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多様性への考慮が欠けた沼崎一郎『「ジェンダー論」の教え方ガイド』

執筆者:山口智美

沼崎一郎氏による『「ジェンダー論」の教え方ガイド』(フェミックス)は、フェミニズム系ミニコミ誌のWe連載時 たまたま自分の文章が掲載されたため、一定の期間送られてきたので、目を通していたときがあった。そのころからいろいろ疑問を感じる面があった。本が発売されてから一年がたってしまい遅くなってしまったが、とくにこの本を使って授業や講座が行われたりする可能性や、ネットに批判的感想があまりアップされていない現状を考え、やはり私が感じた問題点については書き留めておきたいと思う。

私自身も女性学、ジェンダー関係の講座を教えてきている。沼崎氏と専門分野は同じ文化人類学だ。この本は沼崎氏の女子大での授業の様子を記しているが、「ジェンダー論」というタイトルの講座にありがちな、「ジェンダーとは何ぞや」といった抽象論からではなく、具体的に学生の日常にかかわる問題を扱うという姿勢には共感する。

だがこの点を除き、私は沼崎氏との間には根本的なアプローチの違いを感じた。端的にいえば、沼崎氏のスタンスには、学生たちに「目覚めてもらう」という、上からみたようなパターナリスティックな視点が色濃く感じられるのだ。簡単にいってしまえば「エラそう」ということ。そして、「多様性」はあくまでも「外部」に存在することして捉えられ、自分たちの中にある問題として捉えられていないことである。

もっとも驚いた章で、ある意味典型例なのが、第五章 「ピルを飲まずにHをするな!」である。実用的な性教育 避妊の知識を与えようとして行うセクションであるという。明らかに矛盾しているのが、この「ジェンダー論」の重要なメッセージのひとつが自分のことは自分で決めろ、ということだといいながら、沼崎氏が一方的に「ピルを飲まずにHをするな!」と言い放っていることだ。

沼崎氏によれば、ピルについては誤解と迷信、怖いというイメージばかりが流布しているという。もともとピルに対して偏見をもっている人は、「客観的」な説明をみると副作用のことばかりが目について、ピルは怖いと思ってしまう。このような考え方に基づき、ピルの確実性と安全性を強調するビデオを授業で見せるらしい。そうでなければ、ピルに対する迷信と誤解を打破することはできないというのだ。沼崎氏もピルに副作用があることは認めるが、しかし「軽い頭痛」などの副作用と妊娠(堕胎)を比較したら後者のほうが傷つくので、軽い頭痛くらいあってもピルを飲むべきと主張している。

また、毎月の薬代が3000円かかっても高くないといい、「彼に半分ださせろ」とも言う。学生たちがモノガミーを前提にしたヘテロな関係をもっていると勝手に決め付けているか、そうであるべきだ、という考え方に基づいているのだろうか。そして、口紅や服を買うお金があるならピルを買えとまで言い、学生たちに自らのお金の使い方を反省させ、「ピル購入代」は高いわけではないと思わせようとする記入式プリントまで配布するらしい。「月3000円の出費」は痛くないはずだ、と、学生たちの階級背景についても、勝手に皆が中流で経済的に困難に面してはいないと思い込んでいるようである。

沼崎氏は、ピルの副作用を「軽い頭痛」程度と勝手に決めているようだが、副作用がない人から、あってもたいしたことがない人、そして重い副作用を感じる人まで、個人差があるだろう。また、ガンに過去かかった人や、ガンの家系の人などで、医師がピルをすすめられない場合だってある。ガンになる危険をおかすのか、ピルを飲まないでセックスするかを選べというなら、後者を選ぶ人だって多いのも当然だと思う。そして、沼崎氏はたいしたことがないと言っているようだが、毎日の頭痛だっていかに辛いことだろうか。沼崎氏の論理に従えば、ピルを飲めない状況にある人は、セックスするなということなのだろうか。ピルのみならず、コンドーム=ラテックスアレルギーの人だっているだろう。個人個人に適した避妊法を使っていくことが重要なのであり、一律に「コンドームとピルの併用をしないならセックスするな」と言い切れるのはどうしたことか。とにかく、知りもしない他人の体のことなのに、よくここまで言い放てるものだ、と思う。しかも、「教員」としての権力がある中で、だ。

私自身はピル反対論者ではなく、ピル解禁をめぐる議論の際には解禁を支持していたくらいだ。だが、副作用はもちろんあるわけだし、ピルを服用するかしないかは個人の身体によっても、状況によっても、変わってくる選択だろう。他人にむかって、「副作用があってもピルを飲むべき」などとはとてもいえない。そして、ネットを検索すれば、製薬会社によるサイトなどでピルに関して好意的な情報を、ピンクなどのかわいらしい色合いを使ったりしながら掲載している場合が多い。ピルに関して「否定的な情報ばかり」とは、何に基づいていっているのか疑問である。

また、以前イダヒロユキ氏の「ジェンダー論」についても書いたことだが、「女子学生」たちが、中流でヘテロセクシュアルだという前提(思い込み)にたって授業をすすめているようなのだ。女子大の教室にレズビアンやバイセクシュアルの学生たちがいる可能性は考慮されていないようである(少なくともこの本からはみえてこない)。たとえば、授業中配布されるプリントに「彼とあなたはいい関係?」などといったものがあるが、「ヘテロセクシュアル女性」の学生以外には当てはまらない内容である。自分に関係のない内容のプリントを、自らの経験に基づいて書けといわれてしまった学生たちは、どう思うのだろう?

そもそも、100人以上もの大教室での講義にもかかわらず、セクシュアルマイノリティがいないと思い込むほうがおかしい。セクシュアルマイノリティのことは授業のネタとしては扱われても、あくまでも自分たちの近くにはいない、特殊な人たち扱いで、自分たち自身の問題として考えられていないようだ。 また、妊娠しない身体の人たちだっているだろう。その人たちの存在も少数派だから考えなくていいのだろうか。

他人の身体について、一大学教員が口出しすることなど当然できないはずだ。それよりもできうる限りの手に入る情報をあたえ、偏っている可能性があるならそれについて議論し、批判的に考えることも経験しつつ、多様な経験を共有しながら、自分で自分の体についてどうするか決めていくことができる力をつけるのが、「ジェンダー論」のあり方ではないのかと私は思う。

(初出 2007-12-29 「ふぇみにすとの論考」

田村哲樹氏の書評に応える 「再帰性」を糸口に

田村哲樹氏によるシノドス・ジャーナル掲載の「社会運動は『戸惑って』いるのか? あるいは、『失われたもの』をどのように取り戻すのか?」は、『社会運動の戸惑い フェミニズムの「失われた時代」と草の根保守運動』(以後、『戸惑い』本、と略す)に関する書評である。『戸惑い』本については、刊行後、幅広い方から書評やコメントをいただいているものの、男女共同参画と関わりの深い女性学・ジェンダー学者からは表立った応答はまだいただいていない。そんな中、ジェンダー学や男女共同参画政策に関わりが深い田村氏が書評を書いてくださったのは、大変うれしいことである。

