えない」ことをあげた。

そして第二の理由として、「そもそも、歌詞は、歌い手、聞き手の立場などに応じて多様な解釈が可能なもの」、「多様性を互いに認め合うことこそ男女平等」ゆえに、「歌詞に偏った表現が多いとか、男性だけを強調・賛美しているとは認められません」と言う。

しかしながら、第二の理由である歌詞の解釈だが、多様な解釈が可能であるというのなら、第一にあげた性別を入れてない部分で「男」しか想定しないという解釈だって「多様な解釈の一つ」としてあり得ることになる。

これで第二の理由として、多様な解釈に拓かれているから、男性だけを強調していないという説明に、市民は納得できるだろうか。特に、この歌を市民の「心の支えとなる歌となってほしい」と作成した(市民の歌サイトより)というのであれば、より丁寧な説明が求められるのではないだろうか。

そもそも、高岡市の男女平等推進条例における「男女平等社会」とは、「男女が性別に起因する政治的、経済的、社会的、心理的その他あらゆる形態の差別を受けない社会」と定義されている。

なお、男女平等推進条例については、こちらを参照。市の男女平等・共同参画の推進に関する施策は、もとよりこの定義に則して推進されていると考えられる。

だとすれば、父と兄(「父兄」だ)のみを敢えて表記し、目立たせることが性差別でないという理由付けが必要だ。果たして、この回答はそれに答えているだろうか、はなはだ疑問である。

ところで、この回答を出した男女平等問題処理委員会のサイトは、こちら

この高岡市の男女平等処理委員会サイトにも、同委員会からシャキットへの回答にも、委員会メンバーや委員長が誰であるかが一切明記されていない。高岡市のサイトのどこをみても情報が公開されていないようである。市の独立した委員会として責任ある回答をしているのだから、回答した人々について情報公開する必要があるのではないか。

申し立てをした「シャキット富山35」によれば、男女平等問題処理委員は、以下の三人だとのこと。

弁護士 入江佑典(いりえゆうすけ)さん
富大副学長 神川康子(かみかわやすこ)さん
人権擁護委員 吉川佳子(よしかわよしこ)さん

任期は、 H29.11.1から2年間とのこと。

こうした情報は、通知書にも市のサイトにも公開であげておく必要があるはずだ。
さらに、どなたが委員長なのかについては、不明なままだ。責任の所在がはっきりしないことも、この問題の一つと言える。

こうやって委員会が突っぱねた形だが、持ち上がっていると報道されている。しかし、その一方で高岡市長は、歌に3番、4番を付け足すという話もしているというのだ。

9月23日市民の歌に「男だけ賛美」の指摘 林真理子さんが作詞:朝日新聞デジタル

および10月31日付け「男だけ賛美」と指摘された市民の歌、廃止しない判断:朝日新聞デジタル

において、「市民がつくる3,4番があってもいい」「市民の思いを反映できる形を検討したい」などと述べている。申し立てを突っぱねる市民委員会と、申し立てに沿った形で歌詞を追加する意向を示す市長の間には、齟齬が見られる。これはどういうことなのか。

歌詞に何も問題がないのであれば、「市が考える通りに手直しをする」という必要もないのではないだろうか。

その上、2つの記事での市長のコメントにも矛盾がある。9月23日付け記事では、市長は「(作詞をした)林(真理子)さんとも相談し、市民の思いを反映できる形を検討したい」と述べ、それに応じて林さんも「市が考える通りにしていただき、手直しなどのお手伝いはさせていただく」と回答している。

それが10月31日付け記事では、「必要があれば林さんにも相談したい」とまだ相談していないかのように後退している。これは何を意味しているのだろうか。市サイドが矛盾に満ちたメッセージを送っていることにも不安を覚える。

そもそも、高岡市は財政が破綻しかかっており、市長や議員、およびそれに気付かなかった市民が問われている。そんな中、500万も予算をかけて市民から反発まで招くような歌をつくったこと自体、大変遺憾に思う。

猪口邦子議員からいきなり本が送られてきた――「歴史戦」と自民党の「対外発信」

この記事の初出はSYNODOS (2015年10月21日付)でしたが、SYNODOS編集部が掲載されていた記事を著者山口智美の了解なく削除したために、こちらに再掲したものです。なお、BLOGOSではオリジナルSYNODOS記事の転載をまだ(2018年9月7日現在)読むことができます。

