タグ: ジェンダーフリー

私のフェミニズム研究の原点としての「行動する女たちの会」

執筆者:山口智美

(元々は『行動する女たちの会資料集成』(六花出版)の解説文の冒頭部分用として書いた文章ですが、字数削減の必要がありカットしたものです。)

私のフェミニスト研究者としての原点、それが「行動する会」だった。 1996年、当時アメリカのミシガン大学の大学院生だった私は、博論のためのフィールド調査を行う目的で東京にやってきた。日本での活発なフェミニズム運動の実態を調査するという計画で、とくにどのグループに焦点を当てるとはその時点では決めていなかった。そして、 「聞いた事ある有名な団体だな」という程度の認識しかない中で、行動する会に連絡をとってみた。だが、その時、会はすでに解散の話し合いを進めている最中だったのだ。結局、私が二回目に新宿区曙橋にあった、会の事務局「ジョキ」に行ったときの会議で、解散が決定。「行動する会」の最後の新入会員となった私ではあったが、会の活動への参加は、 解散決定の会議と、その後の事務局の片付けと掃除、そして打ち上げパーティーだけだった。

本来の博論研究計画からいったら、私が会に行ったときはすでに遅すぎ、会の解散とともにこの会の調査は終わるべきだった。でも、私はこの会こそに強く惹かれた。それはおそらく「解散」というタイミングだからこそ 、この会の運動をどう振り返り、どのように解散し、歴史に位置づけるのか、という分厚い議論が、まさにそこで行われていたからだったように思う。

そんな中で、会の歴史の前半10年間に中心的に活動していた人たちが、会の歴史をまとめるプロジェクトを進めていることを知った。そのプロジェクトの成果は 『行動する女たちが拓いた道——メキシコからニューヨークへ』(行動する会記録集編集委員会編 未来社 )としてまとめられ、1999年に出版された 。このプロジェクトに興味を覚えた私は、新宿御苑前にあった、中島通子さんの法律事務所で行われていた編集会議に出席した。1997年4月のことで、この時私が 参加したのは、4度目の編集会議だった。中島さんのほか、吉武輝子さん、駒野陽子さん、金谷千都子さんなど、今は亡くなられたそうそうたる会の元会員たちも出席していた 。そして、一度参加しただけでいつの間にか私は編集委員の一員ということになってしまった。

その後、2年近くに渡って中島通子法律事務所で、ひと月に一度程度のペースで開かれた編集会議に通い続けた。いきなり編集委員会に飛び込んでいった私は当時20代で、世代的には図抜けて若かったが、参加して意見を言うことは歓迎され、中島さん、吉武さんから私まで、皆でお茶の準備や片付けをしたりもした。そしてお互いの呼び名は、それぞれの職業や世間的な著名度がどのようなものであろうとも関係なく、「先生」ではなく「さん」だった。私は中嶋里美さんとともに、マスメディア抗議の章を執筆し、さらに、山田満枝さんと小林みち子さんとともに、年表作成を担当することにもなった。そのため、 中嶋さん、山田さん、小林さんとは何度も会って長時間作業をし、食事もともにし、その中で行動する会についての様々なお話を伺ったりもした。

要するに私自身も、行動する会の解散に至る過程と、その後の歴史をまとめるプロジェクトに参加して、 行動する会の「平場」の実践を体験したことになる。さらに会員たちの会や、執筆の際に掘り起こした様々な資料への思いの大きさも、作業に共に関わりながら、会員たちの語りを通じて理解することとなった。

そして、編集委員会の場で聞いた、会の歴史、および日本の女性運動 の話は、私にとっては興奮の連続だった。過去の自分たちが関わった運動へのノスタルジアとして歴史は語られるだけではなく、当時進められていた「男女共同参画社会基本法」づくりのプロセスへの疑問や、「男女共同参画」という行政主導でつくられた概念への批判、および女性運動の方向性への問い直し等を議論する中で、行動する会の歴史が位置づけられ、議論され、語られていたのだ。すなわち、 歴史は過去を懐かしむためだけに語られるのではなく、現在を問い直すためこそに、その解釈も含めた議論が熱く行われていた。「こんなにすごい話を私だけが聞いていていいのか」と会議に出るたびに思ったのをよく覚えている。

同時に、そこで多々言及されていた70年代中盤から80年代にかけての運動の歴史について、 「なぜ、私はこんなに知らなかったのか?」と 衝撃を受けた。 もちろん 私の不勉強もあるだろう。だが、それだけではないのではないか? これは、私が博論研究を通して問い続けた課題となり、その後のフェミニズムに関する調査研究においても、常に「なぜ行動する会の歴史は抜け落ちてきたのか?」「今でもまた落とされ、書き換えられていくのはなぜか?」という問いは、私が様々な局面で立ち戻る問題であり続けた。(注)

(注)例えば、双風舎編集部編『バックラッシュ!—なぜジェンダーフリーは叩かれたのか』(双風舎2006)に寄稿した「ジェンダーフリー論争とフェミニズム運動の失われた10年」という拙論は、 行動する会へのオマージュという意味もこめて書いたものだった。本資料集に収録されている「男女平等教育をすすめるシリーズ」パンフレットなどにおいて、行動する会が目指した「男女平等教育」は、明らかに男女の特性論を乗り越えたものであり、人々の意識、社会構造両方を問題として捉えたものだった。2000年代の「ジェンダーフリー」をめぐる論争においては、「男女平等教育」は制度に関することに限定されるとか、特性論は超えられないなどという主張がなされていた。少なくともこれは行動する会が主張してきた「男女平等教育」とは大きく異なり、これでは行動する会の教育分科会の運動の積み重ねはなかったことにされてしまう、という危機感のために執筆したものだった。

「ジェンダーフリー」vs「男女平等」

キーワード:男女二元論、クィア

マサキチトセさんへの応答:「フェミニズム」の射程を狭めてしまう「ジェンダーフリー」擁護と、反「ジェンダーフリー」言説

執筆者:斉藤正美

わたしは、「ジェンダーフリー」は、フェミニズムが重要だと考えてきた性にまつわる差別問題を換骨奪胎させる「罠」であったと考えている。だから、「ジェンダーフリー」を使わない方がよいと考えている。しかし、だからといって、「男女平等」に戻ればいいのだと、現在考えているわけではない。むしろ、「男女平等」という理念に居心地の悪さを覚えるフェミニストや、既存の「性差・性別」という概念に疑問をいだくフェミニストの主張をしっかりととらえることが大事と思っている。無視しても構わないとか、もっと大きな問題があるから大したことのない小さい問題にすぎないとか、「付け足し」に考えればいい、などと考えているわけでは、決してない。
そこで、現在どのように考えているか、<a href=”マサキチトセさんの論考、ならびにtummygirlさんの論考への若干のレスのようなものを書いてみたい。

「ジェンダーフリーはこれこれこういうものなんだ」という形で「誤解を解く」ことでジェンダーフリー概念を擁護しようとする動き、そして逆に「ジェンダーフリーというのは結局のところ『男女平等』の言い換えに過ぎないのだから、『男女平等』に戻せばいい」という言説を作ろうとする動きの両方のパターンに陥って来た。

マサキチトセさんのこの指摘は重要な指摘だと思う。そして、わたしは「ジェンダーフリー」でも「男女平等」でもまずいと思う以上、第三の道を模索・提案していきたいと思う。とはいえ、これぞ、という提案を出すというより、これから議論を積み重ねていけたら、新たな道ができあがっていくのではないかと思うから、これから道をつくっていきましょう、という提案をしたいと思う。同じようにマサキさんの指摘を受け止めている人、以前からこの方向に向いていた人は決して少なくないだろうから。

わたしが考える第三の道は、キーワード(概念)としては、従来「性差別の解消」といってきたものを、「性にまつわるあらゆる形態の差別の解消」とするというものだ。「性差別の解消」は、従来、「女性差別」「男女差別」という意味で「男女平等」とほぼ同じように使われてきた。しかしながら、それを「性にまつわるあらゆる形態の差別の解消」とするのは、「男女」という性別二元論を前提とする考えに依拠したり、異性愛体制を是認し、ヘテロセクシズムを放置したりすることを「性にまつわる差別」とみなし、それを解消することを目的とする人々が共通して取り組むことができるようにしたいからだ。
さらに、「性にまつわるあらゆる形態の差別の解消」という理念的なキーワードだけではまずいので、同時に具体的な対処法や取り組みをも併せて示していくことが不可欠だと思う。その際には、基本法制定の際に大澤氏がやられたというような、相手が気づかないまに「しのばせ型」でやるのではなく、反対があっても正面から説得していく方法を採るやり方をしていきたい。その方が遠回りであっても究極的には目的に到達できる方法だと思うからだ。特に、現在の「男女共同参画」や「ジェンダーフリー」で「しのばせ型」や「妥協型」でぼやっとした形で導入したことのつけが来ている現状をみていると反省材料として強くそう思う。

もちろん、政策決定過程においてどのような困難があるかは、わたし自身地方の自治体でのプラン、条例策定過程に専門委員などとして関わった経験から知らないわけではない。よく知っている。しかしその経験を踏まえても、理念だけにとどまらず、具体的な施策や取り組みとのセットでなければ事態を前に進めることができないと強く信じている。

狭い意味での「男女平等」の達成に加えて、「男らしさ、女らしさ」の概念や男女を自明の前提とする「性別」の概念の問い直しをもその射程に入れるような一連の試みに名前を与え、しかもその全体にタテマエ上であれいわば公的な承認をとりつけるという目的で、一つの用語を採用・使用しようという戦略があったとすれば、それは理解できる。もっとも政府に近い立場で「ジェンダーフリー」という用語を採用した大澤真理氏も、この用語にそのような役割を期待していたように思える。

これはtummygirlさんの指摘であるが、わたしには大澤氏は「男女を自明の前提とする「性別」の概念の問い直しをもその射程に入れるような一連の試み」を明示的示しているとは思われない。それに、具体的な施策も提示して推し進めるということが伴っていただろうか。仮に、あくまで理念的に可能性をもつというのであれば、それに期待しても、このような反発が大きい案件は押し切れないものだ。その点を強く懸念する。すでにtummygirlさんも書かれているように、行政はあくまで「男女平等」を押してくるフェミニズムを脅威と受け止めており、「ジェンダーフリー」を導入したのはそれへの「めくらまし」としてだった、と考えるからだ。

実際にわたくしは行政が「ジェンダーフリー」に「乗った」のは、「男女平等」が怖かったからではないかという疑いを捨て切れませんし。

「ジェンダーフリー」が、仮に理念的にはセクシュアルマイノリティに関する教育や施策を含みうるからといって、実践的な取り組みとの併用でなければ、事態が前に進むとは言えないというのは、わたしの政策策定に関わった経験に基づいて考えていることだ。いくら理念的に可能と言ってもそれを具体的に政策や教育の現場でやっていく対策を伴わなかったら事態は動かないものだ。行政は前例主義だし、自分たちがやりたくないことは法律で書かれていたとしてもやらないで済まそうとする。それに、保守との連携で政策を下ろしてきた経緯があり、保守の反対が生じそうなことをしない傾向をもっている。別の地域では異なるかもしれないが、少なくとも私の住む自治体のやり方はそういったものであったし、そうした手法をとる自治体は全国でも少なくないだろうと予想できる。

だからこそ、保守派が「ジェンダーフリーは家族を破壊するのか」とか「ジェンダーフリーはフリーセックスか」と恫喝することにどう対応するかは重要である。「男女」という性別二元論にあわてて逃げ込んだり、安心な異性愛体制に引きこもるという選択肢はとるべきではない。(私のこれまでの行動がそのように見えていたというtummygirlさんやマサキチトセさんの指摘をありがたく思う。)そうではなく、「ジェンダー」というカタカナ語がもつ、一見「正しい・優れた」思想だという語感を利用してあいまいなまま積極的に使ってきたことを反省し、性の二元制や異性愛制度の問題を広くわかるように提示していくとともに、そうした制度的文化から逸脱する人々が生きやすいようにするにはどうしたらいいかを具体的な施策に落とし込む作業をしていくことが肝要である。つまり、tummygirlさんが以下のように書かれる点に、もっとフォーカスして考えなければならないということだ。