田村氏は、『ジェンダー法・政策研究叢書』や『ジェンダー社会科学の可能性』シリーズなど大沢真理、辻村みよ子といった女性学・ジェンダー学者が編纂する叢書でも論考を執筆している上、ご自身もフェミニズムに関する単著『政治理論とフェミニズムの間 国家・社会・家族』を著している。

さらに田村氏は、名古屋大学男女共同参画室に所属した経歴をもち、愛知・岐阜・三重の三県下自治体などで男女共同参画審議会委員や講座講師を務めるなど、男女共同参画政策にも深い関わりをもつことを自著でも明らかにしている(田村2009:200)。

一方同氏は、政治の規範理論では、異なる人々の間で「『熟慮し議論する』こと、その結果として選好が変容することの重要性」を唱えるなど、民主主義社会における政治過程として「熟議」や「熟議民主主義」を重視している論客としても知られる(田村2008;2010)。
実は、田村氏への応答については、書こうと思ったにもかかわらず、なかなか考えがまとまらなかった。うんうんうなって1ヶ月余り、なぜ田村氏へのレスが書きづらいのか、ようやく私なりにわかったことがある。

それは、田村氏の書評が、現実の男女共同参画政策やフェミニズム運動の実態とは別個に、いや、別個にというとちょっと語弊があるかもしれないが、直接関係することを避けた点も多い議論であったことが大きいと思う。そのために、あくまで現実に即した議論をしたい私は、どうやって議論していいか、考えあぐねたことがあったように思う。

1)現実から離れていく議論

近年、フェミニズム研究が運動から生まれたにもかかわらず、次第に現実に即した問題群より 構築主義、「ジェンダー概念」といった理論系の仕事を評価する流れが強くなっているように思う。そして 2000年代半ばにおきた対抗運動については、「バックラッシュ」と批判しつつも、それがどういった人々の動きであるかの実態調査も行われなかった。そうした事態に対し、 男女共同参画政策の現場での実態を踏まえて問題提起することが重要だと考え、政策立案過程とフェミニズム運動の双方に関わる中での経験を践まえ、新たにいくつかの事例について調査を加えたのが、私にとっての『戸惑い』本であったとも言える。

フェミニズム運動については、私自身1980年代初めから富山での運動に関わってきたし、またフェミニズム研究については、論文や書籍など文献のみならず、1990年代初めからフェミニズム研究者との交流経験も少なからずあった。一方、男女共同参画政策については、1990年代初めから2000年代初めまで、断続的ではあったが、15年間にわたり、富山県高岡市で市の女性政策立案過程にかなり時間を割いて関わってきた。関わっていない時期も女性運動には関わってきたので、関心を注いできた。

さらに『戸惑い』本における著者のスタンスについては、「斉藤・山口はフェミニズム研究や運動に当事者として深く関わってきている。ここで指摘したことは、決してどこかにいるフェミニストや女性学・ジェンダー学者らのことを指しているのではない。これは筆者自身へとはねかえってくる自省の物語であり、どうしてこうなったのかという省察でもある」(ローマ数字の4頁)としている。

こうした問題認識に立って書かれた『戸惑い』本について論ずる田村氏の書評だが、現実から離れた議論が多いように私には映った。

その理由の第一に、田村氏が 直接的に関連するテーマについてご自身が 研究を行ってきたことに触れていないことがある。田村氏には、山口県宇部市の男女共同参画条例について論じた先行研究があるが、書評では触れられていない(田村2006a)。 さらに、田村氏は書評において、「この時代を、これまでのフェミニズム・女性運動の成果の帰結としての男女共同参画社会基本法の制定とそれに基づく様々な政策の形成によって肯定的に評価する立場もあるだろう」と述べている。

しかしながら、田村氏自身こそが「1990年代後半以降の日本においてはナショナル・マシーナリーとしての内閣府男女共同参画局を中心に、ジェンダー平等政策の推進が図られてきた」(田村2006a:92)と男女共同参画社会基本法の制定とそれに基づく様々な政策を肯定的に評価し、実際にも取り組んでいる立場であることには触れていないのだ。

このように、『社会運動の戸惑い』に書かれた内容について田村氏の具体的な経験があるにもかかわらず、そうした自身の先行研究やそこで下してきた男女共同参画条例や政策への評価についてはまったく触れないままに、第三者の視点に立ち『戸惑い』本について批判的な議論をしていくのである。こうした田村氏の議論の進め方から、議論が現実より離れて、抽象的な次元に向かっている印象が避けられなかった。

また、論文における考察のみならず、田村氏は、自身がいわゆる「バックラッシャー」の批判を受ける立場になるという経験も持ち併せているようだ。本書5章で取りあげた福井の近藤實氏は、2008年4月6日以降「名古屋大学男女共同参画室への苦言」メールを何度も出したことをブログで報告している。そこでは名古屋大学サイト上に掲載されている、田村氏執筆の名古屋大学のジェンダー関連授業に関する文書(田村2004)が近藤氏から批判の対象とされている。

近藤氏から批判の対象となったのは、田村氏も執筆に加わった『ジェンダーを科学する――男女共同参画社会実現のために――』(ナカニシヤ出版)であった。自身も執筆者である書籍が批判対象となっている以上、当事者意識がないとは考えづらい。だが、こうした自身の具体的な経験についても書評ではまったく触れられていない。

田村氏は、本書を批判する際、本書が「『具体像』『現実』を明らかにするというより『批判』の方が強く出ている」と難じるが、同じ事象について自身が先行研究を執筆していることや、自身が草の根保守運動家から批判されたことがあることには触れないままに、当該事象について論評している。田村氏は、「価値の出すぎない」公平な論評を目指すというがために、自身の先行研究の有無や、当該事件との関わりも示さなかったのだろうか。だが、それを示さず、あくまでも第三者的視点からのみ論評することは、果たして「公平な論評」だと言えるのであろうか。

さらに、田村氏は、政治理念を語る際には、熟議や熟議民主主義を重視していると主張している(田村2008;2010)。本書で描かれている保守運動家の姿や思いをどのように受け止めたのか、男女共同参画政策を進める側として、また攻撃を受ける側の当時者として自身がどのような思いや考察をしたのか。こうした論点について、田村氏が重視されている熟議という観点からの分析を伺えると、現実の政治過程において熟議という概念を実践的に考察することになってより一層興味深かったように思う。

2)ジェンダーフリー誤読問題への突出した関心

ここまでは、田村氏が書かなかったことについて記した。だがこの書評について、田村氏は「『書評』といっても、およそ1万6千字くらいありますので、かなり異例ですね。」と自身のブログで述べている(田村2013)。では、このような原稿用紙40枚を越す、いわば一つの論文に匹敵する長文の書評で、田村氏は何について記述しているのか。

田村氏書評では、最初に『戸惑い』本についての概要が示され、次いで、詳細なフィールドワークを通じて、保守運動の実態と男女共同参画条例制定をめぐる地方政治の政治過程を丹念に描き出している、という本書の意義が記されている。ただ、意義の部分は500字とごく短い。『戸惑い』本を紹介する概要部分を含めたとしても、全体の1割程度である。そしてそれ以外の、全体の9割近くが「本書への疑問また論点」から成っている。