追記:いきなり日本時間9月8日朝にシノドス掲載版が復活していました。ただ、編集部からの説明はまだ何もありません。いつまた消えるかわかりませんので、こちらも掲載したままにしておきます。(山口智美)

猪口邦子議員から届いたパッケージ

10月1日、アメリカのモンタナ州に住む私の勤務先大学の住所宛に、自民党の猪口邦子参議院議員からのパッケージが届いた。私は猪口議員と面識はない。封筒には、送付元として猪口議員の名前と肩書きが書かれ、気付としてフジサンケイ・コミュニケーションズ・インターナショナルの住所が記載されていた。

封を開けてみると書籍が2冊とネット記事のコピーが3部、猪口議員がサインしているカバーレターが入っていた。

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同封されていた書籍のうちの一冊は、Sonfa Oh, Getting Over It? Why Korea Needs to Stop Bashing Japan (Tachibana Shuppan 2015) 。呉善花『なぜ「反日韓国に未来はない」のか』(小学館新書 2013)の大谷一朗氏による英訳版だ。英訳版の版元はたちばな出版となっている。

もう一冊は、The Sankei Shimbun, History Wars: Japan- False Indictment of the Century 産経新聞社『歴史戦—世紀の冤罪はなぜ起きたか』(産経新聞出版 2015, 古森義久監訳) 。これは、産経新聞社『歴史戦—朝日新聞が世界に巻いた「慰安婦」の嘘を討つ』(産経新聞社2014)のダイジェスト英日対訳版だ。

同封されていたネット媒体掲載の3点の英文記事は、どれも韓国についての批判的な内容のものだった。(注)

(注)同封されていた3点の記事は、

(1) Jeb Harrison, “Sea of Japan Becoming a Dumping Ground for Trash from China and South Korea,” Huffpost Green, Aug 19, 2015(訳:日本海が中国と韓国のゴミ捨て場になっている)

(2)John Lee, “South Korea’s Domestic Politics Undermine Strategic Interests,”
(訳:韓国の国内政治が戦略的利益を害している)World Affairs,日付不明

(3)John Lee, “The Strategic Cost of South Korea’s Japan Bashing,”

(訳:韓国の日本叩きによる戦略的コスト)Business Spectator, Nov 5, 2014

パッケージに同封されていた手紙は2015年9月付。猪口議員がイェール大学でPh.D. をとり、上智大学で30年以上教鞭をとったという学者としての背景、及び政治家としての略歴を記した自己紹介から始まっている。日米関係の重要性について触れた後、4パラグラフ目で、「しかしながら、残念なことがあります」(以後、山口訳)と、歴史認識の話に進む。

そこでは「東アジアにおいて、20世紀のこの地域の歴史は、現在、国内的な政治的野心に基づいて動く人たちがいるために、間違って歪曲されています。より悪いことに、この歪曲された歴史はアメリカの幾つかの地域にも伝えられています」と、現在東アジアの歴史が何者かによって「歪曲」されている、という史観が披露され、さらにアメリカにもそれが及んでいると主張する。

そして、同封の書籍がどのように歴史が歪曲されたかを論じるものであり、だからこそ学者は是非読むべきであると主張している。

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さらに、レターの最後、猪口議員のサインと共に書かれていた肩書きは、「沖縄及び北方問題に関する特別委員長」のものだが、猪口氏は2015年9月時点ではこの役職を辞しており、この地位にはなかった。なぜこの肩書きがレターヘッドにも、署名の下にも使われていたのかはわからないが、これも杜撰な印象を与える可能性がある。(文末のレター本文参照)

加えて、猪口議員の略歴に関しては、「日本に戻り、小泉純一郎首相からの要請を受け、参議院議院選挙への出馬を決意し、当選いたしました。」と書かれているが、猪口議員の公式サイトによれば、猪口氏は小泉首相からの要請を受けて、まず2005年に衆議院議員に当選し、2009年まで衆議院議員を務め、2010年から参議院議員になっている。レターの内容が自身の略歴を正しく反映していない。

それに加え、些細な事ではあるが、今回の書籍が送られてきた封筒には、私の宛名として「M. Tomomi Yamaguchi」という表記が使われていた。この「M.」という表記は何らかのミスかと最初は思ったが、他にも「M.」で送られている人がいるのがわかった。