バックラッシュ言説への対抗において、「フェミニズムが既存の性差の形態を否定するかもしれない可能性」というものを、フェミニズム自身が(あるいは一部のフェミニストが)積極的に隠蔽してしまった、ということを指摘したいのです。
バックラッシュ言説がフェミニズムを攻撃するときに動員したのは、互いに支えあう二つの体制、すなわち、二項対立的なジェンダーシステムと異性愛体制ですが、そこから逸脱する存在に対する恐怖や嫌悪でした。
ところが、「フェミニズムは男女平等を目指すのだ」「性差を否定しないのだ」と主張したとき、そのようなフェミニズム側からの対抗言説は、バックラッシュを意識するあまり、それらの恐怖や嫌悪を批判するのではなく、恐怖や嫌悪の対象となることを回避する方向に、向かってしまいました。
つまり、その時のフェミニズム側の対抗言説は、いわゆるバックラッシュのロジックとは違う理由で「男女平等」という理念に居心地の悪さを覚えるフェミニストや、既存の「性差」という概念に疑問をいだくフェミニストの主張を、あたかもそれは正当なフェミニズムの主張ではないかのように、扱ったのです。

さらに、バックラッシュ対応だけではなく、政策へのチェックも甘かったことを認めなければならない。従来の自民党の男女共同参画政策についても安易に支持してきたことの甘さを認めるのにやぶさかではない。さらに、今回発表された民主党の政策マニフェスト、特に「こども・男女共同参画」と見出しが立てられていることをみても、異性愛制度バリバリで子どもを持つことが前提に立った政策であり、子どもの保護や教育に強調が置かれている点は従来の自民党の政策と同程度かそれ以上のように見える。その一方、子なしシングル、レズビアン、ゲイなどへの目配りはまったく見られず性の二元制を強化していることに脅威を感じた。トランスジェンダーについても、障がいとして扱うことで「男女共同参画」とは別に配されており、これはまずい、きちんと指摘していかねばと思った。

それに関しては今思うのは、マサキチトセさんが危機感をもって児童ポルノ処罰法反対の発信をあれ や これとやっておられたが、私を含めLGBTI運動以外からの反対の発信が少なかったように思う。単純所持を犯罪化・処罰化するということがどういった波及効果を持つかについて、マサキさんが「国家による規制(所持の犯罪化や検閲)を希求することは即ち国家権力に当該規制対象を表象する独占的な正統性を与えてしまうことになる。つまりどんなセクシュアリティがOKでどんなのはNGなのかを国家に判断させてしまうことになる。」と指摘しておられる点など、やはりフェミニストは危機感が乏しいと批判されても仕方ない面はあると振り返って思う。この点は、日頃わたしが主張している、行政と密着してきたフェミニズムという点とも絡み、行政権力に対する危機感が弱いように思われる。それだけではなく、異性愛や性の二元論からの逸脱に対する制裁がどれほどのものかをよく理解できていないという点も否めないと考える。

雑然としてきたが、まとめると、tummygirlさんやマサキチトセさんが「ジェンダーフリー」を使うことを肯定的に考えておられる点には、実質的な政策を伴わない抽象的なカタカナ語であるため効果が期待できないという理由で同意できないが、その主張の根底にある、フェミニストが性別二元論的な考えをこっそりと支持する側に回ったのはとんでもない、という主張を自分を含むフェミニストに向けられたものとして受け止め、よく咀嚼し新たに動きをつくる側に回りたいと考える。

そして、そのようなフェミニズムの現状を打開するためにわたしが考えられる方策は、「男女平等」に戻るというのではなく、新たに「性の二元制」ならびに「異性愛制度」と「男性標準」を標準的なルールとする現在の文化や規範を見直し、「性にまつわるあらゆる形態の差別」を解消するという考え方を打ち立てること、さらに、それについての具体的な取り組みをフェミニズムを支持する人たちが積極的に始めることであると考えている。しかしながら、理解が足りない点は多々あると思うので、さらにご指摘をいただけたらと願っている。

「ジェンダー・フリー」論争とフェミニズム運動の失われた10年

執筆者:山口智美

双風舎編集部編『バックラッシュ!なぜジェンダーフリーは叩かれたのか?』双風舎、2006年 掲載論文
(1)はじめに
1995年前後は、日本の女性運動にとって、重要な転換点だった。 1994年、男女共同参画審議会が作られたことで、耳慣れない「男女共同参画」という言葉が登場し、1996年には、同審議会による「男女共同参画2000年ビジョン」と「プラン」の中で「ジェンダー」という言葉が登場した。そして、「ジェンダー・フリー」という言葉も東京女性財団 によって紹介された。同年の北京の世界女性会議会議以降、「エンパワーメント」というカタカナ言葉が流行る一方、「ジェンダー」という言葉も新聞などでちらほら見かけるようになっていた。
その一方で、この時期、「フェミニズムはおわった」「ポストフェミニズム」といったような記事もよく見かけた。 当時の私は、アメリカ・ミシガン大学の大学院生であり、96年の6月から、約3年にわたっておこなった日本の女性運動のフィールド調査を、東京で始めたところだった。 ちなみに、私が博論テーマとして選んだのは、1996年の年末に解散した「行動する女たちの会」だった。解散すると聞いて、何となく事務所の「ジョキ」を訪れて、会員の方がたと話したり、引っ越しのための掃除作業をしたり、宴会に出たりしているうちに、研究テーマに自然になってしまった。そして、メディアは会の解散を、「フェミニズム断絶の時代」のシンボルとしてあつかった。(1)同じ時期には、家庭科の男女共修をすすめる会や日本婦人問題懇話会なども解散直前の状態にあり、両団体とも間もなく解散した。
行動する会の解散の理由は複雑であり、ここでは深く言及できない。だが、行政による女性問題への進出が背景の一つとしてあったのはたしかだ。 草の根女性運動と比べて、圧倒的に莫大な予算をもつ行政が、いままで女性団体が地道に作成し、売ることで活動資金の足しにしてきたパンフレットの類いを、より大規模で、美しいカラー印刷などのかたちで無料配布してしまう。そして、 啓蒙を主目的とした行政政策にもとづき、バブル期に建設された立派な女性センターなどで、さまざまな講座が開かれるようになっていた。古い雑居ビルにはいっていた会の事務所と、立派でピカピカ光る女性センターの建物とのあまりの違いに、日本の女性運動体の状況をよく知らなかった私は驚いたものだ。
また、大学では女性学の講座が、以前よりは確実に増えていた。しかし、そういった行政や大学講座のたぐいから既存の女性運動で活動するケースはそう多くはなく、あったとしても行政の周辺への参加だった。そして、行政や女性学に批判的なスタンスで活動することが多かった「行動する女たちの会」のような団体に、新しい会員がくることはほとんどなくなっていた。会が20年間、一貫して運動の一大目的とした「性差別撤廃」という言葉は使われなくなりつつあり、一方で「男女共同参画」というわかりづらい言葉が広がりつつあった。「女たちの会」という会の名前すらも、「男女共同参画」という行政のスタンスとの違いを如実にあらわしていた。

70年代から続いた、「行動する女たちの会」などの女性団体が解散していき、「性差別撤廃」や「性別役割分担」などにかわって、「男女共同参画」、「エンパワーメント」、「ジェンダー」、そして「ジェンダー・フリー」などのわかりづらい言葉やカタカナ言葉が登場してきた転換期が、この頃だったように思う。さらに、この流れの中で主導権を握ったのが、学者がリーダーシップをとる行政プロジェクトならびに運動体になっていったのだ。これは、女性学と行政が非常に密接な関係をもったうえで、女性運動をとりこんでいった流れだともいえる。また、「男女共同参画」という言葉によって、その流れに男性学者たちも参入しやすくなっていった。
このように、従来の女性運動にかかわってきた層よりも、むしろ行政と女性学者、そして男性のジェンダー学者が組み、引っ張ってきたのが「男女共同参画」という側面がある。くわえて、現在のバックラッシュの大きな特色として、本来「安全」だったはずの行政や女性学、そしてジェンダー研究などが、「過激」として叩かれているということがあげられるだろう。

この、「フェミニズムはおわった」言説から「男女共同参画」「ジェンダー・フリー」の登場、そして「過激なフェミニズム」としてフェミニズムが攻撃されるバックラッシュへと推移した、90年代中盤からのフェミニズム運動をめぐる状況を追ってみたい。とりわけ、 ここでは95年に行政と学者によって紹介され、広げられていき、ある意味でフェミニズム・バッシングのシンボルとさえなっている、「ジェンダー・フリー」という言葉のたどった歴史に焦点をあててみたい。

まだまだつづきます。ページ移動は下にある「ページ」からどうぞ。

男女共同参画条例:「ジェンダーフリー」より「積極的格差是正措置」を

執筆者:斉藤正美

2002年11月8日、『朝日新聞』「私の視点」に投稿しましたが、掲載されなかったボツ原稿です。 以上は、いずれも2002年秋に、斉藤が山口さんらとディスカッションした内容を『ふぇみん』などに投稿した原稿です。2004年秋に「今になって批判するな」と言われました。しかし、2002年時かられっきとした批判をしていたことを示すためにここにおいておきます。

各地の男女共同参画条例の制定過程において、「男らしさ/女らしさにとらわれない」という「ジェンダーフリー」の理念を入れるか入れないかが攻防の的となっている(10月22日付け「ポリティカにっぽん 男女共同参画バックラッシュ」)。

「ジェンダーフリー」は、元来、東京女性財団がバリアフリーにヒントを得て用い始めた和製英語的な用法である。インターネットでgender-freeを検索すれば、日本の男女共同参画行政のサイトが多出するので驚く人も多いだろう。東京女性財団の説明では、「男女のジェンダーコードの『段差』を発見し、これを『平ら』にする試み」とある。

男女共同参画条例は、1999年に施行された男女共同参画社会基本法を実質的に根付かせるための地域における取り組みである。同法は、国連が1979年女性差別撤廃条約を採択した後、各国が批准し「性差別禁止法」や「男女平等法」を制定したという流れに連なる。この法律は、「政治的決着」によって、名称から「男女平等」がはずされ、「男女共同参画」社会基本法となった経緯がある。しかしながら、英語名称は「ジェンダーイクオリティ(男女平等)」社会と定義されているように、基本理念は「性差別の是正」や「男女平等」である。これは、女性が働きやすい社会のほうが男性も自由な生き方を選択できる、女性の労働力率が高いほど出生率も高い、という理解が広まったために、少子社会に歯止めをかけるためには「男女平等社会」しかないということで成立に至ったものだ。

ところが、地方自治体における条例制定においては、「性役割を変える」という「ジェンダーフリー」の理念が先行されがちである。男女平等社会づくりにまず必要なのは、「男女平等」を達成させるための「積極的格差是正措置(ポジティブアクション)」などの具体策である。入札時に事業者に男女平等推進状況を報告してもらう、行政の付属機関の男女比の達成目標を設定するなどの「差別解消策」や、そうした対応が進展しない場合に訴える先としての苦情処理機関設置こそ条例に真っ先に取り入れられる必要がある。

「性役割」や「性別役割分担意識」を変えることに効果があるのは、社会の制度やしくみを変えることである。性役割や特性という「心のありよう」を条例で規定しても効果はあまり期待できないのではないか。「ジェンダーフリー」に反対する側から「男らしさ/女らしさ」を条例に規定する動きもあるが、当代の若者が素直に従うとも思えないことからもその効果のほどは容易に想像できよう。