では、田村氏は本書のどこに興味を示しているのか。田村氏がもっとも大きな紙幅を割いて論じているのが、一章「ジェンダーフリー」とその「誤読」問題についてである。「ジェンダーフリーの誤読」問題については、学者が行った誤読を明らかにした山口が論じるだろうから私は立ち入らない。しかしながら言えることは、このテーマについての田村氏の記述箇所は、5000字近くであり、書評全文の27%を占めている。 草の根保守運動に関する記述が500字程度で約3%であったのに比べ10倍の分量を占める。田村氏がジェンダーフリー誤読問題に寄せる関心の高さが示されている。

そもそも、田村氏が縷々論じている「ジェンダーフリー誤読」問題の論点は、『戸惑い』本では、「バーバラ・ヒューストン誤読事件とその後の混乱」というわずか2ページ弱の小節である。単に、誤読事件とその後の顛末を簡略に示しただけで 本書全体では決して大きな扱いではなかった。当初、この箇所は、別の媒体で既出なので外そうかという意見もあったくらいだ。

それが評者にかかると書評の三分の一近くを占めるとは、英語原典に当たることなく学者が次々に拡散していったという誤読問題をめぐる経緯が、田村氏にとっていかに大きな問題であるのかを改めて浮き彫りにしている。

しかも、「ジェンダーフリー誤読」問題についての田村氏の主張が、「『完全なる誤読』とまで言えるかどうかは、疑問である」というもので、弱い主張に分類される議論である。そうした幾分差し挟む疑問といった程度の主張が、全体の3分の1ほどまでの大きな紙幅を占めているわけだ。これは、田村氏の関心が現実的な男女共同参画政策よりも 学者による誤読をめぐる議論というジェンダー学者絡みの課題に向いているということを映し出しているようにも思える。

3)「再帰性」:政治学での注目と批評での消失

田村氏が真っ先にあげた批判は、「フィールドワークに基づく記述だけではなく、著者たちの2000年代フェミニズムに対する価値判断がはっきり表れている」という点にあった。「本書がフィールドワークに基づく記述を謳うのであれば、その記述をもう少しフィールドワークで得られた知見に止めるべきではなかっただろうか」というのである。

そして、「具体像」「現実」を記述するはずの箇所に、「しばしば、『上から』『外部から』への、あるいは『啓発事業』中心の男女共同参画への著者たち自身の批判的な評価を差し挟むものとなっている」と田村氏は述べる。さらに、「後半は『具体像』『現実』を明らかにするより、『批判』の方が強く出ているのである」や、「学術書として見る限りでは」「批判の対象となり得るのである」とする。すなわち、価値判断が出過ぎるものは「学術書」としてふさわしくないと田村氏は主張する。

ところで、田村氏は、宇野重規・田村哲樹・山崎望『デモクラシーの擁護 再帰化する現代社会で』(ナカニシヤ出版)において、「再帰性」という言葉を「現代の社会理論においてもっとも注目の集まる概念の一つである」(宇野・田村・山崎2011:ローマ数字の3)とし、「キーワード」として積極的に使っている。その際、「再帰性(リフレクシヴィティ)」という概念は、「自らや自らの行為を振り返ること、またその反省の結果として、自らが変わっていくこととして理解しておきたい」(宇野・田村・山崎2011:ローマ数字の3)と説明する。

「熟議」と同様に、この「再帰性」も自らの行為や経験を通して「変わっていくこと」を重視する考え方と言えよう。田村氏が「行為を振り返ること」「反省の結果として自らが変わっていくこと」を重視されていることが見てとれる。

一方、1970年代以降のウーマンリブやフェミニズム研究は、社会を再定義し再解釈することに取り組んで来た。個人的なこと、日常的なことが政治的な力関係につながっていること(「個人的なことは政治的である」)から、日常生活に根を持った権力とどう闘うかを考えたからだ。そうした潮流の一つに、学問や知を再定義する流れもあり、分厚い蓄積が存在する(例えば Harding 1986; Haraway 1988; Ramazanoglu& Holland2002 など多数)。

フェミニストによる社会科学を再解釈する初期の取り組みであるスタンレーとワイズによる『フェミニズム社会科学に向かって』(勁草書房)を例にあげる。ちなみにこの書は、初期の研究であるため、運動との関わりについての問題認識を強く残しており、また研究と経験との関わりについて深く追求している。そこでは、研究と研究者の関係は次のように再定義されている。

 『研究』とは、ある人間を媒介して生起する過程である。研究者は、常に不可避的に研究の中にいるのである。そう公言されているかいないかは別として、研究者の存在は否定できない。(スタンレ−&ワイズ1987:257)

それは、研究者と研究が密接に絡み合うからでもある。以下、引用する。

 私たちがどのような人間なのか、そしてどのように研究を経験するかは、私たちが何を見、何をするか、またどのような出来事を解釈し、構成するかといった問題にとって決定的な影響を与える。フェミニストにとってこれらの経験は研究結果についての議論からはずされるべきではない。はずすようなことをする限り、私たちは従来男性がしてきた「研究」や「科学」の神秘化を単に繰り返すだけにとどまる。またそうすることで個人的なものや日常的なものを過小評価することにもなるだろう。(スタンレ−&ワイズ1987:75)

研究者はどこでもない場所に立ち、「中立」に判断を下す存在などではなく、研究過程に自身が立ち入っていることを広く認めることを主張する。さらに、真実や客観性という概念すら、研究者自身の行為や価値観を含んだ社会的経験に他ならないと、次のように述べる。

 「真実」は社会的構成物であって、その意味で「客観性」と同じように、経験から構成されるのである。しかも実際これらの経験は「嘘」や「主観性」と同一なのである。したがって、すべての研究はそれが一人の人間の眼をとおして「現実」を見、構成するという意味において「フィクション」である。(スタンレ−&ワイズ1987:251)

フェミニズム研究における再帰性は、「総じて、権力関係ならびに研究過程で生じる力関係を明らかにしようとする行為を指す」(Ramazanoglu2002:118)と理解されている。フェミニズムが学問の権力性を再考するために、糸口の一つとしたのが、「再帰性」の概念であった。

ウーマンリブ運動から発展したフェミニズム研究では、それまで学術研究から女性の経験が捨象されてきたことから、学術研究が「どこでもない場所」に立つことによって権力を持つことに敏感であったからだ。スタンレーらが述べている「研究者は、常に不可避的に研究の中にいる」という発送が研究や調査の過程で生じる権力関係に敏感な「再帰性」につながったといえよう。

別の表現をするなら、かつて、「学術」や「知」として正当であるか、ないかを決めるのは、「どこでもない場所」に立ちうる男性知識層だけであった。そのため、フェミニストたちは、自身の依って立つ立場を明らかにし、自身の経験を研究から除外せず、さらに自身がいかに研究対象に関与しているかという再帰性に敏感な研究を選択してきたのである。『戸惑い』本は、基本的にこうしたフェミニズム研究の流れを踏まえた研究実践であった。