通常、宛名としてはMs. やMr.、あるいは学者相手ということもあり、Dr.が使われる。このM.という表記は使われることはなく、性別がわからないからという理由でM.という表記にしたのかもしれないが、相手の事を調べてもいないことがわかり、失礼な印象を与えるだろう。特に、猪口議員自身については、Dr.を使っているため、なおさらである。

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一体このパッケージは誰に送られたのだろう? 2015年5月5日に出た、「日本の歴史家を支持する声明」(注)の署名者である日本研究学者(計464人)がターゲットになっているのかとはじめは考えた。

(注)「日本の歴史家を支持する声明」全文と署名者一覧(英日両語)は以下を参照 Open Letter in Support of Historians in Japan UPDATED, May 7, 2015

実際に、「声明」に署名した数人の友人たちから、猪口議員から同じく書籍をもらったという声も届いた。しかし、それだけにはとどまらず、署名しなかった学者(特に政治学者)や、日本に駐在している外国特派員らに届いているようだ。

私が確認した限りにおいて、さらに同封された手紙の内容からも、在米の日本研究の学者、および米国を含む海外に英語で日本のニュースを発信するジャーナリストらがターゲットだったのではないかと思われる。

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「にんしんSOS」の矛盾と自己責任論

(この原稿は、『週刊金曜日』の「論考」欄に投稿してボツになったものに若干の加筆・修正を加えたものです。)

『週刊金曜日』1月12日号に掲載された 平井康嗣氏の「にんしんSOS東京 中島かおりさん 」は、妊娠にまつわる相談を受ける「にんしんSOS東京」の活動に関するインタビュー記事だ。同団体の相談方針は「産む・産まないの決定権はあくまで本人にあるという『リプロダクティブ・ヘルス/ライツ』」だという。こうした妊娠相談を行うこと自体は重要だ。だが記事中では、同団体のサイトが、プロライフ(「胎児の生命」を優先し、女性の性と生殖に関する選択を否定し中絶に反対する立場)の「ライフ・ホープ・ネットワーク」(名古屋市)にリンクを貼っていたことも指摘されていた。中絶後遺症の相談先として術後の女性を二度紹介したことがあることも代表理事の中島氏は認めていた。

こうしたプロライフ団体との繋がりについて、中島氏は「中絶反対のメンバーはいないのでその質問は寝耳に水」だという。「リンクを貼ったことは軽率だったかも」とも述べ、リンクは現在、同団体のサイトから消えている。

だが、「ライフ・ホープ・ネットワーク」および同団体がカウンセリングのトレーニングを受けたという米国の団体(LIFE International)は、サイトを見れば、キリスト教系プロライフの団体であることが明白だ。

プロライフの立場と、「にんしんSOS東京」が掲げているという「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(リプロ)」すなわち「性と生殖に関する健康と権利」の視点は合致しない。中絶に反対するプロライフは女性の自己決定権を否定する立場だからだ。「にんしんSOS東京」が中絶手術後の人の相談先として、プロライフ団体を紹介したというのは、団体の方針と根本的に矛盾している。そもそも、中絶後の女性に、中絶を罪悪と捉える団体によるカウンセリングを勧めたというのはあまりに残酷ではないか。女性の性と生殖に関する権利(ライツ)を認めないプロライフ団体との繋がりは、「寝耳に水」とか「知らなかった」とし、リンクを消すだけで済むような簡単な問題なのだろうか。

中島氏は必要な支援の提供のためには「あらゆる団体が選択肢」だとも述べ、筆者の平井氏も奥付で、情報と選択肢を提供し最終的に相談者が決定するという立場が評価できるのだとする。だが、困り果てて藁を持つかむ思いで相談しているかもしれない女性が、根本的に矛盾した両論併記で情報を与えられ、それを冷静に考えて分析し、判断すべきであるという前提そのものが、弱い立場の人たちの置かれた状況を無視した単なる自己責任論なのではないか。

「にんしんSOS東京」も加入する「一般社団法人全国妊娠SOSネットワーク」は、日本財団主導で作られたネットワークで、サイトではプロライフの民間団体が多く紹介されており、本誌12月8日号の大橋由香子・早川タダノリ対談で指摘されるように保守的な背景も見え隠れする。本誌には、一見わかりづらいやり方で、産むことが推奨され、リプロが危機に陥っている現状にこそ斬り込んで欲しい。

妊娠SOSサイトに見る自己決定権の危機 

(本稿は、『週刊金曜日』2018年2月2日号(通算 1170号 )の「論争」欄に寄稿したものに、編集段階で削除された執筆記者名など若干の加筆を加えたもの。『週刊金曜日』の記事転載許可を得た上で、本サイトに掲載する。)