条例で強調すべきことは、「性役割の変更」を規定することではなく、個人が「性別による差別的取り扱いを受けない」ための積極的改善措置である。条例案が「ジェンダーフリー」というあいまいな言葉の取り扱いで紛糾している間に肝腎の「性差別解消」のための施策への目配りがなくなり、条例が骨抜きになってしまうのでは本末転倒である。

「男女共同参画」社会基本法という名称が、「平等」を避けた政治的決着であるからといって、「性差別解消」という条例の達成目標まで揺らぐことがあってはならない。(1288字)

男女共同参画条例:「ジェンダーフリー」より「積極的格差是正策」を

執筆者:斉藤正美

『ふぇみん』2002年11月15日「意見・創見」欄に掲載。前回「ふぇみん」9月25日 掲載原稿のタイトルが変えられた結果、誤読されるということで改めて投稿をお願いしたのでした


わたしの住む富山県高岡市でも男女平等推進条例の制定に向けて、公募の市民や地域で活動する団体のメンバーらが条例検討専門部会の委員に選ばれた。9月6日には、部会の市民委員ら総勢12名がバスを仕立て福井県武生市に三木勅男市長を訪ねた。三木市長は「男女平等オンブッド」(苦情処理機関)の設置を盛り込んだ先駆的な条例を制定している。その日は、折しも三井マリ子さんがその「男女平等オンブッド」に就任された日であり、お話を伺えた。その後、訪問団に参加した議員は、高岡市9月議会で条例に苦情処理窓口をと注文をつける一方、女性団体は市長に「男女平等オンブッド」を要請する意見書を提出するなど武生行きの影響が広がった。

「条例の基本的考え方」(URL (.pdf))を踏まえ、現在、市民委員が重要だと考えて押しているのは、次の3点である。1)行政の付属機関に女性を4割にする、2)市内で活動する事業者に男女平等推進状況の調査を実施、女性を活用していない現状に気づいてもらう、3)対応が進展しない場合に訴える先として「男女平等オンブッド」を設置する。加賀藩を支える商工業の町として栄えた高岡市だが、現在はご多分に漏れず商工業に勢いがない。そこで活用されていない女性層のパワーで経済再生を図るという「積極的格差是正措置(ポジティブアクション)」を条例制定の基本に据えようというのである。市民委員は、市長の決断に期待を込めている。

ところで、全国各地で進行している男女共同参画条例の制定において、「女らしさ/男らしさにとらわれない」という「ジェンダーフリー」という考え方を入れるかどうかが攻防の的となっているという(『ふぇみん』9月25日号特集「女性政策バッシング」)。しかし、「性別役割意識の変更」は、先に社会のしくみを変えない限りどだい無理だ。他方、「ジェンダーフリー」に反対する側から「男らしさ/女らしさ」を条例に規定する動きもあるが、今の若者が素直に従うとはとても思えない。性役割や特性という「心のありよう」より、若い女性や男性が働きやすい政策こそ条例に盛り込む必要がある。

そもそも「ジェンダーフリー」は、「男女のジェンダーコードの『段差』を発見し、これを『平ら』にする試み」として東京女性財団が90年代半ばに用い始めた和製英語である。しかし、最近では「男女同質な社会にする」と主張しているといった拡大解釈も目立つ(例えば、「危ない『ジェンダーフリー』」森雅志富山市長ホームページ:URL (HTML))。「ジェンダーフリー」という言葉は、このようにあいまいな概念として一人歩きしている。

条例で実現すべきは、「ジェンダーフリー」という理念を書き込むことではなく、「性差別を解消する」ための積極的是正策の導入である。条例案が「ジェンダーフリー」というあいまいな言葉の取り扱いで紛糾している間に肝腎の「性差別解消」のための施策への目配りがなくなり、条例が骨抜きになってしまうことは避けなければならない。(1329字)

細谷さんへ、あるいは性別特性論に焦点化する女性運動批判

執筆者:斉藤正美

「ジェンダーとメディアのブログ」2005年4月25日エントリーに若干修正したもの)


3月29日の私のブログ「ジェンダーとメディアのブログ」で、『世界.』4月号特集「ジェンダーフリーって何?」の細谷論文について書いたコメントについて、昨日、細谷実さんご本人がコメントを書いてくださいました。細谷さん、ブログを探して書いてくださり、ありがとうございました。

コメントを拝読して、29日の文では意図がよく伝わらなかったなあという反省もあり、ここで「細谷さんへ」という文章にしてみました。最近の行政結託型の女性学・女性運動(90年代半ば以降、これが女性運動の主流となっています)が「性別特性論の乗りこえ」を大きな目標としているのは、女性運動の歴史からみれば、どうみても昔語りです。女性運動はとうの昔から、「性差別をなくすこと」をターゲットにしてきました。基本法、条例は、行政もその方向にシフトしたことの踏み絵だったのではないのですか。今になって、右派が出してきた「能力、適性、役割」の議論にのるのは、どうみても後退戦に巻き込まれて討ち死にする作戦です。それは願い下げです。そういうことを書きました。29日のところと合わせてお読みいただければと思います。

  1. 私は、富山で女性運動と政策立案にかかわった立場から発信しています。倫理学者としての細谷氏が日本全体の政治状況(バックラッシュ)の分析をされているのとは自ずから視点も見えてくるものも異なるのだろうと思います。
  2. おそらく私が『世界』の細谷論文に興味が持てないのは、そうした日本全体をマクロに見渡している視点だと思います。「バックラッシュが登場した社会・経済的背景とその心理分析」では、具体的な場面で、女性問題に対して反論にあったりバッシングにあったりした時に個々に方針をたてたり、対策を考えたりするのに即役に立つものではないと思うからです。「あちこちで出てきているバックラッシュ、どーすんのよ?」の答えとしては、主流女性学・女性運動では総論ばかり語られ, 「あちこち」と個別に考えることがないことが問題だと思っています。そのいい例が桑名市の条例への対応です。このブログでも小川まみさんや寺町みどりさんが議論されていますが、橋本ヒロ子さんが『We』で桑名市条例について「廃止された」などと大迷惑な間違いを書いておられます。細谷さんの論考もやはりそうした「解決につながっていかない」、いやむしろ「解決に逆行する」対応例であると考えます。そう考える理由を以下で書きます。
  3. 細谷論文が「女性問題の解決に逆行する」理由を2つ述べます。
    1. まず、細谷さんが、「従来の『男女は異なれども平等』という考え方を抜け出した政府の男女共同参画社会推進政策」と主張されているのは、大問題と思っています。女性運動は、ずっと以前から制度を変えようと悪戦苦闘してきています。いまさら「『男女特性論』を抜け出したこと」や「能力、適性、役割」の議論で女性運動を数十年後ろにねじを巻き直されるのは、大迷惑です。
      男女共同参画社会基本法制定の時の議論を思い起こしてください。当時、効果の上がらない「意識啓発」政策ばかりやっていた行政がようやく重い腰を上げて「制度の改革へ」と根本転換をはかった、と語られました。基本法の第三条「男女が性別による差別的取扱を受けないこと」や、積極的格差是正策(ポジティブアクション)は、行政の施策として差別是正策へと歩を進めたことを示すものだと言われました。それなのに細谷さんの見方は、基本法や条例への動きによって、行政が「制度の改革」路線に舵を切ったことまでをなかったことにする、いわば「性差別撤廃施策なかった」論です。せっかく獲得した性差別撤廃のための施策を細谷さんの解釈によってないことにされるのは、「女性運動への逆行」です。
    2. 第二の理由は、「今回のバックラッシュが狙い撃ちしてきた」のが「能力、適性、役割」であるからそれについて書いたのだという点です。バックラッシュ側は、あえて「性差別の撤廃」を「男女の特性」という意識レベルにずらし弱体化をねらっているのではありませんか。相手の作戦に素直に乗って議論しているうちに、相手の土俵に私たちまで乗ってしまってはどうなるのですか。先に述べたように、女性問題解決ですが、一向に男女差別が改まらず、女性議員も増えず、賃金格差も縮まらないなど施策が行き詰まったために、「システムを変えなければ」という女性運動の声が、基本法や条例制定に向かったのではなかったでしょうか。どうしてこのような苦難に富む女性運動の歴史がかくもはやく忘れ去られてしまうのでしょうか、細谷さん。
  4. これらの主張は、私が80年代当初から女性運動に関わり、90年代には、居住地の自治体の男女平等推進施策の策定に関わった経験に基づくものです。男女平等条例の策定過程では、私たちは「性差意識」や「性別特性」からの打破などを焦点化することをできるだけ避け、「性差別をなくす」という点に焦点化しました。その結果、各地で起きている「ジェンダーフリー」や「男らしさ・女らしさ」などをめぐる型どおりのバッシングは起きませんでした。そうした自らの体験から細谷さんの作戦に異議を申し立てているのです。決して、机上の空論ではありません。

以下、細谷さんのコメントの4項目とそれへの斉藤のコメントを対照して並べました。

細谷 1、蜷川真夫さんのことは、うかつにも存じ上げませんでした。彼の果たした役割を政党に評価したいという話は分かります。しかし、「プロデュース」ということで、雑誌や新聞をあげてのフジサンケイの今回の動きに比肩していいものか。

斉藤:「雑誌や新聞をあげてのフジサンケイの動き」がいかに大きいか、深刻かということをわざわざ「ウーマンリブ」を対置してとりあげるのは逆効果ではないでしょうか。これだけ重大な動きになっている、大変だということは、「バックラッシュ」というわけのわからない言葉の使用とともに、この問題に詳しくない多くの人たちに「黒船が来た」という萎縮効果をも与えるのではないかと思い、懸念しています。

「リブの登場」だって、蜷川さんだけではなく、系列も媒体もさまざまな人たちが「プロデュース」しました。もちろんそれに対する批判や反論、誹謗中傷も多数ありました。

女性運動の歴史を振り返ると、いつだって反論はありました。女性運動を語る側に、今回のように「敵を大きく扱う」傾向が時々見られることを憂慮しています。今回の「バックラッシュ」論でも、そのような悪しき傾向を感じるので一言申しました。サンケイなど自らを攻撃する側を、「強くて大変だ」という戦略はどうなのかなと思うわけです。

2、「能力、適性、役割」論を中心に書いたのは、今回のバックラッシュが狙い撃ちしてきたのが、性教育と並んで、そうした分野であるからです。女性運動にとって、そういう「能力、適性、役割」論よりも、重要な分野があるという話はありうるでしょう。しかし、目下攻撃されている場所に手を拱いていていいとは思いません。それは、先の話と二者択一というものでもないでしょう。

斉藤:これについては、上に述べた通りです。

3、北田さんの論考を引いたのは、当時入手しやすいもので、バックラッシュ派についての分析を行った数少ないものだったからです。もちろん東大関係か否かはまったく顧慮の外でした。彼に会ったことも見たこともなかったです。

斉藤:北田さんのご講義を聴いているようなご論考よりも、細谷さんもご執筆されている『We』誌の「バックラッシュを打ち負かせ!」特集での三井マリ子さんの「男女平等を嫌う反動勢力の実像」(『We』2004年11月号)や、山口智美さんの「ジェンダーフリーをめぐる混乱の根源(1)(2)」(『We』2004年11月号、2005年1月号)のほうがはるかに具体的で役に立つものです。

細谷さんは、バッシング派が「『邪悪な人々』を設定して、憎悪の火を掻き立てて行くのは極めて危険な傾向である」と賢くまとめておられます。一方、三井さんは、「どんな手が打てるだろうか」とし「パンフレットなどを読むと相手のねらいがわかる」、「自分の信頼できる議員にバックアッシュの実態を知らせよう」、などと「バックラッシュに講義する運動」に参加するよう勧めています。

