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『海を渡る「慰安婦」問題——右派の「歴史戦」を問う』から「はじめに」

執筆者:山口智美

『海を渡る「慰安婦」問題—右派の「歴史戦」を問う』(岩波書店2016)から「はじめに」の文章を掲載します。PDFで読まれたい方は岩波書店サイトからダウンロードできます。

「はじめにーー 海外展開を始めた日本の歴史修正主義者たち」

「歴史戦」と称して、日本の右派が「慰安婦」問題を中心とした歴史修正主義のメッセージを、海外に向けて発信する動きが活発になっている。 歴史修正主義の動きは今に始まったわけではないが、第二次安倍政権発足後、政府による河野談話作成過程の検証や、2014年の『朝日新聞』の「慰安婦」報道の再検証後のバッシングを経て、右派、および政府の海外に向けた発信や、海外での右派在外日本人、大使館や領事館の動きが加速した。本書は、こうした海外展開の実態を明らかにし、日本の政治・社会の歴史修正主義を問うことを目的とするものである。

「歴史戦」という言葉を広めたのは、現在も続く、『産経新聞』の連載「歴史戦」だろう。この連載をまとめた書籍において、取材班キャップで政治部部長の有元隆志は、連載を「歴史戦」と名付けたのは、「慰安婦問題を取り上げる勢力の中には日米同盟関係に亀裂を生じさせようとの明確な狙いがみえるからだ。もはや慰安婦問題は単なる歴史認識をめぐる見解の違いではなく、「戦い」なのだ」と述べている。(産経新聞社『歴史戦ーー朝日新聞が世界にまいた「慰安婦」の嘘を討つ』産経新聞出版、2014年)また、同書の帯には「朝日新聞、中国・韓国と日本はどう戦うか」と記されていることから、「歴史戦」の敵は朝日新聞と中国、韓国であるという想定が見える。

また、同書の日英対訳版の帯に掲載された推薦文、「これはまさに「戦争」なのだ。主敵は中国、戦場はアメリカである」(櫻井よしこ)、「慰安婦問題は日韓米の運動体と中国・北朝鮮の共闘に対し、日本は主戦場の米本土で防戦しながら反撃の機を待っているのが現状だ」(秦郁彦)を見ると、「歴史戦」の「主戦場」がアメリカと考えられていることもわかる。(産経新聞社『History Wars: Japan — False Indictment of the Century』産経新聞出版、2015年)

すなわち「歴史戦」とは、 中国、韓国、および『朝日新聞』が日本を貶めるために、歴史問題で日本を叩こうと「戦い」を仕掛けている、そして今、その主戦場がアメリカとなっており、日本は対抗せねばならないということなのだろう。右派は、「慰安婦」問題に関しては国内では勝利したと考える一方で、海外では負け続けていると認識している。「仕掛けられた歴史戦」に負け続ける被害者としての日本が強調され、こうした状況をつくっているとして、国内の左派や『朝日新聞』に加え、外務省も右派の槍玉にあがり、叩かれてきた。

こうした右派による「歴史戦」の動きと、安倍政権の関係は深い。そもそも安倍晋三は政治家としての活動初期から歴史修正主義に基づき発言、行動してきた人物であり、海外メディアにおいては歴史認識問題に関する安倍首相の姿勢を「歴史修正主義的」であるとする評価が定着している。安倍首相のもとで、現在は、右派市民のみならず、日本政府も「慰安婦」問題をはじめとして、日本の植民地主義や戦争責任を否定する内容の海外発信を積極的に展開している。

第二次安倍政権以降に本格化した 「歴史戦」だが、そのきっかけとなったのが、2010年にアメリカのニュージャージー州パリセイズパークに「慰安婦」碑が建てられたことだ。そして、13年、カリフォルニア州グレンデール市の「慰安婦」像の建設に関し、日本の右派や、在米日本人右派が反対運動を起こし、グレンデール市を相手取る訴訟にまで発展した。それ以降も、アメリカのみならず、オーストラリア、カナダ、フランスなど各地で「慰安婦」像や碑の建設、博物館や漫画祭の展示や「慰安婦」決議などに関して、日本の右派や、在外の右派日本人から抗議運動が起こされてきた。