『週刊金曜日』2019年1月12日号の「AI時代の両生類たち」という平井康嗣編集主幹による「にんしんSOS東京」代表理事の中島かおりさんへのインタビュー記事を読んだ。どういう思いからこうした大変な活動をしているかがわかり、興味深かった。その一方で、記事に頻出する「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」という女性の自己決定の権利(以下、リプロの権利)の表記や意味づけに一貫性が見られない点に不安も抱いた。

記事を読み、助産師である中島氏が監査役を務める「全国妊娠SOSネットワーク(全妊ネット)」に興味をもち、サイトを覗いた。すると「全妊ネット」の大半が自治体運営の窓口であった。さらに、「全妊ネット」の自治体窓口の大半が、助産師会に委託されていることの影響も気になった。例えば、最初から「産む」ことを前提としているところも多いのだ。「安心して出産できるよう、相談に応じます」というサイトや、「妊婦さんになったら『すこやか妊娠ホットライン』にご相談を」というサイトなど、選択肢が「産むこと」しか示されていないところも少なくない。

大阪府委託の「にんしんSOS」サイトでは、中絶をしたA子さんと出産をしたB子さんの体験談2例を載せている。だがA子さんは「あやまちを繰り返さない」と中絶を後悔する一方、18歳で妊娠したB子さんは、「味わったことのない感動」を体験したと、2例が対照的なのだ。

ネットで見る限り、不意の妊娠に対応する相談窓口は、十分な情報に乏しく、女性の人権として認められている「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」がなし崩しになっている懸念を感じさせられた。出産のサポートをする助産師が妊娠相談を担当する場合、出産を前提に相談に乗ってしまうという危険性は考えられないだろうか。

さらに、「全妊ネット」は、日本財団が、日本助産師会の協力を得て2015年に設立したものだ。日本財団は、作家の曽野綾子氏が笹川良一氏の後を引き受け会長になったことで知られる団体だ。「全妊ネット」は、「切れ目のない支援」という政府の少子化対策のキーワードを掲げている。さらに同団体は、「予期せぬ妊娠が原因」で生後0日目での虐待が多いと考え、「虐待死を防ぐこと」を目的にしているともいう。日本財団は、以前から特別養子縁組の普及や民間養子縁組団体への資金援助などを行う「ハッピーゆりかごプロジェクト」を行ってきた。養子縁組は少子化対策の方向性とも一致する。こうした妊娠相談窓口の強化も、その一環と考えられる。相談者個人の思いとは別に、産むことへのプッシュ要因が多いのだ。

内閣府の第四次男女共同参画基本計画では「生涯を通じた女性の健康支援」に「リプロの視点」の重要性が書き込まれている。しかし、妊娠相談窓口のサイトを見る限り、現場での「リプロの権利」は風前の灯火である。本誌には、女性の健康や権利がないがしろにされかねない妊娠相談業務の現状と課題をさらに深く掘り下げてほしい。

『海を渡る「慰安婦」問題——右派の「歴史戦」を問う』から「はじめに」

執筆者:山口智美

『海を渡る「慰安婦」問題—右派の「歴史戦」を問う』(岩波書店2016)から「はじめに」の文章を掲載します。PDFで読まれたい方は岩波書店サイトからダウンロードできます。

「はじめにーー 海外展開を始めた日本の歴史修正主義者たち」

「歴史戦」と称して、日本の右派が「慰安婦」問題を中心とした歴史修正主義のメッセージを、海外に向けて発信する動きが活発になっている。 歴史修正主義の動きは今に始まったわけではないが、第二次安倍政権発足後、政府による河野談話作成過程の検証や、2014年の『朝日新聞』の「慰安婦」報道の再検証後のバッシングを経て、右派、および政府の海外に向けた発信や、海外での右派在外日本人、大使館や領事館の動きが加速した。本書は、こうした海外展開の実態を明らかにし、日本の政治・社会の歴史修正主義を問うことを目的とするものである。