また、山口さんは、「保守派がカタカナ語や日常使われない用語(例「男女共同参画」)を叩く一方、表立って『男女平等』や『性差別撤廃』という言葉を批判しないのは、特筆すべきだろう。『ジェンダー・フリー』を『男女平等』とは異なるものだという妙な理屈をこねて、『ジェンダー・フリー』攻撃をしているのだ(新田均「日本の息吹」2002年10月号)。おそらく行政や学者は、『よくわからない言葉』を新しく使うことで男女平等への反発を軽減しようとして『ジェンダー・フリー』を使い出したと思われるが、それは失敗だったのではないか」(「ジェンダーフリーをめぐる混乱の根源(2)『We』2005年1月号」と書いています。これも、女性運動の戦略論として欠くことのできない視点です(山口さんの議論はこのブログから「ジェンダーフリー概念からみる女性運動・行政・女性学の関係サイトへ飛べば読めますし、三井さんの議論は三井さんのサイトに載っています」。

細谷さんや北田さんのように総論的で概論的な説明は、お勉強好きの方には好まれるかもしれませんが、役に立たなかったり、逆行していたりでホント困るなあと思っています。

3、拙論の狙いは、あれよあれよと言う間に広がってきたバックラッシュ派の輪郭を示すことにあります。品もなく固有名詞を列挙したのもそのためです。それ以上を要求されても、もともと木によって魚を求むの類でしょう。

斉藤:相手の土俵にのった輪郭を示してくださってもねえ、と困惑しています。

4、『世界』の特集が気の抜けたビールという感想をお持ちになるのも分からないでもありません。しかし、その特集をネタに自分の関心だけから自分の主張を書き連ねているだけのような気がします。「で、あちこちで出てきているバックラッシュ、どーすんのよ?」』

斉藤:「気の抜けた・・」は私の記述ではないので、その点についてはコメントしません。

「自分の関心だけから自分の主張を書き連ねているだけ」という部分については、ブログというWEB日記は、文字により「自分の主張を書き連ねているだけ」にすぎないものですが、「主張を書いただけ」ということでケチをつけられる筋合いもないと信じています。

細谷さんの論考が女性運動を後退させている、それがまかり通ってしまうのは困る、という必死の思いから書いたものです。意図を誤解されてもと思い、上記で私が女性運動に関わってきた体験を踏まえて、現状に対して心配のあまり書いたということも書き添えました。

官製「ジェンダー」が下りてきた!:「ジェンダー」「ジェンダーフリー」の定義をめぐる闘争と行政・女性学・女性運動

執筆者:山口智美

シカゴ大学東アジア研究センター研究員 山口智美

財団法人日本性教育協会 (JASE) 『現代性教育研究月報』2006年1月号掲載


「ジェンダー」の定義をめぐる議論が盛んである 。反男女平等を主張する右派が、「ジェンダー」や「ジェンダーフリー」という表現について、「性差の完全な解消を狙っている」などと曲解に基づき、攻撃を加えていることがその背景にある。それに対し、日本女性学会、内閣府男女共同参画局、自民党の一部新人議員や、公明党などの政党が「正しい」ジェンダー概念を使うことを提案した文書を出すという動きが出ている。1

「ジェンダー」という言葉を使うべきかどうかという議論が沸騰する一方で、日本の女性運動は90年代半ばまで「ジェンダー」という言葉を使わずに、女性差別撤廃、性の平等の運動に取り組み、成果を挙げてきた歴史を持っている。「ジェンダー」や「ジェンダーフリー」が本格的に登場したのは90年代半ば、北京会議以降の、ここ10年ほどの流れなのだ。そして、これらの言葉は行政主導女性学で、導入されてきたのだ。そこから見えてくる、女性学・行政・女性運動に関わる問題について考察してみたい。

「ジェンダーフリー」の導入

昨年末、私は「ジェンダーフリーをめぐる混乱の根源」と題する文章を書き、それが『くらしと教育をつなぐWe』というフェミニズム系ミニコミ雑誌に掲載された。(2004年11月号、2005年1月号)

論旨をまとめると、以下のようになる。「ジェンダーフリー」という言葉は和製英語であり、ここでの英語の「フリー」の意味は日本で連想されるような「自由」ではない。むしろ、英語を母国語とする人たちは、「〜がない」という意味に捉えてしまう。この言葉を日本で最初に使ったと言われるのは、東京女性財団が主導したパンフ『Gender Free』作成プロジェクトだ。そのプロジェクト報告書において、パンフ作成に関わった三名の学者の一人、深谷和子は、「ジェンダーフリー」という概念を最初に紹介したのはアメリカの教育学者、バーバラ・ヒューストンであると言い、ヒューストンの論文「公教育はジェンダーフリーであるべきか?」を引用した。その後、他の学者たちや運動団体も、「ジェンダーフリー」は元々はヒューストンが使っていた概念であるという主張を重ねていった。2

しかし、 実はヒューストンは、平等教育の達成には不適切なアプローチとして「ジェンダーフリー」を批判し、「ジェンダー・センシティブ」(ジェンダーに敏感)な教育こそが必要という立場をとっていた。すなわち、「ジェンダーフリー」という概念は、日本においてアメリカ人学者の論文の誤読に基づく引用によって紹介され、権威づけられた。そしてこの言葉は、行政の講座、行政の助成事業としての市民団体の活動などを通じて、広げられた。ヒューストンの誤読に基づく引用が続く一方で、「ジェンダーフリー」は「ジェンダーからの解放」を意味する(大沢真理『21世紀の女性政策と男女共同参画社会基本法』ぎょうせい 1998)といった異なる、新たな解釈も生まれてきた。だが、その意味のズレに関して女性学内での議論はなかった。そして、保守派は「ジェンダーフリー」の意味の曖昧さにつけこみ、攻撃を開始、行政はそれにひるみだした。例えば、「ジェンダーフリー」を紹介し、積極的に広め、そして男女混合名簿も推進してきたはずの東京都が「ジェンダーフリーに基づく男女混合名簿の廃止」などという通達を出すような状況なのである。

この、「ジェンダーフリーをめぐる混乱の根源」は、無名な私が書いたミニコミ雑誌掲載の小論だった。だが、上野千鶴子氏のインタビュー記事がたまたま同じ号にあったからか、その号が反響をよんだらしかった。そして、私の文章が岩波書店『世界』の「ジェンダーフリーって何?」特集に掲載された汐見稔幸氏の論文中で引用された。( 「生きやすい、働きやすい社会をつくる、ということ:市民的公共性と男女共同参画」『世界』2005年4月号p.87)

それから思わぬ方向に発展していくことになる。バックラッシュの急先鋒である統一協会系メディア『世界日報』が、汐見氏の文章中の私の引用を挙げながら、ヒューストンは「ジェンダーフリー」ではなく「ジェンダー・センシティブ」でなければいけないと主張し、「『女らしさ』が差別の原因になるからと否定するのではなく、『女らしさ』に繊細に対処しながら行う教育が必要ということである」などという無理な解釈をしているのだ。これは、当然ながら大きな間違いである。敏感になるべきは、 ジェンダーに基づいた差別であり、「女らしさ」に繊細なれなどとはヒューストンも私も全く書いていない。『世界日報』お得意の故意の曲解による悪用だ。『世界日報』は、私の肩書きを当初「ジャーナリスト」として紹介しているが、『We』に私は「シカゴ大学東アジア研究センター研究員」として紹介されている。 3 要するに、私の原文を読みもせず書いたと思われる記事なのだ。迷惑かつお粗末なことである。

『世界日報』をはじめとする右派は、インターネット上で積極的に反男女平等キャンペーンを行っている。私は自分のホームページ4にもこの文を掲載しているのだが、それがネットの様々なところで引用されたり、議論されるようになった。しかも右派が積極的にネットを活用しているため、『世界日報』の曲解に基づく私の文章の引用があちらこちらで見受けられる。 逆に、私自身の関わるサイトや、他のフェミニズム系サイトなどでも議論になっており、私の文章に関して様々な解釈が混在している現状なのだ。

「ジェンダーフリー」概念導入をめぐる本当の問題

私の文章が議論されている様をみると、「誤読」問題にばかり焦点が当たってしまっているようだ。確かに論文の「誤読」をし、それを放置し続けた学者や行政のお粗末さは、女性学者の端くれである自分自身への反省も含め、批判されるべきだと思う。だが、私は「誤読」を指摘したことで、アメリカの学者の言うことをそのまま正確に日本に導入すべきと主張しているわけでは決してない。欧米学者の言うことを権威づけに使うという行政や学者の体質、そして具体的な「誤読」の方向性を問題にしているのだ。実際、誤読はさておき、東京女性財団の「ジェンダー・フリー」定義自体にさして問題はないと捉える意見も目にする。だが、私はこれこそが大きな問題だと思う。

東京女性財団によれば、「ジェンダーフリー」という言葉は 、「性別に関して人々が持っているこうした『心や文化の問題』をテーマにするために」使ったという。(Gender Free 1995)  つまり、性差別撤廃のために制度を変えて行くことより、むしろ個人の心の持ちように還元させる、保守的な言葉だった。この「ジェンダーフリー」は、東京女性財団が引用元であると主張したヒューストンの主張とは、180度異なるものだ。ヒューストンは、性差別をなくすために具体的に教育現場での制度、実践などを変える ことが最重要であり、そのための情報を収集するために常にジェンダーに敏感であるべきだと主張しているからだ。

誤読の背景に見えてくる、東京女性財団の主張する意識啓発と、ヒューストンの主張する具体的な変革の間の「ズレ」こそが問題ではないのだろうか。個人の「意識」に焦点を当てることで、日本の行政が大好きな、市民の啓蒙に仕立てることができたのだ。 そして「お勉強しなければわからない概念」であり、意識啓発が目的の「ジェンダーフリー」が生まれた。この概念が、東京女性財団や国立女性教育会館などでの行政講座などを通じて、中央から地方へ、官から民へと広められていったのである。

おそらく、行政は制度や実践を変えるよりも、「意識啓発」や「啓蒙」が安全で簡単だと考えたのではないだろうか。行政として具体的に取り組むべき問題よりも、市民ひとりひとりの心のありかたに責任を転嫁しているとも言え、行政のするべき仕事としては本末顛倒である。そして、実は現在「バックラッシュ」の中心になっている、宗教右翼といわれる勢力が一番嫌うところが、信教の自由とも絡んでくる意識啓発だったという皮肉な状況が生じているのだ。

「安全」なはずの意識啓発ばかりに流れがちだった行政は、右翼勢力のバックラッシュに抵抗するだけの覚悟もなかった。その最たる例が、元大阪府豊中市男女共同参画センター館長の三井マリ子さんを、右派勢力の圧力に負けた豊中市が雇止めにしたことだろう。現在、三井さんは豊中市を相手取り、裁判を闘っている。

「ジェンダーフリー」でないと特性論を超えられないのか?