右派メディアに大きく取り上げられた右派市民の動きの陰には、「慰安婦」碑や像の建設反対の立場で介入してきた外務省、大使館や領事館の姿があった。また、外務省はアメリカの歴史教科書の「慰安婦」記述の訂正を要求し、学問の自由への介入だと海外の学者らから大きな批判を浴びた。与党自民党も、「国際情報検討委員会」や「歴史を学び未来を考える本部」などを設立し、歴史修正主義本を海外の政治家や学者にばらまくなど、「歴史戦」戦略を積極的に展開してきた。

日本の右派は国連を舞台とした「歴史戦」にも積極的な取り組みを見せるようになっている。特に2014年からは毎年、右派代表団をジュネーブやニューヨークで開催される、「女性差別撤廃委員会」や「女性の地位委員会」などの会議に送り、現地で集会を開いている。

2015年末の「日韓合意」を経た現在、「合意」の評価については右派内部でも意見が対立しているが、右派の「歴史戦」展開が落ち着く様子は見えない。日本政府に関しても、16年2月、ジュネーブで開かれた国連の女性差別撤廃委員会で杉山晋輔・外務審議官が、「朝日新聞の報道が大きな影響を与えた」、「『性奴隷』という表現は事実に反する」など、歴史修正主義者と同様の主張を行っている。 国連の舞台で、まるで政府自ら「歴史戦」への参戦宣言をしたような状況だった。

本書は、このような「慰安婦」問題を中心とした右派や日本政府による海外展開の実態や、その背景に迫るものである。 能川元一は1990年代から現在に至る、論壇での「歴史戦」の経緯を詳細に追い(第1章)、 小山エミは、アメリカのグレンデール市とサンフランシスコ市での「慰安婦」碑建設をめぐる係争と、日系アメリカ人コミュニティへの影響や日本政府の役割を論じる(第2章)。 テッサ・モーリスースズキは、日本の右派や政府による植民地主義の歴史の否定、およびそうした歴史観の対外発信について批判的検証を行い (第3章)、山口智美は、 右派の「慰安婦」問題に関する運動の流れを概観するとともに、そうした動きと政府や自民党の関わりを指摘する(第4章)。

こうした日本の右派や政府による海外での「歴史戦」の展開について、まとまった論考が書籍という形で出版されるのは初めてだろう。海外在住の小山、スズキ、山口は右派の「歴史戦」の働きかけを身をもって体験する当事者である。本書が、現在も広げられている歴史修正主義の動きの批判的分析を通して、現状への理解を深め、対抗策を編み出していくための一助となることを期待したい。戦時性暴力のサバイバーである元「慰安婦」たちの声が、歴史修正主義者らによってこれ以上、中傷され、否定され、消されていくのではなく、逆に歴史に刻まれ、記憶に残され、そして「慰安婦」問題の被害者の側に立った本当の意味での解決につなげられるためにも。

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海外を主戦場とする「歴史戦」

執筆者:山口智美
(新日本婦人の会発行「月刊女性&運動」2016年10月号掲載)

2012年12月に第二次安倍政権が発足して以降、日本の右派や政府が「慰安婦」は性奴隷ではないなどの歴史修正主義のメッセージを海外に向けて発信する動きが活発になっています。特に2014年8月、『朝日新聞』が過去の「慰安婦」報道の一部を取り消したことで、国内では、朝日新聞や元「慰安婦」などへの激烈なバッシングが起きました。そして右派は「国内では慰安婦問題に関しては勝利を収めた」と認識するようになり、「主戦場」は海外、特に国際的な影響力が大きいアメリカであると主張するようになりました。

『産経新聞』は、「慰安婦」問題は単なる歴史認識を巡る見解の相違ではなく「戦い」だと言います。そして、その「敵」は中国、韓国であり、中韓がアメリカを「主戦場」としてしかけた戦いに日本は対抗せねばならないのだと言います。この「仕掛けられた戦い」こそが「歴史戦」であり、その中で不当に名誉を貶められているとされる日本はあくまで「被害者」ポジションに置かれています。2014年以降、『産経新聞』や、右派の論壇誌や書籍などでの膨大な「慰安婦」問題バッシングを通じてこの「歴史戦」概念が急速に広がっていきました。

こうした右派の動きと、安倍政権の関係は深く、政府・自民党、及び右派が官民一体の動きとして「歴史戦」戦略を展開してきました。本稿では「歴史戦」の海外での展開と、それに女性が積極的に関わっていること、にもかかわらず、「慰安婦」問題が「女性の人権」に関する問題だという本質が否定されている現状について紹介します。