「歴史戦」という言葉を広めたのは、現在も続く、『産経新聞』の連載「歴史戦」だろう。この連載をまとめた書籍において、取材班キャップで政治部部長の有元隆志は、連載を「歴史戦」と名付けたのは、「慰安婦問題を取り上げる勢力の中には日米同盟関係に亀裂を生じさせようとの明確な狙いがみえるからだ。もはや慰安婦問題は単なる歴史認識をめぐる見解の違いではなく、「戦い」なのだ」と述べている。(産経新聞社『歴史戦ーー朝日新聞が世界にまいた「慰安婦」の嘘を討つ』産経新聞出版、2014年)また、同書の帯には「朝日新聞、中国・韓国と日本はどう戦うか」と記されていることから、「歴史戦」の敵は朝日新聞と中国、韓国であるという想定が見える。

また、同書の日英対訳版の帯に掲載された推薦文、「これはまさに「戦争」なのだ。主敵は中国、戦場はアメリカである」(櫻井よしこ)、「慰安婦問題は日韓米の運動体と中国・北朝鮮の共闘に対し、日本は主戦場の米本土で防戦しながら反撃の機を待っているのが現状だ」(秦郁彦)を見ると、「歴史戦」の「主戦場」がアメリカと考えられていることもわかる。(産経新聞社『History Wars: Japan — False Indictment of the Century』産経新聞出版、2015年)

すなわち「歴史戦」とは、 中国、韓国、および『朝日新聞』が日本を貶めるために、歴史問題で日本を叩こうと「戦い」を仕掛けている、そして今、その主戦場がアメリカとなっており、日本は対抗せねばならないということなのだろう。右派は、「慰安婦」問題に関しては国内では勝利したと考える一方で、海外では負け続けていると認識している。「仕掛けられた歴史戦」に負け続ける被害者としての日本が強調され、こうした状況をつくっているとして、国内の左派や『朝日新聞』に加え、外務省も右派の槍玉にあがり、叩かれてきた。

こうした右派による「歴史戦」の動きと、安倍政権の関係は深い。そもそも安倍晋三は政治家としての活動初期から歴史修正主義に基づき発言、行動してきた人物であり、海外メディアにおいては歴史認識問題に関する安倍首相の姿勢を「歴史修正主義的」であるとする評価が定着している。安倍首相のもとで、現在は、右派市民のみならず、日本政府も「慰安婦」問題をはじめとして、日本の植民地主義や戦争責任を否定する内容の海外発信を積極的に展開している。

第二次安倍政権以降に本格化した 「歴史戦」だが、そのきっかけとなったのが、2010年にアメリカのニュージャージー州パリセイズパークに「慰安婦」碑が建てられたことだ。そして、13年、カリフォルニア州グレンデール市の「慰安婦」像の建設に関し、日本の右派や、在米日本人右派が反対運動を起こし、グレンデール市を相手取る訴訟にまで発展した。それ以降も、アメリカのみならず、オーストラリア、カナダ、フランスなど各地で「慰安婦」像や碑の建設、博物館や漫画祭の展示や「慰安婦」決議などに関して、日本の右派や、在外の右派日本人から抗議運動が起こされてきた。

右派メディアに大きく取り上げられた右派市民の動きの陰には、「慰安婦」碑や像の建設反対の立場で介入してきた外務省、大使館や領事館の姿があった。また、外務省はアメリカの歴史教科書の「慰安婦」記述の訂正を要求し、学問の自由への介入だと海外の学者らから大きな批判を浴びた。与党自民党も、「国際情報検討委員会」や「歴史を学び未来を考える本部」などを設立し、歴史修正主義本を海外の政治家や学者にばらまくなど、「歴史戦」戦略を積極的に展開してきた。

日本の右派は国連を舞台とした「歴史戦」にも積極的な取り組みを見せるようになっている。特に2014年からは毎年、右派代表団をジュネーブやニューヨークで開催される、「女性差別撤廃委員会」や「女性の地位委員会」などの会議に送り、現地で集会を開いている。

2015年末の「日韓合意」を経た現在、「合意」の評価については右派内部でも意見が対立しているが、右派の「歴史戦」展開が落ち着く様子は見えない。日本政府に関しても、16年2月、ジュネーブで開かれた国連の女性差別撤廃委員会で杉山晋輔・外務審議官が、「朝日新聞の報道が大きな影響を与えた」、「『性奴隷』という表現は事実に反する」など、歴史修正主義者と同様の主張を行っている。 国連の舞台で、まるで政府自ら「歴史戦」への参戦宣言をしたような状況だった。