一方、自らの「反省」や「変わっていくこと」を指す「再帰性」や「熟議」という概念を自らの政治学のキーワードと掲げる田村氏だが、フェミニズム本の書評である本論考においては 政治学者としての自身の理論的立ち位置とは異なる視座に立って分析しているように思われる。

書評では、自身が行った先行研究の存在や、保守派から受けた批判の経験、ならびに自身と女性学・ジェンダー学との関わりなどについての情報がすべて省かれ、「どこでもない場所」からの「中立」な論評者という位置をとっている。男女共同参画政策を論ずる書評で、書き手が自治体の審議会委員や講座講師を務めてきたことは読者にとって重要な情報である。しかしながら田村氏は、このような自身と男女共同参画との関わりについて一切触れないで考察する。

政治学の理論を論じる際には、「再帰性」や「熟議」を高らかに掲げる。翻って、『戸惑い』本の書評で、現実の男女共同参画政策の政治過程を論じる段になると、中立で学術的という伝統的な原理に立ち戻る。自分自身を問題とする「再帰性」に立ち返ることなく、「どこでもない場所」から当該書を批判する位置取りを確保する。

田村氏は、わたしたちの生きる後期近代という社会では、各人はさまざまなリスクに対して集団ではなく、自分自身で解釈し対処していかねばならない再帰的な社会であり、そうした個人の再帰的な行為が新たな構造を生み出す可能性へと開かれていると述べているが(宇野・田村・山崎2011:15-39)、氏が書評においてとった位置取りは、こうした後期近代の再帰性という秩序とは相容れないものと私には映った。

こうした田村氏の書評を読みつつ考えさせられたのは、現実社会との関わりは、フェミニズム研究の生命線であることの再確認であった。それと併せて、フェミニズムや男女共同参画というテーマにおいて、研究と男女共同参画政策や推進活動との連携はどうしたらいいのかということも考えるようになった。

私自身を含め、審議会委員や講座講師として招かれて男女共同参画に関わる研究者が多いが、そうした特定の自治体との関わりを持つ研究者はどこまで男女共同参画政策の実態一般について把握しているといえるのだろうか。私自身もそうであったが、調査研究をしていなくても、審議会委員や講座講師に指名されるだけで自身を男女共同参画の実態に詳しい専門家のように錯覚することも往々にして起きる。だが、居住自治体以外の地域に調査に出向いてさまざまな立場の方に聴き取りをする中から、指名されて参加する研究者の立ち位置から来る特権性や付随する視野の狭さも感じるようになった。

研究者の審議会参加をめぐる状況に関連しては、『戸惑い』本の4章都城の条例の特異性に関して述べている箇所で若干触れている(198頁)が、研究者の地域における男女共同参画政策への関わりの功罪についても議論していく必要はあると思う。

田村氏の書評を通じて、フェミニスト研究者として拠って立つ地点はどこにあり、何をめざして研究・執筆をしていくのかについて考えを深めるよい機会をいただいた。また男女共同参画について検証をすすめていく必要性についても考察することができたことにも感謝したい。
■参考文献
宇野重規・田村哲樹・山崎望2011『デモクラシーの擁護 再帰化する現代社会で』ナカニシヤ出版
近藤實2004「名古屋大学男女共同参画室への苦言」 http://plaza.rakuten.co.jp/manandwoman/15038/
スタンレー,L.&S. ワイズ、矢野和江訳1987『フェミニズム社会科学へ向かって』勁草書房
鈴木譲2006「言説分析と実証主義」佐藤俊樹・友枝敏雄編『シリーズ社会学のアクチュアリティ:批判と創造5 言説分析の可能性??社会学的方法の
迷宮から』東進堂:205-232
田村哲樹2004「名古屋大学がかんがえていること・やっていること」『学生のみなさんへ 男女共同参画室・法学研究科助教授田村哲樹 平成16年
度名古屋大学学生便覧より』 http://www.kyodo-sankaku.provost.nagoya-u.ac.jp/sankaku/binran.html
田村哲樹2006a「ジェンダー平等・平等戦略・制度改革??日本の『男女共同参画社会』政策の展開を事例として」宮本太郎編『比較政治叢書2比較福
祉政治制度転換のアクターと戦略』早稲田大学出版部:91-114
田村哲樹2006b「フェミニズム教育 同一性と差異の間で」シティズンシップ研究会編『シティズンシップの教育学』晃洋書房:162-179
田村哲樹2007a「デモクラシーとポジティブ・アクション ヤングとフィリップスを中心に」田村哲樹・金井篤子編『ポジティブ・アクションの可能
性 男女共同参画社会の制度デザインのために』ナカニシヤ出版:17-40
田村哲樹2007b「公/私区分の再定義」辻村みよ子編『ジェンダー法・政策研究叢書 第10巻 ジェンダーの基礎理論と法』東北大学出版会:225-
245
田村哲樹2008『熟議の理由 民主主義の政治理論』勁草書房
田村哲樹2009「あとがき」『政治理論とフェミニズムの間??国家・社会・家族』昭和堂:195-201
田村哲樹2010『<政治の発見>第5巻 語る 熟議/対話の政治学』風行社
田村哲樹2011「シティズンシップの再構想 政治理論はどのようにパラダイム・シフトするのか」 辻村みよ子編『ジェンダー社会科学の可能性 第
3巻 政治と行政のジェンダー主流化』岩波書店:43-63
田村哲樹2012「『熟議』が現代社会を生きる基本スキルとなり、学校を変え、社会を変える」『ポスト3・1変わる学問 気鋭大学人からの警鐘』朝
日新聞出版:62-65
田村哲樹2013「書評」『tamuraの日々の雑感』2013年2月22日 http://d.hatena.ne.jp/TamuraTetsuki/20130222/p3
Alcoff, Linda & Elizabeth Potter eds.1993, Feminist Epistemologies, New York and London: Routledge.
Harding, Sandra 1986, The Science Question in Feminism. Ithaca, NewYork: Cornell University Press.
Ramazanoglu,Caroline & Janet Holland 2002. Feminist Methodology; Challenges and Choices, Sage;London.

(初出 2013年4月19日)

女性学者・杉本貴代栄氏の出版物の数の多さと代わり映えしない内容

杉本貴代栄氏は、「福祉とジェンダー」や、福祉に関する女性学的研究では、しばしば、第一人者とみなされている研究者である。著者の一人である山口佐和子氏によるWANサイトにおける紹介によれば、2012年9月に出版された『フェミニズムと社会政策:男女共同参画社会の形成過程とその課題』の執筆陣は「それぞれの領域において日本を代表する深い見識をもつ研究者」とされる。杉本氏は編者であるから、さしずめ、「フェミニズムと福祉政策」領域では、この分野で深い見識をもつ、日本を代表する研究者とされているということのようだ。

 看護学校や保育士養成学校などで授業をすることが多い私は、保育や医療・介護領域には女性労働者が多く、それらは労働に見合った待遇が受けられていない場合が多いことが大変、気になっている。そして、保育士の待遇の悪さと離職率の高さについて書いた拙ブログ記事は、2008年に書いたものにもかかわらず、最近、拙ブログでもっともアクセスが多いエントリーとなっており、依然としてコメントがつくなど、この分野の関心の高さと同時に、その後もあまり芳しい取り組みがなされていないことが伺える。