「混乱の根源」を執筆していた同時期に、斉藤正美さんとの共同企画、上野千鶴子さんの研究室との共催で、「ジェンダーフリーをめぐる女性学・行政・女性運動の関係」という集会を東京大学で開いた。この集会の質疑応答のときに、「男女平等」では性別特性論を超えられず限界があるので「ジェンダーフリー」を使ったという意見が会場から出た。その後気をつけて見ていると、女性学者の集会などでの発言、教育組合女性部のニュースや行動要請、各地の条例審議会での議論などで、この論が広く流通していることがわかった。

男女平等教育では特性論を超えられないという論は、女性運動の歴史を考慮にいれていないものであるといってよい。女性差別撤廃条約の批准、そして家庭科共修の実現を経て、制度的には男女特性論は消えたはずだ。これは、女性運動の成果だ。そして、現在「ジェンダー・フリー教育」運動の一部としてくくられがちな男女混合名簿運動は、80年代から続く息の長い運動だ。男が先、女が後の名簿という、毎日学校で使われ、学校生活のあらゆる場面で影響を与える、明らかに性差別的な慣習を撤廃しようという、男女平等教育にむけての運動であったはずだ。このように女性運動が推進してきた男女平等教育は、当然ながら特性論など超えたものであった。もし男女平等は性別特性論に基づくなどと文部省が言っていたとしても、行政の提示する言葉の定義にそのまま従う必要があるとは思えない。「その定義は違う」と言い、それに変わる定義を提示すればいいことだ。

「ジェンダーフリー」という、行政と、行政に密着した学者が発案した、上から下りてきたカタカナ言葉に逃げず、「男女平等教育」の意味を変革していくという方向もあったはずなのだ。

「ジェンダー」概念の登場と広がり

「ジェンダーフリー」は和製英語だが、反面「ジェンダー」は英語にも存在する言葉だ。世界中で広く学術用語としても、国連や政府文書などでも、日常生活においても使われている。だが、「ジェンダーフリー」バッシングに端を発し、「ジェンダー」も右派の攻撃の対象となっている。

この「ジェンダー」概念は日本でいつ頃、どのように広がってきたのだろうか? NWECの女性情報CASSデータベースを使って、新聞記事における「ジェンダー」という言葉の登場回数の推移を調べてみた。5 すると、「ジェンダー」が新聞上で急速に使われるようになったのが1995年から1998年にかけてだった。これが第一の波であり、1995年には、前述の東京女性財団報告書が出版された。同時に東京女性財団は「ジェンダーチェック」リーフレットや冊子をシリーズとして90年代後半まで数多くの学者たちと連携し、発行していった。そして、同様なプロジェクトを各地の自治体も始めていった。その後、96年には「男女共同参画ビジョン」において、「ジェンダー」という言葉が登場する。女性学においては、95年に岩波『ジェンダーの社会学』本が出版され、前年94年から発行を開始した『日本のフェミニズム』シリーズも相まって、「ジェンダー」概念を解説しながら、規範文献や巨匠づくりを行っていた時期だともいえる。つまり、この時期、行政と女性学は同じ方向を向いて「ジェンダー」概念を広報していたのだ。そして、第二の波はその後 、2000年から2002年頃に表れる。この時期は、「ジェンダーフリー」関係の記事が急増した。1999年の男女共同参画社会基本法の制定、その後2000年あたりからの男女共同参画条例運動の広がりなどが大きな影響をもったと思われる。そして、行政に深く関わる女性学者や、行政出身の学者による書籍類が多く出版された。例えば、館かおる・亀田温子『学校をジェンダーフリーに』の出版は、ちょうどこの時期の2000年であった。こういった教育啓発本の出版や女性センターなどでの講座などを通して、「ジェンダー」概念が広がっていったのだ。言い換えれば、行政と女性学の一体化が、条例運動や「ジェンダーフリー」教育運動を通じて、ますます顕著になった時期ともいえる。

この原稿を書くにあたって、編集の百瀬さんに、JASEが過去にどのように「ジェンダー」を扱ってきたかを知りたいとお願いしたところ、過去の「ジェンダー」関連の記事が掲載されている出版物を送ってくださった。それを見てみると、最初に「ジェンダー」という言葉が表れるのが1980年、青木やよひさんの「男らしさ・女らしさって何だろう?」という文だ(『現代性教育研究』1980年8月号)。それ以後、百瀬さんによればしばらく「ジェンダー」という言葉はJASE出版物からは消えていたとのこと。そして再登場するのが99年 、兵藤智佳 『「ジェンダー」って何?』(『現代性教育研究月報』1999年2月号)である。 前回の登場から約20年のギャップがあるが、99年当時にはすでに資料室には東京女性財団のものを始め、ジェンダー関連の書籍が置かれ、学者たちの講演会やセミナーなどで話を聞く機会もあったという。行政と行政に近い学者たちが敷いたレールの上を、他の多くの運動体同様に、JASEも歩んできた軌跡が見えてくる。

官製「ジェンダー」?

右派は、「ジェンダー」という考え方が「性差を解消」し、「過激な性教育」や「男女同室着替え」を生み出すなどとデマを流しながら、「ジェンダー」の意味を攪乱させている。この状況を受けて、10月31日付けで、内閣府の男女共同参画局基本計画に関する専門委員会が「社会的・文化的に形成された性別(ジェンダー)の表現等についての整理」という文書を出した。

この文書は、ジェンダーを「社会的・文化的に形成された性別」と定義している。そして、「社会通念や慣習の中には、社会や文化によって作り上げられた『男性像』、『女性像』があり、人々は成長するにつれ、『男性に期待される行動』、『女性に期待される行動』を行うようになる。このようにして形成された男性、女性の別を『社会的性別=ジェンダー』という。」(p.2)と述べている。

ここでの、「性別」という表現は、確かに男女という二つの性の間の差異を連想させる「性差」より若干マシかもしれないが、「性別」という言葉自体にも、「男」と「女」というカテゴリーに2分化して固定化する意味合いが強いように思える。この文書が掲載されている、国際機関の定義との微妙なズレを見ると、その特色が見えやすい。例えば、「特定の社会が男性及び女性にふさわしいと考 える社会的に構築された役割、態度、行動、属性」(WHO)、「男性または女性 であることに関連する経済的・社会的・文化的属性や機会」(人口基金)、「男性あるいは女性であることに根ざす社会的態度、機会、及びあらゆる男女間、少年少女間の関わり方を指す(OSAGI)」などの定義は、「分けること」そのものよりも、社会や文化が性に付与する性質や、性の間の関係性のほうに目がむいている。また「年月により変化し、それぞれの文化内 や異なる文化間で広い変異の幅を持つ」(EU)などの定義は、「性別」という定義よりも、変化や多様性を認める点を強調しているものだ。

また、この文書は、「ジェンダーに敏感な視点」を、ジェンダー=社会的性別の存在に気づく視点であると解説している。だが、存在に単に気づけばいいのだろうか?前述した、ヒューストンの「ジェンダー・センシティブ」は、あくまでも教育現場での性差別状況に対して、それをなくす目的で具体的な対策を施していくための情報を収集するという目的をもっていた。だが、この男女共同参画局の文書では、「何のために気づくのか、気づいてどうするのか」という点が明示されていないのだ。

また、この文書によれば、「ジェンダー」によってとらえられる対象の中には見直しが適当とされるものとされないものがあるという。 「固定的な役割分担」または「偏見」などが見直しが必要とされるものに当たるという。そして、男女の服装に関する違い、習慣などの見直しはいらないと言うのだが、本当にそうなのだろうか?これらに基づく差別があるとしたら、見直しが必要なのではないか。例えば、「女性だからスカートをはかねばならない」というような規範の押しつけがあったら、それは女性差別であろう。

ジェンダーは「中立的」な概念である、という主張が何度も繰り返されているのも目につく。ジェンダーは、「対象をとらえるための道具であり、例えば、これまで見えにくかった対象の姿が明らかになる立体メガネのようなものである」(p.3)のだそうだ。ジェンダー=立体メガネ説というのは初耳だが、その立体メガネを使って 見えにくい対象の姿が見えたとして、それからどうするのかこそが問題なのではないだろうか。見えればよい、というものではない。ジェンダーを正しく理解さえすれば、差別はなくなるというのだろうか?

「ジェンダーフリー」が東京女性財団によって「意識」レベルの問題にされ、行政が守りに入っていったのと同様なプロセスが、この男女共同参画局の文書でも見えてくる。頻出する「中立」という概念に、「客観性」への過剰なこだわりも見て取れる。だが、性差別を撤廃するという方向性を明示せず、男女間の「権力」関係を問題視するという視点が欠落している中で、「ジェンダー」概念を語ることに意味はあるのだろうか。

日本政府は女性差別撤廃条約を批准している。性差別を撤廃する義務を負っているのである。また、男女共同参画社会基本法は、本来性差別撤廃のために作られた法律ではなかったのか。その肝心な「性差別撤廃」という目的が、男女共同参画局による「ジェンダー」解説文書の中で明示されておらず、そのかわり「中立性」などという語句が踊っているのだ。 いったい「ジェンダー」概念にこだわる理由は何なのか?これでは本末顛倒である。

もともとは、ムズかしいお勉強の対象として、行政の啓蒙講座などを通じて広がってきた「ジェンダー」概念だったが、ここにきて誤解が広がり、簡単に説明する必要が生じた。が、個々のケースへの具体的な対策を議論するのではなく、「ジェンダー」概念だけを取り出して抽象的な説明をし、その定義にばかり注目が集まるということ自体がおかしくないだろうか。そもそも、「ジェンダー」が正しく理解されていないから男女共同参画社会が実現していないというような前提こそが変である。他に理由があるのではないのか。

いつも同じようなメンバーで構成される行政主導の専門家の集まりが、「ジェンダー」概念を定義し、それが官から市民へ、中央から地方へ下りてくるという状況は、「ジェンダーフリー」と同じだ。この構造自体を変えて行く必要もあるのではないだろうか。下から、運動の現場から、それぞれの地方から、どのような概念が何のために必要なのかを提示し、議論していくことが必要なのではないか。少なくとも、日本の女性運動は行政をリードしてきた歴史をもってきたはずだ。

脚注

  1. 12/8/2005 読売、12/14/2005 朝日
  2. 例えば性教協は、以下のように「ジェンダーフリー」について説明している。「本来「ジェンダーフリー」という用語は、アメリカのバーバラ・ヒューストンが「性別に関して存在する決めつけからの自由」、すなわち性別による偏見からの解放という意味で用いているのを、日本では東京女性財団が紹介し広まったものです。」(性教協  http://www.seikyokyo.org/news/news_30.html
  3. 「世界日報サポートセンター」http://ameblo.jp/senichi-ss/theme-10000119402.html)当初、『世界日報』に掲載されたオリジナル版の記事。私の肩書きが「ジャーナリスト」になっているバージョン。)『世界日報』サイト、「袋小路の欺瞞思想(ジェンダーフリー)」にも同記事の改訂版が掲載(内容が若干変わっており、私の肩書きも訂正されている)。http://www.worldtimes.co.jp/wtop/education/gender/html/050417.html(現在、閲覧にはパスワードが必要な模様)
  4. 斉藤正美さんと運営しているサイト「ジェンダーフリー概念から見えてくる女性学・行政・女性運動の関係」に掲載している。
  5. 斉藤正美、山口智美 「ジェンダー」を含む新聞記事件数及び関連年表
    経年グラフ

おかしいぞ!「男女平等教育=性別特性論」説

執筆者:山口智美

「男女平等」では、教育現場に根強い「性別特性」論を乗りこえることができない、やっぱりジェンダーフリーは必要だという説への疑問。日本の男女混合名簿運動の源流を遡っての反論。1977年、日本の女性運動が「ジェンダー」というカタカナ言葉を使わずに、「ジェンダー」概念をきっちり説明していることに敬意を表したいと思いました(斉藤記)。

「男女平等教育」というのは性別特性論を超えられないので限界がある、という論が流通しているようである。

昨年の12月、東大でのジェンダーコロキアム「ジェンダーフリー概念からみた女性学・行政・女性運動の関係」の際の会場との討論で、私はこの論を初めて聞き、驚いた。そこでは、性別特性論を「男女平等」概念では超えられないからこそ、それを超える概念としての「ジェンダーフリー」が必要なのだ、という論理が展開されていた。

それ以降、この「男女平等=性別特性論」説というのがやたら目につくようになった。女性学者の集会などでの発言、そして教員組合の女性部のニュースレターや、緊急行動要請の類い、そして各地の条例審議会での議論などを見ても、この論がかなり広く流通していることに気がついた。

だが、少なくとも日本の女性運動の歴史において、このような理解は1995年頃までは主流ではなかったのではないか。女性運動は男女平等教育をめざして運動を続けてきた訳で、当然ながら性別特性論は超える対象であった。「男女平等教育=性別特性論」なんてとんでもない、「男女平等教育vs性別特性論」という枠組みだったはずだ。例え男女平等を性別特性論の枠内で語る勢力があっても、女性運動は常にそれを超える概念としての「男女平等」を提唱してきたのではないか。