本書は、このような「慰安婦」問題を中心とした右派や日本政府による海外展開の実態や、その背景に迫るものである。 能川元一は1990年代から現在に至る、論壇での「歴史戦」の経緯を詳細に追い(第1章)、 小山エミは、アメリカのグレンデール市とサンフランシスコ市での「慰安婦」碑建設をめぐる係争と、日系アメリカ人コミュニティへの影響や日本政府の役割を論じる(第2章)。 テッサ・モーリスースズキは、日本の右派や政府による植民地主義の歴史の否定、およびそうした歴史観の対外発信について批判的検証を行い (第3章)、山口智美は、 右派の「慰安婦」問題に関する運動の流れを概観するとともに、そうした動きと政府や自民党の関わりを指摘する(第4章)。

こうした日本の右派や政府による海外での「歴史戦」の展開について、まとまった論考が書籍という形で出版されるのは初めてだろう。海外在住の小山、スズキ、山口は右派の「歴史戦」の働きかけを身をもって体験する当事者である。本書が、現在も広げられている歴史修正主義の動きの批判的分析を通して、現状への理解を深め、対抗策を編み出していくための一助となることを期待したい。戦時性暴力のサバイバーである元「慰安婦」たちの声が、歴史修正主義者らによってこれ以上、中傷され、否定され、消されていくのではなく、逆に歴史に刻まれ、記憶に残され、そして「慰安婦」問題の被害者の側に立った本当の意味での解決につなげられるためにも。

海外を主戦場とする「歴史戦」

執筆者:山口智美
(新日本婦人の会発行「月刊女性&運動」2016年10月号掲載)

2012年12月に第二次安倍政権が発足して以降、日本の右派や政府が「慰安婦」は性奴隷ではないなどの歴史修正主義のメッセージを海外に向けて発信する動きが活発になっています。特に2014年8月、『朝日新聞』が過去の「慰安婦」報道の一部を取り消したことで、国内では、朝日新聞や元「慰安婦」などへの激烈なバッシングが起きました。そして右派は「国内では慰安婦問題に関しては勝利を収めた」と認識するようになり、「主戦場」は海外、特に国際的な影響力が大きいアメリカであると主張するようになりました。

『産経新聞』は、「慰安婦」問題は単なる歴史認識を巡る見解の相違ではなく「戦い」だと言います。そして、その「敵」は中国、韓国であり、中韓がアメリカを「主戦場」としてしかけた戦いに日本は対抗せねばならないのだと言います。この「仕掛けられた戦い」こそが「歴史戦」であり、その中で不当に名誉を貶められているとされる日本はあくまで「被害者」ポジションに置かれています。2014年以降、『産経新聞』や、右派の論壇誌や書籍などでの膨大な「慰安婦」問題バッシングを通じてこの「歴史戦」概念が急速に広がっていきました。

こうした右派の動きと、安倍政権の関係は深く、政府・自民党、及び右派が官民一体の動きとして「歴史戦」戦略を展開してきました。本稿では「歴史戦」の海外での展開と、それに女性が積極的に関わっていること、にもかかわらず、「慰安婦」問題が「女性の人権」に関する問題だという本質が否定されている現状について紹介します。

(まだまだつづきます。ページ移動は下にある「ページ」からどうぞ。)

私のフェミニズム研究の原点としての「行動する女たちの会」

執筆者:山口智美

(元々は『行動する女たちの会資料集成』(六花出版)の解説文の冒頭部分用として書いた文章ですが、字数削減の必要がありカットしたものです。)

私のフェミニスト研究者としての原点、それが「行動する会」だった。 1996年、当時アメリカのミシガン大学の大学院生だった私は、博論のためのフィールド調査を行う目的で東京にやってきた。日本での活発なフェミニズム運動の実態を調査するという計画で、とくにどのグループに焦点を当てるとはその時点では決めていなかった。そして、 「聞いた事ある有名な団体だな」という程度の認識しかない中で、行動する会に連絡をとってみた。だが、その時、会はすでに解散の話し合いを進めている最中だったのだ。結局、私が二回目に新宿区曙橋にあった、会の事務局「ジョキ」に行ったときの会議で、解散が決定。「行動する会」の最後の新入会員となった私ではあったが、会の活動への参加は、 解散決定の会議と、その後の事務局の片付けと掃除、そして打ち上げパーティーだけだった。

本来の博論研究計画からいったら、私が会に行ったときはすでに遅すぎ、会の解散とともにこの会の調査は終わるべきだった。でも、私はこの会こそに強く惹かれた。それはおそらく「解散」というタイミングだからこそ 、この会の運動をどう振り返り、どのように解散し、歴史に位置づけるのか、という分厚い議論が、まさにそこで行われていたからだったように思う。