(まだまだつづきます。ページ移動は下にある「ページ」からどうぞ。)

『癒しのナショナリズム』と『ネットと愛国』のあいだ

執筆者:山口智美

10月末に発売予定の『社会運動の戸惑いーフェミニズムの「失われた時代」と草の根保守運動』に関連して、個人ブログ「ふぇみにすとの論考」に、この本が『<癒し>のナショナリズム』と『ネットと愛国』の間をつなぐものかもしれないと一言書いた。それについてごくごく簡単に記してみたい。

『<癒し>のナショナリズム』、『ネットと愛国』と『社会運動の戸惑い』

小熊英二・上野陽子『<癒し>のナショナリズム』(2003)は、「新しい歴史教科書をつくる会」の一支部のフィールドワークに基づいた本。「新しい歴史教科書をつくる会」は1996年に結成され、『<癒し>のナショナリズム』掲載の上野陽子による調査は、2000年代初めに行われている。「つくる会」の最初の教科書採択運動は2001年の中学校教科書採択にかけてのものだったが、ちょうどその頃に行われた調査だ。

講談社ノンフィクション大賞などのいくつかの受賞や、多数の書評等により、今年4月の発売以降話題になっている、安田浩一『ネットと愛国』(2012)。この本は、在特会など「行動する保守」といわれる運動について扱っている。安田は、2010年頃から在特会などに関して膨大な取材を積み重ねてきた。「主権回復を目指す会」は2006年に設立、「在日特権を許さない市民の会(在特会)」は2007年初めに設立されている。他にもいくつかの団体ができ、中には既に解散した団体もあるが、「行動する保守」運動は現在も続いている。

『社会運動の戸惑い』は、ちょうどこの2つの書籍が扱う間の時期、00年代前半から中盤にかけてとくに盛んだった、地域、マスメディアおよびインターネット上でのフェミニズムへの「バックラッシュ(反動)」と呼ばれた動きを扱っている。そして、この2冊同様、フィールドワークや取材、聞き取りをもとにした本でもある。以下、1)運動の時代的な流れ、2)社会運動のネットやメディアの利用という、2つの意味において、どう『<癒し>のナショナリズム』と『ネットと愛国』の間をつなぐものになっているのか、簡単に触れる。

運動の流れとして

「新しい歴史教科書をつくる会」の一回目の教科書採択運動は、2001年に中学校の歴史教科書採択が終わり、一段落した。市販本が売れるなど世間的には注目を浴びたものの、採択数は少なく、採択運動としては失敗に終わっている。この結果をうけ、「つくる会」の内実も徐々に変化しつつあった。『<癒し>のナショナリズム』でも、「キリストの幕屋」などの、いわゆる宗教保守勢力の影響が「つくる会」内部で強まりつつあったことが指摘されている。そして、興味の矛先が夫婦別姓問題にシフトしつつあったことも示唆されている。

『社会運動の戸惑い』はこの後の流れを扱っているといえる。フェミニズムへの「バックラッシュ」といわれた動きは、2000年代にはいった頃に本格化しはじめ、2005年頃までがピークだった。1999年、男女共同参画社会基本法が国会で全会一致で可決された。それをうけ、全国の地方自治体に男女共同参画条例制定の動きが広まっていった。さらに、男女共同参画センターが各地で建設され、男女共同参画に関する事業も行われるようになっていった。こうした一連の動きへの反動が、2000年代のはじめ頃から広がった。そして、様々な地域でフェミニストと反フェミニズム保守派との係争が発生し、メディアやインターネット上でも反フェミニズム言説が目立つようになっていった。2005年4月には、安倍晋三幹事長代理(当時)が座長、山谷えり子参議院議員が事務局長となり、自民党が「過激な性教育・ジェンダーフリー実態調査プロジェクトチーム」(自民党PT)を立ち上げた。そして、「実態調査」やシンポジウムを行ったり、ウェブサイトで広報活動を行うなどした。その後安倍政権が誕生し、2007年に崩壊するまで、自民党PTの活動は続いた。