 医療・福祉系向けのテキストとして、早坂裕子・広井良典・天田城介編著『社会学のつばさー医療・看護・福祉を学ぶ人のために』(ミネルヴァ書房、2010年)や、早坂裕子・広井良典編著『みらいを拓く社会学ー看護・福祉を学ぶ人のために』(ミネルヴァ書房、2004年)などを買ってみたが、テーマが女性の多い職域についてであるにもかかわらず、執筆者のほぼ全員が男性であることにひっかかりを覚え、またテキスト内容も社会理論の紹介などが多い点であまり魅力を感じなかった。

そうした事情もあり、「ジェンダーの視点から福祉をとらえなおす」とか「福祉社会の行方とジェンダー」という杉本貴代栄氏の書籍は、これまでも購入してきた。私から見ると、今喫緊で考えるべきテーマであると思ったからだ。

だが、杉本氏の本を改めて授業で使おうと思うと、今一つ活用できるものがないことに気づいた。そして、今度こそはどうか、と杉本氏の書籍に期待することを繰り返してきた。だが次第に、杉本氏の本に疑問が募るようになり、一度杉本氏のご研究は、どこが物足りないのか考えてみたいと思うに至った。

 

1)杉本氏の刊行物の数と重複掲載

第一に、杉本氏は、書籍の刊行数が非常に多い。例えば、2012年に勁草書房から刊行された『福祉社会の行方とジェンダー』の著者略歴をみると、単著だけでも、『女性化する福祉社会』『アメリカ社会福祉の女性史』『福祉社会のジェンダー構造』『女性が福祉社会で生きるということ』(いずれも勁草書房、1997年、2003年、2004年、2008年)、『ジェンダーで読む福祉社会』『ジェンダーで読む21世紀の福祉政策』(いずれも有斐閣、1999年、2004年)と7冊にのぼる。

このほかに、編著については、『日米のシングルマザーたち』『日米のシングルファーザーたち』『フェミニスト福祉政策原論』『シングルマザーの暮らしと福祉政策:日本・アメリカ・デンマーク・韓国の比較調査』『女性学入門:ジェンダーで社会と人生を考える』(いずれもミネルヴァ書房、1997年、2001年、2004年、2009年、2010年)と5冊を数える。15年あまりで12冊を数える多作ぶりである。

しかも、勁草書房、ミネルヴァ書房、有斐閣と学術書の刊行出版社として定評のある出版社が多い。しかしながら、掲載されている原稿は、かなりの割合で他の書籍でも重複掲載されているという実態である。これには、心底驚いた。

学術雑誌への論文投稿の場合とは異なり、書籍への重複掲載については特段の罰則はない。とはいえ、別の出版社から最近出版された書籍に掲載されているのと同じ原稿がより新しい本にダブって掲載されていることが、杉本氏の場合かなり多いのだ。

例えば、もっとも最新刊である『福祉社会の行方とジェンダー』(勁草書房、2012年10月20日刊)では、10章のうち、書き下ろしは1章と2章のみである。残りは、既出原稿から成る。しかも、重複の8章のうち、杉本氏ご自身あるいは別の編者によりすでに別の書籍という形で発表されたものが、5章と全体の半分をも占めているのである。

具体的に例をあげてみよう。6章「女性学の発祥と発展」は、同氏が2010年6月にミネルヴァ書房から刊行した『女性学入門』の「女性学とは」の章と同じものである。同様に、7章「今日の売買春と性の商品化」も、同じく『女性学入門』に入っている章を再掲載したものであると、いずれも、<初出一覧>に書かれている。

さらに、8章「日本の福祉国家の特徴と課題:4カ国調査の比較から」は、杉本貴代栄共著『シングルマザーの暮らしと福祉政策:日本・アメリカ・デンマーク・韓国の比較調査』というミネルヴァ書房で2009年4月に刊行された書籍に編纂されている章を改めてこの勁草書房本にも入れたものだという。(これらの章の内容にも大いに疑問があるが、ここではその点は取りあげない)

2009年、2010年に別の出版社から出した本の原稿を、2012年に別の出版社から刊行する。これは、私が知らないだけで学術書出版では商慣行として通用しているのだろうか。3150円もするハードカバーの高価な本で、その半分以上が他の単行本で書かれた内容というのは大変疑問である。

これを最初に見たとき、私は何かの間違いではないかと思った。しかしながら、同氏の『福祉社会のジェンダー構造』(勁草書房、2004年5月20日刊)を見てみれば、同じことが展開されているのがわかる。

ここでは、三部構成で各部4章からなるので全12章で構成されている中で、書き下ろしが12章中のわずか、2章にとどまる。他で発表済みの文章が10章と大半を占める。内訳は、自身の単行本で発表した重複が3章、共著本に既出の文章が1章。その他の5章は、雑誌の発表論文である。1章は既出かどうかがその書き方からははっきりしなかった。雑誌の発表論文を書籍にまとめることは慣行としてあることはわかるが、発売されて2、3年しかたっていない他の出版社から出版された書籍掲載の文章を、繰り返し別の書籍で掲載することはどうなのだろうか。

重複原稿の問題は、すでに他の出版社から書籍として販売したものを今度は別の出版社から再度販売すると、読者に対してダブってお金を請求しかねないことにある。15 年あまりのうちに、単著、編著あわせて12冊を数えるという杉本氏の書籍の量産態勢は、私の手持ちの杉本氏の本数冊を見る限りでは、先にあげたような同じ原稿を別の本に入れ込む重複原稿による可能性は高い。

これは、杉本貴代栄氏だけに見られることなのか。それともフェミニズム関連やその他の書籍にも広く浸透していることなのか。調査が必要なことであろう。

出版社であるミネルヴァ書房と勁草書房は、この状況をどう考えているのだろうか。購入する時に見落とした責任は私にあるとはいえ、大枚をはたいた読者としては、騙された気分を味わってしまうことは否めない。フェミニズム関係本が売れない、といわれて久しいが、こうした杉本氏のような重複の内容を多く刊行する状況が、仮に頻繁にあるとすれば、売れなくて当然だろう。

 

2)どの書籍も代わり映えしない内容

2004年刊行の『福祉社会のジェンダー構造』と、2012年の『福祉社会の行方とジェンダー』を見比べてみた。どちらも社会福祉政策をフェミニズム視点から見るという取りあげ方であり、高齢社会論、ソーシャルワーカーの仕事、介護労働が女性に多いこと、など同一のテーマが中心だ。それを国際比較から考えるというアプローチも共通している。

また、とりあげている内容自体、1999年に出ている『ジェンダーで読む福祉社会』の時から大して代わりがない。時々、売買春と「慰安婦」問題、母子世帯、父子世帯などについて書いているが、それらの内容にも特段の進化が見られないように思われる。独自の実態調査なども行われていないようで、引用されているデータは新聞記事などであり、単に軽く紹介として書かれているものが多い。さらに、どの本も筆者自身による書評、映画評などが入れ込まれている点まで共通しており、全体の構成のなかでの必然性を感じないものが多い。単に杉本氏が見たり読んだりしたから入れ込んでみましたという印象を受けてしまう。