そんな中で、会の歴史の前半10年間に中心的に活動していた人たちが、会の歴史をまとめるプロジェクトを進めていることを知った。そのプロジェクトの成果は 『行動する女たちが拓いた道——メキシコからニューヨークへ』(行動する会記録集編集委員会編 未来社 )としてまとめられ、1999年に出版された 。このプロジェクトに興味を覚えた私は、新宿御苑前にあった、中島通子さんの法律事務所で行われていた編集会議に出席した。1997年4月のことで、この時私が 参加したのは、4度目の編集会議だった。中島さんのほか、吉武輝子さん、駒野陽子さん、金谷千都子さんなど、今は亡くなられたそうそうたる会の元会員たちも出席していた 。そして、一度参加しただけでいつの間にか私は編集委員の一員ということになってしまった。

その後、2年近くに渡って中島通子法律事務所で、ひと月に一度程度のペースで開かれた編集会議に通い続けた。いきなり編集委員会に飛び込んでいった私は当時20代で、世代的には図抜けて若かったが、参加して意見を言うことは歓迎され、中島さん、吉武さんから私まで、皆でお茶の準備や片付けをしたりもした。そしてお互いの呼び名は、それぞれの職業や世間的な著名度がどのようなものであろうとも関係なく、「先生」ではなく「さん」だった。私は中嶋里美さんとともに、マスメディア抗議の章を執筆し、さらに、山田満枝さんと小林みち子さんとともに、年表作成を担当することにもなった。そのため、 中嶋さん、山田さん、小林さんとは何度も会って長時間作業をし、食事もともにし、その中で行動する会についての様々なお話を伺ったりもした。

要するに私自身も、行動する会の解散に至る過程と、その後の歴史をまとめるプロジェクトに参加して、 行動する会の「平場」の実践を体験したことになる。さらに会員たちの会や、執筆の際に掘り起こした様々な資料への思いの大きさも、作業に共に関わりながら、会員たちの語りを通じて理解することとなった。

そして、編集委員会の場で聞いた、会の歴史、および日本の女性運動 の話は、私にとっては興奮の連続だった。過去の自分たちが関わった運動へのノスタルジアとして歴史は語られるだけではなく、当時進められていた「男女共同参画社会基本法」づくりのプロセスへの疑問や、「男女共同参画」という行政主導でつくられた概念への批判、および女性運動の方向性への問い直し等を議論する中で、行動する会の歴史が位置づけられ、議論され、語られていたのだ。すなわち、 歴史は過去を懐かしむためだけに語られるのではなく、現在を問い直すためこそに、その解釈も含めた議論が熱く行われていた。「こんなにすごい話を私だけが聞いていていいのか」と会議に出るたびに思ったのをよく覚えている。

同時に、そこで多々言及されていた70年代中盤から80年代にかけての運動の歴史について、 「なぜ、私はこんなに知らなかったのか?」と 衝撃を受けた。 もちろん 私の不勉強もあるだろう。だが、それだけではないのではないか? これは、私が博論研究を通して問い続けた課題となり、その後のフェミニズムに関する調査研究においても、常に「なぜ行動する会の歴史は抜け落ちてきたのか?」「今でもまた落とされ、書き換えられていくのはなぜか?」という問いは、私が様々な局面で立ち戻る問題であり続けた。(注)

(注)例えば、双風舎編集部編『バックラッシュ!—なぜジェンダーフリーは叩かれたのか』(双風舎2006)に寄稿した「ジェンダーフリー論争とフェミニズム運動の失われた10年」という拙論は、 行動する会へのオマージュという意味もこめて書いたものだった。本資料集に収録されている「男女平等教育をすすめるシリーズ」パンフレットなどにおいて、行動する会が目指した「男女平等教育」は、明らかに男女の特性論を乗り越えたものであり、人々の意識、社会構造両方を問題として捉えたものだった。2000年代の「ジェンダーフリー」をめぐる論争においては、「男女平等教育」は制度に関することに限定されるとか、特性論は超えられないなどという主張がなされていた。少なくともこれは行動する会が主張してきた「男女平等教育」とは大きく異なり、これでは行動する会の教育分科会の運動の積み重ねはなかったことにされてしまう、という危機感のために執筆したものだった。