だが、2005年末に決定された「第二次男女共同参画基本計画」を反フェミニズム保守派が一定の「歯止め」になったとみたこともあり、サンケイ系メディアや、保守系ミニコミ、そしてネット上でも、2006年頃からフェミニズム批判の記事は大きく減少していく。2006年には福井県での男女共同参画センターの図書をめぐる事件や宮崎県都城市の男女共同参画条例の再制定、2008年のつくばみらい市DV講座をめぐる抗議などは発生し、まだ一部マスコミやミニコミでの盛り上がりは残っていた。さらに現在も、「従軍慰安婦」問題をめぐる論議は続き、反フェミニズム運動を続ける運動家も存在する。だが、男女共同参画社会基本法、および各地での条例の制定を契機として盛り上がった反フェミニズム運動の一つのピークは2002年から2006年頃までだったといえるだろう。

2006年以降、「行動する保守」運動の先鞭をつけた、主権回復を目指す会や在特会が設立された頃は、フェミニズムへの「バックラッシュ」とよばれた動きが勢いを落としはじめていた時期と重なっている。

社会運動のメディア活用の観点から

Windows95のでた95年頃から、インターネットが広がりはじめ、市民運動界隈でもブームになっていった。「つくる会」はその黎明期に初期の活動を行っていることになる。だが、初期の「つくる会」に関してはFAX通信や冊子やパンフ等のほうがまだまだ中心的な運動のメディアツールでもあった。そして、小林よしのりのマンガや教科書の市販本としての発売など、マスコミとタイアップした形でのメディア利用も行っていた。

2000年代、「ネット右翼」の言説から生まれてきた「行動する保守」運動の場合、団体サイトやブログ、mixiなどのSNS、そしてとくにYoutubeやニコニコ動画、ニコニコ生放送などでの生中継と、その活動の初期からネットを積極的に活用した。ミニコミ等を発行し、地域で足を使って運動を広げるよりも、まずネットで不特定多数に呼びかけるという方式をとった。そして、この運動の展開と、ネットへの常時接続、DSL、光ファイバーなどの高速回線の導入、モバイル環境でのネット接続等といった、ネット環境の変化は大きく関わっている。「行動する保守」は、街宣やデモなどを行い、それをネット中継するというスタイルを使い、運動を展開し、広げてきた。ネット、とくに動画の果たした役割は非常に大きい。

この2つの保守運動の流れにはさまれた、フェミニズムへの「バックラッシュ」とよばれた一連の保守系運動の最盛期の2000年代初期から中盤にかけては、運動のネット利用という意味でも、移行期だった。ウェブサイト、グーグル、掲示板、2ちゃんねる、ブログ、Wikipedia、そしてmixiなどが使われはじめ、そして広がっていった頃のことだ。フェミニズムへの「バックラッシュ」の動きの重要な場のひとつは、明らかにインターネット上だった。反フェミニズム系のサイトやブログ、「フェミナチを監視する掲示板」等の反フェミニズム系掲示板、Wikipediaでの編集合戦、2ちゃんねる男女板、まとめサイト、メルマガ等、様々な場で反フェミニズム言論が目立ち、広がっていった。

だが、当時、反フェミニズムの動きに関わった保守系運動がすべてネットを活用していたわけではない。むしろ草の根的にミニコミ等の手段を使っていたケースも多く、実際にこの時期の反フェミニズム保守運動の中で、ミニコミの影響力は大きかった。2000年代前半から中盤あたりにかけての保守運動では、ミニコミなどの小さな媒体、産經系メディアや『諸君!』、『世界日報』等の保守系マスコミや、その頃保守化傾向が目立ち始めた『別冊宝島』といったマスコミ媒体、そしてネット上での多彩な展開と、総体としては多様なメディアが活用され、反フェミニズムのメッセージが発信されていた。

このメディア活用上の移行期にあって、保守運動とフェミニズム運動のメディア活用はそれぞれどうなっていたのか。この問題も、『社会運動の戸惑い』では取り上げた。

このように、『社会運動の戸惑い』は、時代的にも、ネットやメディアの利用という意味でも、『<癒し>のナショナリズム』と『ネットと愛国』の間をつなぐ本なのかなと思う。そしてこの本では、今まであまり取り上げられず、目立ってこなかった人たちの活動をとりあげてもいる。人脈的にも、つくる会からも、行動保守の流れとも、異なる流れという面もある。だがそんな中で、それらの運動につらなる人たちの姿も垣間みえてもいる、そんな本でもある。

(初出 2012/09/27 11:33 am)