例えば、福祉領域では女性が不利な状況で働かされているという点については、2004年本では、つぎのように書かれている。

介護保険をはじめとして、社会福祉の構造自体が、このような女性の不払い労働や安上がり労働を、いわば「含み資産」として構成している。その背景には、社会福祉と女性のかかわりを規定する、ジェンダーから派生する倫理?ジェンダー・エシックスの存在が問われなければならない(杉本編2000)。(杉本2004:55)

次に、2012年の杉本本で、ケア労働が抱える課題、「かつきわめて今日的な課題」と提起されている「労働条件の処遇改善と人材確保の課題」という箇所を引いてみよう。

不況が長引くなかで、介護職は労働条件の向上がないまま、平均して年間20%以上あった離職率が近年20%以下に低下し、多少上向き傾向にある。しかし、これも不況によって他の仕事がないためであり、景気が好況に転じれば、この離職率は直ちに上昇するだろう。慢性的な高失業率のもとでの介護市場の継続的な労働力不足は、介護職の労働条件の低さを表象している。(杉本2012:32)

どちらも現状追認にすぎず、これでタイトルにある「ジェンダー構造」を分析したと言えるのだろうか。単に、介護職の待遇が悪いという現状を繰り返し指摘することにとどまっているのではないか。介護職がどうしてこのような低い賃金に甘んじるようになったのか、その歴史的過程を杉本自身が調べることもなければ、ヘルパーや保育士などのケア労働者から杉本自身が聴き取りをしているということもこの2冊に限っては、見られない。これでは、杉本自身が「乗り越えることが目指されなければならない」と説く、ケア労働に見られる岩盤のように強固なジェンダー構造は、微動だにしないだろう。

このように現状を繰り返すだけで、労働者に大した益を与えないどころか、単に、ケア労働者を書籍のネタとしているだけのような研究アプローチである。これを十年以上も繰り返している。

さらに、杉本氏の本では、参考文献リストが非常に少ないことも物足りない。2012年に出された『福祉社会の行方とジェンダー』では、3ページから成る文献リストには、系統だって論じられていないことが読み取れるような、ジャンルや内容がばらばらの書籍が並んでいる。フェミニズム系の書籍が多いが、介護労働、医療職、看護職、ヘルパー、ソーシャルワーカーなどについて著者がたまたま目にしたものをリストしているような印象であり、とても基本文献を網羅しているとは思えなかった。系統だって読もうと思うと、決して十分なものでもないように思われる。

また、英語文献リストも若干あがっているが、1960年代、70年代の文献や辞書類(Encyclopedia of Social Work,1977など)がかなり多く、驚かされた。杉本氏は経歴でイリノイ大学シカゴ校に研究員として滞在したことが書かれているにもかかわらず、相当古い出版物と邦訳のある文献を除くと、英文文献も10点余りにすぎず、杉本氏自身が英文においても最新情報に接しているとはとても言えないことがわかる。

このように、福祉と女性、福祉とジェンダー、福祉とフェミニズム領域において第一人者と呼ばれるらしい杉本貴代栄氏の著作点数の多さは、重複原稿の多用により成し遂げられているものである。しかも、書籍の内容も似たり寄ったりのものが繰り返し刊行されている。これはフェミニズム研究の衰退にもつながりかねない重大な問題であると思う。ネットを見ても疑問すらあがっていない状況であったため、敢えて問題提起としたい。

(初出 2013年2月5日)

杉本貴代栄氏によるアメリカ女性学の歴史認識の謎

執筆者:山口智美

当ブログに「女性学者・杉本貴代栄氏の出版物の数の多さと代わり映えしない内容」というエントリを斉藤正美が執筆した。そこで、 私も少々、杉本氏の著作を読んでみることにした。

現在は金城学院大学教授の杉本氏の経歴をみると、東洋大学の大学院在学中に渡米、カリフォルニア州立大学に留学したという。 そして、1983年から1987年にかけて、イリノイ大学シカゴ校の「マルチカルチュラル女性学研究所」の研究員として、女性学の研究に従事したと書かれている。杉本氏の経歴の中で、アメリカ滞在経験は目立つ位置にある。 さらには、杉本氏はアメリカをはじめとして、「国際的視点」「国際化」や「国際比較」などを掲げ、海外について扱った著作も多い(杉本1997;2001;2003; 2004; 2009;2012など)。

そこで、最新刊の『福祉社会の行方とジェンダー』(勁草書房2012)収録の女性学についての章に注目してみることにした。この書籍は「2008年以降に発表した論文」(杉本2012:1)を掲載した論文集ということで、その中の「女性学の発祥と発展」という章である。この章は、「アメリカに発祥し、日米それぞれが辿った女性学の発展と課題」(88)について論じたものであり、同氏が2010年6月にミネルヴァ書房から刊行した『女性学入門』の中の「女性学とは」という章の再掲である。
だが、読みながらここで論じられている「アメリカ女性学」に関して、いったいいつの話についてであり、何に基づいて執筆しているのかという疑問が募った。一例として、以下の記述をあげる。

女性学が修正を迫られたもう一つの課題は、ヘテロ・セックスへの偏向の修正である。非白人女性や貧困女性と同様に、現代のアメリカで抑圧されているもう一つの女性の集団とは、レズビアン女性たちである。しかし女性学は、人種問題同様にこの問題を避け続け、女性学のなかで取り上げることにはきわめて消極的であった。女性学はレズビアン問題を無視しているという批判が出ると、女性学はその問題を中央の主題として積極的に登場させるようになる。1980年代に入ると、NWSA全米会議においても人種問題と並んで、レズビアンのための特別な提案・分科会・集会が盛んに行われるようになった。しかしこのような性急な取り組みにもかかわらず、実際の女性学の講義のなかでレズビアン問題が取り上げられること、また調査や研究が行われることはいまだに多くはない。(93)
2008年以降に書かれた論文で「いまだに」と記述されている場合、普通は2008年以降をさしているのかと思うだろう。だが、当然ながら、アメリカの「女性学の講義のなかでレズビアン問題が取り上げられること、また調査や研究が行われることはいまだに多くはない」というのは、2008年以降のアメリカの女性学やジェンダー研究の現実からあまりにかけ離れている。さらに杉本氏はレズビアンだけに言及するが、ほかの多様なセクシュアルマイノリティをめぐっても、 アメリカの女性学・ジェンダー研究において議論が積み重ねられているということはまったく言及しないままだ。

そして、歴史認識もおかしい。レズビアンに関する研究はすでに70年代から行われているし、80年代になるとかなりの論文や著作が出版されるようになっていた。1990年代以降のクィアスタディーズの充実ぶりは言うまでもない。さらに、レズビアンに関係する授業も、アメリカの大学では70年代から開講されはじめているし(McNaron 1997)、現在は多数の大学がクィアスタディーズの講座を開講している。(例えばこのリストを参照。)