性別特性論を超えた男女平等教育をめざして1975年に会が発足してから一貫して活動を続けてきたのが、「行動する女たちの会」だ。(85年までは「国際婦人年をきっかけとして行動を起こす女たちの会」という名称で、活動は1996年まで続いた。)この会の教育分科会は男女共学へむけての運動、教室や教科書の中の性差別の指摘、男女混合名簿をすすめるなど、数々の先駆的な活動を行ってきた。

行動する会が提唱し、そして多くの現役教員を含んだ会員たちが現場で実践し続けてきたのは、明らかに性別特性論などを超えた「男女平等教育」なのである。

行動する会・教育分科会が1977年に発行したパンフ「男女共学をすすめるために」から、一部引用してみよう。

3 男女の特性を生かすには別学のほうがいいと思いませんか?共学にすると男子は弱々しく、女子は粗暴になると言われていますが・・・

男女はたしかに生物学的に見れば性差はありますが、今の社会で言われている「男女の特性」の多くは、社会的・文化的な条件の中で後天的に作られたものです。ですから、教育の場で、特に性差を意識して教育しなければならない場合はないはずです。学校で学ぶ知識の量や、内容に差をつけることは、教育機会や内容の差別ということで、憲法の精神にそむくことになります。また、体力や言語能力、道徳的判断能力などは、男女ともに人間として必要ですし、男女が協力しあい、競いあう中でバランスよく伸びてゆくものだと思います。

男は強くたくましく、女はやさしくしとやかに、という“特性”は、長い歴史や社会的条件の中で作り上げられてきたものです。その証拠に、男らしさ、女らしさの特徴は、地域や国、時代によって異なっているではありませんか。女だって、強さやたくましさは必要ですし、男にとってもやさしさやデリケートな心遣いなどがなくては欠陥人間ではないでしょうか。男女それぞれがいっしょに学ぶことによって、異性のもつ長所を学びあい、人間として完全に成長しあえるようになるのが共学のもっともよいところなのです。強さ、たくましさ、やさしさ、思いやりなどを、男女別々の特性と決めつけないで、人間としてどちらにも必要な美徳だとわかるように教育しなくてはなりませんね。

同性だけだという気易さからくる安易な馴れ合いムードをなくし、お互いに異性からみても恥かしくない人間になりたいと努力する緊張感は、人間の成長にとってとても大切なことではないでしょうか。

(国際婦人年をきっかけとして行動を起こす女たちの会・教育分科会
男女平等の教育を考えるシリーズI「男女共学をすすめるために」1977 pp.12-13)

1977年発行のこのパンフの中には、「ジェンダー」というカタカナ語は一切登場しない。だが、上記のとてもわかりやすく書かれた引用文、これは現在私たちが使っている、「ジェンダー」概念の説明に他ならない。「男女平等教育」を達成するためには欠かせないとして「男女共学」をすすめる趣旨のパンフであるが、実に見事に「性別特性論」を論破してみせているのだ。

ちなみに、1977年は、嵐山の国立女性(当時は「婦人」)教育会館(NWEC)が開館し、日本で初めての女性学の学会(国際女性学会、日本女性学研究会)ができた年である。女性学的な試みをしてきた学者はいたが、まだ分野としての女性学は確立されていなかった時代である。この時代に、すでに行動する会は「性別特性論」などを超えた「男女平等教育」を提唱し、「ジェンダー」概念に相当する論理を打ち出し、それに向けて行動し、現場で実践してきたのだ。そして会の96年の解散まで、この運動は20年間続いたのである。

「男女平等教育=性別特性論」の存在をことさらに唱え、「だからジェンダーフリーが必要」「だから男女共同参画でなければならない」などという主張は、今までの行動する会などの運動の歴史を無視し、消してしまうことを意味しないだろうか?そして、この会が真っ先に提起した男女混合名簿の歴史をも歪曲することになるのではないか。性別特性論を超えた男女平等教育を女性運動はずっと主張して、実践してきたのではなかったのだろうか。

「フェミニズム」の射程を狭めてしまう「ジェンダーフリー」擁護と、反「ジェンダーフリー」言説

執筆者:マサキチトセ

前回「『ジェンダーフリー』ではなく『男女平等』だ」と言うことの危険性」に書いたように、「ジェンダーフリー」概念を擁護する言説と「ジェンダーフリー」は有効ではないからきちんとフェミニズムの根本的問題に戻るべきだとする言説が、両方ともある種の罠にはまってしまってきたのが現状だ。というのも、「罠」はもちろんジェンダーフリー・バッシングが問題設定を「男女平等」「LGBTの権利獲得」「性の二元的慣習からの脱却」「教育におけるマイノリティに関する試み」など全ての論点をひっくるめて「ジェンダーフリー」として、そのうち特にクィアなもの、すなわち「同性愛・両性愛」に関する部分や「トランス」的な部分というものを攻撃することで同時に、「男女平等」という現代では反対する声を挙げづらいところにまで範囲を広げてバッシング可能にするような言説を作って来たことを意味する。そして少なからぬフェミニストがそれに対して反論を試みて来たが、それは前述の通り「ジェンダーフリーはこれこれこういうものなんだ」という形で「誤解を解く」ことでジェンダーフリー概念を擁護しようとする動き、そして逆に「ジェンダーフリーというのは結局のところ『男女平等』の言い換えに過ぎないのだから、『男女平等』に戻せばいい」という言説を作ろうとする動きの両方のパターンに陥って来た。

バックラッシュ言説が(恐らく意図的にではなく)かけたこの「罠」に同性愛嫌悪やトランス嫌悪をはじめとする「クィア蔑視」が強烈に入り込んでいたことは一目瞭然だ。しかしそれに対する一部のフェミニストからの応答は、そのクィア蔑視的な土俵の罠にまんまとはまることで、実質クィア(クィアな人であり、同時に、クィア的なもの)を排除するものだった(例えば『バックラッシュ!』所収インタビューでの上野千鶴子さんの意見)。バックラッシュ言説からの攻撃に対して、無難な「男女平等」論(あるいは無難な「ジェンダーフリー」)以外をフェミニズムから取り外し「それはフェミニズムではなく、あちらのクィアな人たちに向かってやってください」と土俵の外を指差し続けることによって、バックラッシュによる攻撃の大部分を避けてしまったのだ。言うなれば、これは「おいジェンダーフリー(同性愛奨励、男女同室着替え推進、男女平等推進、 etc.)、かかってこいよ」という怒号に対してフェミニズムが果敢に立ち向かった土俵ではなく、クィアを蔑視する人たちが一緒になって「あれって嫌よね」「そうよね、クィアって言うんですって」「理解できないわ」とクスクス言い合いながら、無難な「男女平等」論(あるいは無難な「ジェンダーフリー」)についてのみたまに言い争いになる(そのときもまた、「だってお前らは同性愛を奨励してるじゃないか」「してないわよ!」みたいなやり取り)だけの土俵になってしまったのだ。

そうして罠にはまったフェミニストは、「誤解を解く」アプローチと「男女平等に戻す」アプローチのどちらを採用した場合も、「フェミニズム」の射程を狭めることになってしまった。それは、意図的ではないにしても少なくとも効果的には、「クィア外し」というかたちを取って行われたのだ。

このような状況について具体的に問題提起をしているブロガーとして tummygirl さんを前回取り上げたが、「取り上げるならそのエントリよりもこっちのエントリでしょ」という突っ込みを頂き、実際に読んでみたら確かに素晴らしいエントリだったので、良エントリ紹介としてここに載せる。また、この文章での tummygirl さんの批判の一部は当サイトにも当てはまる。だからボクたち『歴史と理論』サイトの関係者は tummygirl さんの批判についてどのように応答出来るのかを考えなければいけないし、きちんと応答出来ないのならばボクたち1 もまた「罠」にはまっているということだろう。

以下、例のごとく抜粋する。 tummygirl さんの他のエントリや、他の人のエントリも少しだけ下の方に紹介している。ちなみに見出しには、 tummygirl さんのエントリのタイトルをそのまま使っている。

「ジェンダーフリーは性差の否定を否定するべきか。」

わたくしは今でも自分ではジェンダーフリーという言葉は使わない。けれども、狭い意味での「男女平等」の達成に加えて、「男らしさ、女らしさ」の概念や男女を自明の前提とする「性別」の概念の問い直しをもその射程に入れるような一連の試みに名前を与え、しかもその全体にタテマエ上であれいわば公的な承認をとりつけるという目的で、一つの用語を採用・使用しようという戦略があったとすれば、それは理解できる。もっとも政府に近い立場で「ジェンダーフリー」という用語を採用した大澤真理氏も、この用語にそのような役割を期待していたように思える。そして、実際にそういう方向で「ジェンダーフリー」が使われてきたのであれば、それはこの用語がその目的の一端を果たしてきたということだ。学術的にこの用語が曖昧であろうと、それが和製英語であろうとそうでなかろうと、「もともとの」意味がどういうものであろうと、「ジェンダーフリー」という用語が役に立つならばどんどん使えば良い。

もちろん、多くの人々が指摘しているように、女性差別的な制度や構造の解体あるいは改善(狭い意味での男女平等)に向けた努力も、「らしさの押し付け」への批判も、「男/女らしさとは何か」という問題提起も、「ジェンダーフリー」導入以前から、この用語とは無関係に行われ、一定の成果をあげてきた。それに加えて、ジェンダー/クィア研究に従事する研究者から、あるいはLGBTのアクティビストから、<男>と<女>とを自明の前提とする性別のあり方それ自体の問い直しの試みも、確実に進められてきていた。これらの多様な試みは「ジェンダーフリー」という用語によって可能になったり開始されたりしたものではなく、むしろこれらの試みを幅広く指し示しうる用語として、そしてさらにそれらの試みが社会的・制度的な後押しを得るための手段の一つとして、「ジェンダーフリー」という用語が使用されたという方が、正しいだろうと思う。

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「ジェンダーフリー」が狭い意味での「男女平等」を超える射程を持っているというまさにその点が、非規範的なジェンダーやセクシュアリティへのフォビアを煽る形で(「ジェンダーフリーは人間を中性化する/性同一性障害を生み出す/同性愛者・バイセクシュアルを生み出す」)、「ジェンダーフリー」総体に対する攻撃を容易にしてきた。

[…]

重要なのは、「男女平等への反対を表明する」ことが少なくともタテマエとしては駄目なことになっていたのに対して、非規範的なジェンダーやセクシュアリティへのフォビアはより強固に存在していたし表明しても良いものだと考えられており、したがってそれがもっとも攻撃しやすい、もっとも容易なターゲットになったということだ。そして、「ジェンダーフリー」が多様な試みを包括的に示しうるある種必然的にあいまいな用語であったことで、もっとも感情的な拒否反応を引き起こしやすい試みを通じて、既により広範に受け入れられていたはずの試みをもまとめて攻撃することが、可能になってしまった。

このような状況のもとで組み立てられようとしている「ジェンダーフリー・バッシング」への対抗言説の一つ一つにおいて、それが「ジェンダーフリー」の歴史的役割を肯定しているにせよ批判しているにせよ、「ジェンダーフリー」の概念なり用法なりをどのように規定しなおしているのか、望ましいフェミニズムの(あるいは場合によっては「ジェンダーフリー」の)あり方をどう表現しているのかを見ることはできるし、そしてそれらの規定や表現がどのような効果を持ちうるのかを考えることはできる

[…]

ネットやML上でよく見かける「ジェンダーフリー・バッシング」への対抗言説は、大きく二種類に分かれる。

一つは、「ジェンダーフリー」という用語の使用それ自体に誤りがあったのではないかとして、「ジェンダーフリー」ではなく「男女平等」「性差別撤廃」をこそ、フェミニズムの目標として確認しなおそうとするもの。ジェンダーコロキアム報告での基本的論調はこれにあたる。

もう一つは、「ジェンダーフリー」と言う用語とその使用をめぐって、都市伝説的な無根拠の噂が飛び交っている現状に対して極力正確な情報を示すことで、とりあえずこの用語に対する感情的なバッシングを沈静化させようとするもの。成城トランスカレッジ!さんの「ジェンダーフリーとは」はその代表的な一つにあたるだろう。

「ジェンダーフリーが何を意味しているのか、とりあえずそのくらいちゃんと理解してから話をしよう」という系統の議論については、意図はよく分かるし重要な作業だとも思うから、その作業自体には全く異論はない。けれどもその過程で、バッシングを沈静化しやすい方向で「ジェンダーフリーが何を意味しているのか」の定義が少しずつ狭められてしまう傾向があるような気がしている。

ジェンダーフリーは男・女が「こうあるべき」と決め付ける規範を押し付けないことを意味するという部分は、そのまま上述した「<男らしさ><女らしさ>に反対するのではなく、その押し付けに反対する」という言い方につながる。規範を押し付けないことを目指す、それ自体はまったくもって結構なことに聞こえる。けれどもよく考えれば、「規範」というのはその定義からして「押し付け」られるものではないのだろうか。規範とは、法律あるいは学校や会社という組織の規則による強要を指すわけではない。「これこれの性質が男にふさわしく、男においてより望ましい、従って翻ってこれこれの性質を持たない場合には、本当の意味での男にふさわしくない、男としては十分ではない」というところまでを含意するのが「らしさ」という言葉であり、そのメッセージをたえず投げかけ続けることによって、やんわりと、しかし確実に、特定のジェンダーのあり方を承認し、別のあり方を否定する、それが「男らしさ/女らしさ」の「らしさ」という規範ではないのか。したがって、規範それ自体に疑いと批判を向け、規範の規範としての地位を突き崩していかない限り、「男はこうあるべき・・・女はこうあるべき・・・と決め付ける規範」は、押し付けられ続けるはずではないのだろうか。

だいたい、「らしさを否定する」という表現が非常に曖昧だ。「男らしさ/女らしさ」という区分法、あるいは「男らしい性質・女らしい性質」というカテゴリーが、現在の日本の社会や文化において存在するとは考えない、ということであれば、そもそもそのような区分法やカテゴリーが存在すると考えるからこそフェミニズムはそれを「批判」してきたのであって、「ジェンダーフリーは男らしさ/女らしさを否定する」というのは正しくない。ある特定の人が「あれは男らしい性質、これは男らしい性質」と考えることに関しても同様で、フェミニズムはそのような考え方を「批判」するかもしれないが、その人がそう考えているという事実を「否定」はできない。けれども他方で、「男らしさ/女らしさという区分、あるいは男らしい性質/女らしい性質が、人間の主観や社会的・文化的影響あるいはバイアスとは無関係に厳然として客観的に存在するとは考えない」ということを「らしさを否定する」と呼ぶのであれば、フェミニズムの多様な試みを包括的に指し示す用語としてのジェンダーフリーが、「男らしさ/女らしさを否定する(あるいはそのような発想を内包する)」というのは、正しい。

だとすれば、ジェンダーフリーを正確に定義しようとして「ジェンダーフリーはらしさを否定しない」と強調することは、この用語に託されたそもそもの使命(フェミニズムの多様な試みを包括的に指し示す)を裏切ることにならないだろうか。ましてや、「ジェンダーフリー」をフェミニズムの試みの一環として擁護しようというのであれば、「らしさを全否定する」という批判に対しては、否定するともしないとも言わないのでも、否定を否定することによってあたかも肯定しているかのような印象をつくりだすのでもなく、「男らしさ/女らしさ」という言葉が「男にふさわしい/女にふさわしい」という意味を持つ限りそれを批判すると、明確に言うべきではないのか。

同様のことが、「ジェンダーフリーは性差を否定しない」という表現にも当てはまる。勿論、ジェンダーフリーは「性差」の概念の存在を否定することはないだろうし、現在の社会において「男性」と「女性」というカテゴリーが存在し、その両者の間に厳然として差異なり権力的不均衡なりが存在することも、否定しないだろう。しかし同時にたとえば、男性と女性とがどのように違うかはあらかじめ決まっているとか、「誰が女性で誰が男性なのか」というカテゴリーの境界線が変えようのないものであるとか、あるいは男性と女性という二つ以外には「性」は存在し得ないとか、そういった考え方を「否定する」あるいは「批判する」フェミニズムは確かに存在してきた。「性差を否定しない」という表現は、少なくともあらかじめそのような試みを排除したものとしてジェンダーフリーを定義しなおすことになるだろう。

「ジェンダーフリー」という用語に対するバッシングを回避し、この用語をとりあえず保持する方向で再定義が行われる場合、それは逆に、新たな定義(たとえば「性差を否定しない」「らしさを否定しない」)によって排除された領域を、とりあえずは保持する必要がなく感情的な攻撃にあっても仕方がない、それほど重要でも真っ当でもないことがらとして、定義することになる。

逆に、「ジェンダーフリー」という用語およびその果たしてきた役割を批判し、フェミニズムの目標をジェンダーフリーとは別に確認しなおそうという方向で再定義が行われるとしたら、その場合には「フェミニズムの目標」の定義が問題になる。たとえば、「ジェンダーフリーはフェミニズムの試みを包括的に指し示しうる用語ではなく、フェミニズムには他の射程がありうる」という方向をとるとしよう。この場合には「ジェンダーフリー」という用語が持ちえた可能性を(つまり、漠然と全体を指し示す用語を利用することで、フェミニズムの幅広い試みに対して社会的・制度的な後押しを得やすくすること)完全に捨て去るということになるけれど、まあ、捨て去るまでもなく既にその可能性がなくなっているという気はするし、わたくしはそのような「フェミニズム」の捉え方自体には異論はない。けれども、「ジェンダーフリーはフェミニズムの試みを包括的に指し示しうる用語ではなく、そもそもフェミニズムにはもっと重要な目標がある」という方向で再定義が行われ、そしてその「もっと重要な目標」が「男女平等」「性差別撤廃」と言い換えられてしまう場合、あるいは「ジェンダーフリーとは要するに男女平等、性差別撤廃を目指すものだ」と定義されてしまう場合には、わたくしはそれに賛成することはできない。

気になるのは、ここでもまた上野氏が「ジェンダーということばを使って話すこと」として「女性差別と男女平等」のみを念頭においているかのように聞こえる点なのだ。けれども上で述べたように、そもそも「ジェンダーフリー」は、男女平等に限らずフェミニズムの幅広い試みを包括的に指し示しうる用語としてこそ戦略的な意味もあったし、実際にそのような方向で使われてきたという過程もある。それをいまさら「男女平等」と言い換えてどうしようというのだろうか。もちろん、「男女平等」は当然に達成されるべきフェミニズムの重要な課題の一つではあり、「ジェンダーフリー・バッシング」を通じてそもそも「男女平等」の軸においてフェミニズムが達成してきた成果すらもあらためて攻撃の対象になっていることに対しては、真剣に対処策を考えるべきだろう。しかし、その対処策が「男女平等の原点に立ち返れ」で良いのだろうか。「男女平等」にはおさまらない視線の広がりは、「ジェンダーフリー」という不可解な用語がもたらし、あるいは後押ししてきたものの中でも、将来に確かにつなげるべき重要なポイントであったはずだ。その広がりを期待させておいて、いまさら「男女平等」こそが重要だというところに回収させ、もっともバッシングを受けやすい部分、ホモフォビアやトランスフォビアに直結する部分を不可視化させて、「男女平等」なり「フェミニズム」なりを守るのでは、羊頭狗肉も良いところだし、詐欺みたいなものだ。

[…]

別にジェンダーフリーという用語を守れと言っているわけではないし、男女平等という目標が過去のものだと言っているのでもない。その用語を使うのが嫌なら使わなければ良い。男女平等、あるいは女性差別撤廃に焦点を絞りって話をしたり活動をしたりしたければ、そうすれば良い。ジェンダーフリーという造語が曖昧で日常言語ではないと思うのならば、「性差別反対」と言っても良い。けれども、ジェンダーフリーという用語を使わない理由、使わないでも良い理由を述べる過程で、あるいは「男女平等」の目標を再確認する過程で、フェミニズムが語るべきこと、対処すべきことの射程をわざわざ縮小する必要はないはずだ。「性差別」について語るべきだというときに、セクシュアリティにかかわる差別やトランスフォビアの問題を切り捨てて、わざわざそれを「女性差別」や「男女平等」の問題として言い換える必用もないはずだ。それでは、バッシングに対抗しようとするあまり、フェミニズムがもともと取り組みうる、そして実際に取り組もうとしていた多様な試みの一環を、こちらからすすんで「より擁護の必要に値しないもの」として切り捨てるのと同じことだ。

バッシングに抵抗する目的で、より攻撃や「誤解」を受けやすい領域をあたかも「男女平等」の達成後にゆっくり取り組めば良い二次的な問題であるかのようにとりあえず棚上げして、「ジェンダーフリー」なり「フェミニズム」なりの定義から消し去ってしまうことがあってはならない。わたくしはフェミニズムがアカデミアに限られるとは全く考えないけれども、少なくとも、女性学なりフェミニズムなりジェンダー論なりの研究者がバッシングへの対応に追われてそのような消し去りに加担するとしたら、それはアカデミックなフェミニズム、あるいはジェンダー論に対する裏切りだと思うし、それより何より、アカデミックなフェミニズムやジェンダー論の側における、フェミニズムに対する、あるいはフェミニズムと共存しようとしてきたLGBTの活動に対する、裏切りだと思う。その点で、たとえば女性学会の『Q&A』、あるいはジェンダーコロキアムの上野氏の発言には、それが日本のアカデミアにおいてはそれなりの権威と影響力を持ちうるだけに、この業界で生きていこうとしている人間として強い違和感を覚える。

「「女性学」の議論と実感」

たとえば、わたくしにとって現在もっとも関心もあり利害関係もあるテーマは、ジェンダー規範の下で非規範的な身体や性がどう生き延びるかということであり、それは具体的・日常的レベルでは、ジェンダー・セクシュアルマイノリティが直面させられている諸問題をどう考え、それにどう対処するかということに、かかわっています。

このようなわたくしの立場から見ると、「ジェンダーフリーは要するに男女平等だ。女性差別撤廃だ。」という論調は、ちょっと困ります。「ジェンダーフリー」には問題もあるでしょうし、これまでのところ、実際にプラスよりもマイナスの機能の方が大きかったかもしれないけれども、少なくとも理念上は、ジェンダーマイノリティ、セクシュアルマイノリティの直面する問題をすくいとる可能性を持った部分を、持っていました。「ジェンダーフリー」を「男女平等、女性差別反対」に戻してしまう論調を上野さんのようないわゆる「大御所」が引っ張るという構図は、そのような部分を切り捨て、とりあえずより分かりやすい「女性」の問題だけにターゲットを絞ってしまうという点で、悪い意味で「主流女性学的」だとわたくしには思えます。discourさんも参加なさっているジェンダー・コロキアムが「わたくしの立場からは主流女性学に見える」と申し上げたのは、そういう意味です。

繰り返しになりますが、わたくしがこういう例を挙げるのは、「こっちの方がもっと傍流、もっとマイノリティ」という「傍流あらそい」をしたいからではありません。discourさんやyamtomさんの御立場から見て、「ジェンダーとかジェンダーフリーだとかの小難しい定義に時間を費やして」、より火急の問題に取り組めなくなることをご批判なさるのは、良くわかります。けれども同時に、わたくしの立場から見ると、「ジェンダーフリー」をめぐる定義の問題(要するにそれを「男女平等で置き換えられる」と言うか言わないか、といったことですけれども)というのは、現実に望ましくない効果をもたらす可能性をはらむ事柄であり、日常レベルでの実感や運動にかかわることであって、どうしてそこを「主流女性学」がちゃんと考えてくれないのかなあ、と感じるわけです。