また、杉本氏が指摘している、アメリカの大学で女性学が、独立した学部をつくるのではなく、学際的な「プログラム」として成立してきたという歴史はあり、そのスタイルで続けている大学もある。しかしながら、現在は、独立した学部 (Department)をもつ大学もあり、状況は変わっている。さらに全米女性学会NWSAのサイトによれば、現在アメリカでは13大学が女性学・ジェンダー研究での博士号を出している。杉本の言う「プログラム」だった時代から、かなり状況が変わっている大学も多い。

このように、2008年以降に書いたという論文で指し示す「いま」というのが、どう考えても現在についてのこととは思えないのだ。さらに、仮にこれが杉本氏が在米だった1980年代についてだとしても、認識がずれているのではないかとも思う面がある。巻末の参考文献リストをみても、アメリカ女性学の歴史についての文献は、77年のものが一冊あるだけだ。同じ著者やその他の著者による、女性学の歴史に関する本はその後も出ているにもかかわらずである。さらに、クィアスタディーズに関しては参考文献は皆無だった。

細かい間違いも目立つ。Ethnic Studiesを杉本氏は「民族学」と訳しているが、Ethnologyのほうが「民族学」だろう。そして、「オレゴン州立大学ポートランド校」が女性学プログラムを先んじて開始した大学としてあげられているが、これはPortland State University「ポートランド州立大学」の間違いだろう。さらには、「コンシャスネス・ライジング(意識覚醒)」と書かれているのは、明らかに「コンシャスネス・レイジング」の間違いと思われる。こうしたミスについて、ミネルヴァ書房、勁草書房両出版社の編集者も気づかなかったのだろうか。

さらには、著者が作成したという「図6−1」もよくわからない。「女性学の構造」と題された図なのだが、この図によれば、「哲学」と「史学」は例えば交わるところがないように見える。文化人類学と社会学は、教育学を介してつながっているようでもあり、「女性文化学」という何を意味するのかよくわからない分野が、文化人類学と女性学のつながりとして示されている。さらに「女性学」は真ん中のみならず「女性解放の政治学」を介して再び枠の外側にある「女性学」とつながる。(これはもしかすると「政治学」の間違いなのだろうか。)これが「女性学の構造」だといわれても何がなんだか…である。(これは図を示さないと意味不明かと思うので、とりあえずイメージをアップしておく。関係者の方、これについては問題あったらカットするのでその場合はお知らせください。)

ほかにも杉本氏のアメリカ女性学状況の記述には疑問を感じる点が多々あるのだが、きりがないので、最後にもう一点指摘しておきたい。このエントリでとりあげた章ではないが、杉本氏の著作には「セカンドステージ」という言葉が頻発する。だが、この「セカンドステージ」でいったい何を意味するのか、私が読んだ範囲内でははっきりしないままだ。杉本氏が留学していた頃におそらく話題になっていたのだろう、1981年出版のベティー・フリーダンのThe Second Stageからとっているのだろうか。だとしたら、1981年のアメリカの状況で使われていたコンセプトが、2008年以降の日本に当てはまるというのはどういうことなのだろう。あるいは「セカンドステージ」とは全く違う意味合いで使われているのか。よくわからないまま、「セカンドステージ」がバズワード化しているように思えた。アメリカの特定の歴史・社会状況のもとで使われていたコンセプトを、歴史的・社会的背景も異なる日本にもってきて当てはめることにそもそも無理があるのではないか。もしどうしてもそのコンセプトを使う必要があるというのなら、せめてどういう意味で使っているのか、丁寧な解説が少なくとも必要なはずだ。

(初出 2013/02/10 11:49 am)

イダヒロユキ(伊田広行)氏の『社会運動の戸惑い』批判に関して(2): 「フェミニスト」とは誰なのか?

執筆者:山口智美

イダヒロユキ(伊田広行)氏のブログ「ソウル・ヨガ」にて、「小手先のコミュニケーションーー思想の視点がない」という1月21日付エントリに関して、もう一点、気づいたことを記しておきたい。

イダ氏は、「保守運動側にあってその言い分を聞き、温厚な人間性(対話の可能性)だと記述し、一定の理解をするがフェミ側へは取材もしないのは」と『社会運動の戸惑い』を批判している。実はこの批判は、イダ氏のほかにも何度か耳にした批判でもある。

だが、『社会運動の戸惑い』においてフェミニスト側への取材は行われている。宇部市のフェミニズム運動に関わりつつ博士号ももっている研究者でもある小柴久子さん、千葉県の「条例ネット」の方々や、堂本暁子前知事、元男女共同参画課長、都城市の旧条例制定にむけて活発に活動を展開した「シエスタ」の皆さんや、女団連の方々、アドバイザーのたもつゆかりさん、元大阪府議の尾辻かな子さん。7章で、フェミニズムとインターネットをめぐる初期の動きについて語りを書かせていただいた井上はねこさんもいる。この方々はフェミニストだと私は思うわけだが、イダ氏にとっては違うのだろうか。

イダ氏にとっての「フェミ」とは誰なのか?東京近郊や関西の学者のみをさして「フェミ」といっているのだろうか。あるいは運動家も「フェミ」だと思っているが、自分の知り合いや仲間ではないと、「フェミ」の枠には入ってこないのだろうか。なぜこのように、イダ氏のようなジェンダー研究の学者自らが、地域で地道に運動に関わってきたフェミニストたちの声や存在を無視してしまうのか。

『社会運動の戸惑い』では、保守派についても、学者や知識人へのインタビューは実はしていない。本書での著者の興味が学者や知識人の声を聞くことではなかったからでもあるし、一冊の書籍で扱いきれなかったということもある。だが、保守側の学者や知識人のインタビューがないことは問われず、フェミニストだけ問われるのも不思議なことでもある。

『社会運動の戸惑い』で誰も女性学系の学者をインタビューしていない、ということは実はなく、インタビューさせていただいたが直接の引用という形では書籍に活用させていただくことができかなかった方々もいる。(巻末の「調査年表」を見ていただくと少々垣間見えるかもしれない)。また、インタビューだけに基づいて書いた本ではなく、参与観察も重要だった。公開のイベントでの学者の方々のご発言内容などについては参考にさせていただいている。

フェミニスト=学者、という理解は、私はまったく違うと思う。だが、もしかしたら女性学やジェンダー研究の中に、中央の学者ばかりを「フェミニスト」と考える思考が無意識にこびりついてはいないか。

もう一点だけ指摘しておきたい。
そもそもイダ氏に「山口智美さんなどはフェミニズムをかなり誤解」と理由も指摘せずに言われたことから、この一連の、何ら発展的な議論にはつながってこなかった不毛な状況は始まっているのだが、今回もイダ氏は斉藤、荻上という共著者と私に、「フェミではない」というレッテルを貼っている。例えば以下である。

フェミの側といっていても実は、フェミの立場ではなく、いい子ちゃんの立場に過ぎない
2009年6月の女性学会のワークショップの後、イダ氏は、「フェミを誤解している」というご発言は「オレのフェミ」についてのことだったとご発言されたという。だとしたら、ここでも「フェミの立場」は「オレのフェミ」の立場、という意味なのだろうか。そうなのであれば、私はイダ氏の立場とは違うだろうからかまわないが、「オレの」をカットされて「フェミの立場ではない」と、イダ氏に私が「フェミ」の枠外として一方的に認定されるのはおかしい。そして、これも以前から、小山エミ氏やマサキチトセ氏のエントリにおいて、イダ氏が指摘されてきた問題でもある。