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注:ここで「主流女性学」と呼ばれているものについては、斉藤さん (discour) と tummygirl さんによる議論の中で出て来ている言葉です。文脈がありますので、お二人のやり取りをご覧になった上で「主流女性学」という言葉の意味を解釈してください。

「性別にとらわれずに自分らしく」というのは、それが「誕生時に法的に割り当てられた性別にとらわれることなく」ということであれば、ジェンダー・マイノリティの一部の人にとっては、「寝ぼけたこと」どころか就職から日常生活の細部にまで及ぶ重要事であり、そういう「寝ぼけたこと」を言わないような女性学は、それこそ実感と乖離した「寝ぼけた」ものだと感じられるかもしれないわけです。

「ジェンダーフリーの定義」の問題は、「女性学」がたとえばそのような非婚カップルの「実感」にどう対応するつもりなのか、ということを指し示す、それなりに重要な問題なのです。

id:discourさんへのお返事

ごめんなさい、これはほぼ全文転載です。全て重要な指摘ですので。

「男女平等」を唱える方たちに必ずしもセクシュアル/ジェンダーマイノリティを排除する意図がないのは、了解しています。場合によっては、「男女平等」の名目を立て、その範疇での具体的な行動において、セクシュアル/ジェンダーマイノリティへの差別に対応していく、という方法が有効だろうということも、理解できます。

ただ、それでも今の時点で「ジェンダーフリーを男女平等と言い換える」ことについては、わたくしはやはり原則的には賛成できません。「女性差別撤廃」についてはなおさらのこと、「性差別撤廃」というべきではないかと思っています。日本語の「性」という言葉のある種の曖昧さは、「ジェンダー」「セクシュアリティ」などのそれなりに学問的に意味が定まりつつある用語よりも、時と場合によっては使い勝手がいいな、と、こういう時には思うわけですが<話がそれまくり。

理由としては、第一に、いわゆる「バックラッシュ派」なり「アンチ・ジェンダーフリー派」が、一番叩きやすいと感じているらしい、そして事実何かにつけて「ジェンダーフリーの恐怖」として持ち出してきているポイントが、セクシュアル/ジェンダーマイノリティに関係する部分だからです。ジェンダーフリーが「同性愛を認める」「同性愛/両性愛を作り出す・推奨する」「男女別のトイレや更衣室に反対する」などなど。

もちろん、これらの主張のうち、最初のものは「それのどこがいけないの?」であり、二番目のものは全く根拠がなく(同時に「どこがいけないの?」でもありますが)、最後のものについては、わたくしは個人的には「男女別のトイレや更衣室が<当たり前>であるようなあり方は考え直すべき」とは思いますけれども、それは一般にジェンダーフリーの名の下に主張されていることではないし、そもそも「反対する」というのは余りに大雑把です(「男女別のトイレや更衣室を考え直すべき」ということと、「男女別のものを全部廃止すべき」ということとは、全く違いますから)。

けれども、そのような言い方が現状において一定の「脅し効果」を持っているらしいことは事実であり、それに対して、「叩きにくい」部分である「男女平等」を持ち出すことは、確かに例えば個々の女性センターの運営や行政との折衝の内部において有効な場合はあるかもしれませんが、少なくとも「女性学」、あるいはフェミニズムという「学問」としては、卑怯だと、わたくしは思います。

もう一つの理由としては、「男女平等」が実質的に「ジェンダーマイノリティ」の問題への取り組みを排除するものではない、というのは確かだとしても、あくまでも名目的には「オトコ」と「オンナ」との平等について語っているわけで、実質的に排除するわけではないのだからそれでよしとしろというのは、マジョリティの傲慢ではないか、ということがあります。伝統的なフェミの例で言えば、「彼ら」という日本語は男女ともに含むことになっているけれども、あえて「彼ら/彼女ら」と書こうとか、英語で言えば一般人称のone 受ける代名詞は伝統的にはheであり、それは必ずしもそのpersonが女性であることを排除はしなかったけれども、やはりそこはhe/sheとかtheyで受けようよ、と変わって行ったとか、そういうことと同じだと思うのです。

勿論、そういう「呼称」が変わったからといって実質が変わるわけではないし、時には呼称よりも実質が重要であって「とりあえずは」呼称なんて二の次でいいや、という判断は、ありえます。ただその判断はあくまでもマイノリティ側がするものであって、マジョリティ側が「実質は排除していないのだから文句は言うな」というのは、ちょっと違うように思います。

ただし、これは「男女平等を使うな」とか、「ジェンダーフリーを使え」とか言うことではありません。「男女平等」こそが問題になる場合というのは、具体的な事例においては勿論あります。セクシュアル・マイノリティーの内部だって「男女平等」は達成されていないわけだし、そういう場合には「男女平等こそ」主張すべきだということさえあるでしょう。「ジェンダーフリー」にしても、discourさんが従来主張していらっしゃるような、行政との関わり方の問題というのは非常に説得力のある、重要なテーマだと思いますし、「今あるからそのまま必ずこれを使え」ということでは勿論ありません。実際にわたくしは行政が「ジェンダーフリー」に「乗った」のは、「男女平等」が怖かったからではないかという疑いを捨て切れませんし。ただ、それでも「ジェンダーフリー」が「男女平等」では前面に出しにくかった一連の主張を容易にする可能性を持っている以上、「ジェンダーフリーは男女平等で言い換えられます」と、一般論として「女性学」が主張するのは、納得がいかない、ということです。

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ひびのまことさんのエントリ

  • クリックして開いたら、下にスクロールして「【「ジェンダー・フリー」についての上野さんの意見】」というところから読んで下さい

LGBTIAQへの差別を問題化するためには、「男女平等」は前提として踏まえるべき論点(だから例えば、自身の男性中心主義に鈍感な一部のゲイ活動家の言説は批判されるべき)ですが、「男女平等」だけでは例えば同性関係嫌悪(ホモフォビア)や性別二元主義、性愛強制主義の問題点を問うことができません。

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また、「男らしさ」「女らしさ」の強制の問題は、例えば「典型的な男」ではないゲイ男性やバイセクシュアル男性の問題でもありますし、トランスジェンダーは毎日「らしさ」の強制と向きあわされています。「ジェンダー・フリー」の運動と認識は、そのもともとの出自を越えて、女性差別や男女平等だけではなく、同性関係嫌悪や性別二元主義をも問う射程を現実に持ってしまっています。

言い換えると、「性(別)に関わる差別と権力関係」には、男性中心主義だけでなく、異性愛中心主義や性別二元主義、そして性愛強制主義といった様々な問題があることが、今では明らかになっています。バッシング派は、これらのどれか一つだけを攻撃しているのではなく、まさにこれら全てを問題にし、攻撃をしてきています。この状況の中で、焦点を「男女平等」だけに絞るということが、本当にバッシング派への反撃になるとは思えません。

最後にコメント

斉藤正美さんがご自身のブログでものすごくシンプルに「ジェンダーフリー」という概念の使い方の問題点を挙げている。

「(ジェンダーフリーを使うことの)問題は2点。一つは、抵抗の多い言葉を避けて無難であいまいな言葉に逃げたこと。第二は、あいまいな言葉であるゆえに、「性差」に焦点をあて批判されるなど保守派につけいるすきを与えたことだ。」

(もちろん斉藤さんはこの他にもものすごい量の文章を書いていて、すごく重要な指摘がいっぱいあるので、このものすごく短い引用文だけで斉藤さんの主張が全部分かるというわけではありません)

斉藤さんがこの文章を書いたとき(2004年10月)に「ジェンダーフリー」を巡る議論がどのようだったのかは分からないが、2009年になった今、これまで「ジェンダーフリー」という考え方が「保守派につけい」られて来た結果として、今度は「男女平等」に比べて「ジェンダーフリー」という言葉の方が「抵抗の多い言葉」になってしまっている現状を考える必要がある2 。つまり「ジェンダーフリー」という言葉を使わないことが、むしろ「抵抗の多い言葉を避けて」いることになるのではないかという懸念だ。

そもそも「ジェンダーフリー」という概念が出て来た歴史を振り返ると3 、「ジェンダーフリー」という概念が出て来た背景には、行政・学者主導型のフェミニズムが様々な女性運動の実践の犠牲を伴う形でで成り立っていたことがある。そしてその普及の仕方には、バックラッシュを誘発する要素があった。それ故に抵抗も大きかったのだろうし、それを理由に「ジェンダーフリー」概念の歴史を否定的に捉えることは理解可能なことだし、むしろ正しいとボクは思う。しかし「ほら、バックラッシュ言説につけいられてしまったじゃないか」と言って「わたしたちにはもっと大事なことがある」と言うことは、フェミニズムの「本来取り扱うべき問題」を再定義する実践としての効果を持つ。たとえば、バックラッシュ言説による「『性差』に焦点を当て」た批判に対するフェミニストの対応の中に、「性差」の問題を棚上げにする動きがあったのではないか(=男女というジェンダー体制そのものを疑うという作業をフェミニズムの外部に追いやる動きがあったのではないか)ということは、考える必要があるだろう。

そのためにも、「ジェンダーフリー」という言葉とそれに伴う実践が過去のフェミニズム及びそれが受けて来た挑戦などの歴史の蓄積の上に成り立つものであったという事実、すなわち「ジェンダーフリー」概念の中にはそれまで「男女平等」などを掲げている中で行われて来た実践・教訓が(ジェンダーフリーを推進した人たちに共有されていた認識かどうかは置いておいて)多く含まれており、だからこそ「男女平等」への回帰の中でその中にある一部を「外していい部分」とみなすのは危険だという tummygirl さんによる指摘は重要だ。「ジェンダーフリー」という言葉には様々な問題がある。人によっては「ジェンダーフリー」を擁護しなければいけないと思うかもしれないし、「ジェンダーフリー」などやめて違うものを打ち出そうとする人もいるだろう。しかし「ジェンダーフリー」をぐにゃぐにゃに骨抜きにすること4 、あるいは何か他の言葉で言い換えようとすることには、「クィア外し」の実践を伴う危険があるし、事実これまでそのような言説実践が行われて来たことは注意しなければならないことだ。

脚注

  1. そもそもこのサイトは何か同じ意見を持った人たちの集団ではないし、それぞれの立場で発言をしているのだけれど、それでもこのサイトの制作・公開・充実化・普及などに関わっている者としては関係者がみな考えるべきことだと思う。もちろんそれは、ボク自身を含めて。
  2. たとえそれがそもそも初めの段階から過去のフェミニズム・女性運動の遺産を受け継がない行政・学者主導型のものであったとしても、「ジェンダーフリー」という言葉には無難な狭い意味での「男女平等」の射程を超える可能性があった。だからこそバックラッシュ言説においてはその「クィア」性あるいは「クィア」な可能性というものが叩かれたのだ。
  3. 『バックラッシュ!』における山口智美論文「「ジェンダー・フリー」論争とフェミニズム運動の失われた10年」に詳しい。
  4. それにしても「男女平等」だって抵抗が大きいことはもちろんそうで、実際に「ジェンダーフリー」って言葉が出て来て行政においても一度採用されたのは「男女平等」という言葉を使うことに反対があるだろうという懸念のもとだろうけれど。そう考えると「男女平等」に立ち戻ったところでそれだって全然「無難」ではないことは分かっています。「男女平等」ならバックラッシュなんて起きなかったのに、という推定もあやしいもんだと思う。だから上野千鶴子さんが「男女平等」でいいのに、と言うときにそういう想定のもとで言っているのなら、それは楽観的すぎる。実際はどちらも「無難」ではないんだ。「私たちの言っていることは無難ですよ」という考えがそもそも(斉藤さんが言っている通り)「ジェンダーフリー」概念の普及につとめた人たちの一部にあったと思うし、逆に今は( tummygirl さんが言っているように)「ジェンダーフリー」を「男女平等」に矮小化しようとしている人たちにも当てはまると思う。無難じゃなくていいじゃないか、とは言えていないのが悲しい。

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