最後に、イダ氏は当該エントリにおいて「世間知らずの「いいこちゃん」(お坊ちゃんお嬢ちゃん)」として『社会運動の戸惑い』の著者陣を批判しているわけだが、個人的な背景をよく知る訳でもない、学者や評論家として活動するフェミニストを「お坊ちゃんお嬢ちゃん」とからかい、見下すような調子で断罪している。さらに、昨年のエントリにおいて、共著者で女性の学者である斉藤正美を批判する文脈で「憎しみに囚われていて、ここまでよくもゆがめられるなという感じでした。この程度の無茶な読みをブログに書き残していて恥ずかしくないのかなと思いました。」と記載している。女性=憎しみというステレオタイプを持ち出しつつ、ここでも見下したトーンで批判している。こうした見方も、イダ氏にとっては「フェミ」的なことなのだろうか。

(初出 2013/02/03 11:18 pm)

イダヒロユキ(伊田広行)氏の『社会運動の戸惑い』批判における学者としてのルール違反

執筆者:山口智美

イダヒロユキ(伊田広行)氏のブログ「ソウル・ヨガ」にて、「小手先のコミュニケーションーー思想の視点がない」という1月21日付けエントリが掲載された。(魚拓はこちら

このエントリの特に後半部分で、書名も著者名も言及されていないのだが、斉藤正美・荻上チキと私の共著本『社会運動の戸惑いーーフェミニズムの「失われた時代」と草の根保守運動』への言及と思われる記述がある。

書籍についての批判や意見がきて、それが議論につながることは大歓迎なのだが、今回のイダ氏のエントリに関しては、それ以前の段階で問題がある。学者としての根本にかかわる問題である。

イダ氏は大学の教員であり、現在、日本女性学会の幹事をつとめている。学者として仕事をしてきた人だ。日本女性学会などの学会誌の査読を担当されることもあるだろう。にもかかかわらず、学者であるならば最低限のルールである、出典も示すことをしていない。しかも書籍からそのまま文言を引用しながら、である。

今までも、対象をぼやかして批判を行うということは、イダ氏も、またほかのジェンダー研究者も繰り返して行ってきていることであり、それについては何度も私もブログでも学会の場でも指摘し、「批判をするならソースをはっきりしてくれ」と主張してきた。例えば以下の拙ブログ「ふぇみにすとの論考」のエントリでも何度か扱ってきた。

批判対象をぼやかし続ける伊田広行氏の論(2006年10月16日)
伊藤公雄氏のいう相互批判の「作法」とは?(2006年12月14日)
「ようやく名指し批判が!」と思ったらぬか喜び(2007年10月13日)
日本女性学会ワークショップ『「ジェンダーフリー」と「バックラッシュ」を再考する』をふりかえって(2009年6月28日)
だが、今回、また繰り返されたということになる。さらに今回は今までにも増して、非常に悪質なやり方だったといえる。

なぜ悪質かといえば、鍵カッコを使い『社会運動の戸惑い』からほぼそのまま引用している文章と、同じく鍵カッコを使い引用かのように見せかけながら、引用ではなくイダ氏の作文であるという文と、両方が混在しているからだ。具体的には以下の箇所である。

「保守運動とフェミニスム運動の対立は合わせ鏡のような構図だった」と第3者的に双方を批判。
この文の鍵カッコ内の部分は、『社会運動の戸惑い』、328ページの荻上チキによる「結びにかえて」からの引用だ。オリジナルは「対立は、合わせ鏡」と、読点がはいっているが、それ以外は一字一句同じである。

その後、イダ氏のエントリ内では、同様に鍵カッコを使って、以下の文が書かれている。

第3者的に、「相手に勝手なイメージをつけて不信感ばかりを強化し対立(攻撃)するのでなく、相手をよく知り話し合えば、対話可能だし、理解もできるし、問題解決の道も見える」という凡庸なお説教レベルはみあきた。
ここでの鍵カッコ内の文は、『社会運動の戸惑い』には全く書かれていない、イダ氏の創作であり、イダ氏なりの拙著の解釈のようである。

だが、一方は書籍からのそのままの引用(しかも出典情報皆無)、もう一方はまったく書籍には書かれていない文章を全く同じように鍵カッコを使い書くというのは、読者に著しく誤解を与えるだろう。さらに後者の文に関しては、『社会運動の戸惑い』の著者がそのような記述をしているかのように誤解されかねず、ひじょうに迷惑だ。

そもそも、すでに書いたとおり、学者として文章を書く際に、しかも文献からの直接引用を含んでいる場合、ページ数はおろか、書名も著者名すらも何も言及しないというのは、ありえない。私はアメリカの大学で教えているが、学生が出典情報を示さずに書籍について議論をしたり、引用などしたら、それは確実に剽窃扱いとなり、退学処分になることもあるだろう。引用の際にソースを示すということは、アカデミアにおいてはそれだけ基本中の基本であり、必須とされていることなのだ。

著者について、「現実の経験が浅い」「世間知らずの「いいこちゃん」(お坊ちゃんお嬢ちゃんの作文)」などとすごい言われようなのだが、そういった批判をするなら、もっと具体的に何がどのようにそうなのかを指摘した上で、最低限、文献情報くらい示し、その上で批判してほしいと切に願う。

そもそも、こうした批判対象をぼやかしたり、ソースをしっかり確認しないという状況がいかに大きな問題につながりかねないかを、『社会運動の戸惑い』では記した。それにもかかわらず、その点をまったく受け止めずに、さらに悪化した形で同じ問題を繰り返しているというのは、問題はあまりに深刻だといえよう。

(初出 2013/02/02 1:55 pm)

中ピ連のメディア活用とその功罪

「中ピ連(中絶禁止法に反対し、ピルの全面解禁を要求する女性解放連合)」は、1972年6月に結成。代表は、榎美沙子。代表をおかないことが多いリブグループの中では、代表を明確に定めている数少ないグループであった。

中ピ連の活動を追うと、73年10月、日本家族計画連盟主催「産児制限を考える」討論会に出向き、「ピルを解禁せよ」と主張した。75年4月、中ピ連は、日本産婦人科学会総会(京都)に出向き、ピル解禁勧告を政府に提出するよう要求した。その他、72年10月には、ミスインターナショナルコンテストへの抗議行動も行っている。こうした動きは週刊誌などで大きく取りあげられ、多くの人の目に触れることになる。

74年8月には、「女を泣き寝入りさせない会」発足、暴力を振るう夫、一方的に離婚したがる夫の会社に、ピンクヘルメットの女たちが抗議デモをしかけ、それがテレビや雑誌で大きくとりあげられるなどした。「激突中パ連」(玄海つとむ作『週刊明星』)というマンガでもとりあげられた。さらに、75年11月には、NHK「紅白歌合戦」に襲撃予告を出した。ターゲットになった芸能人は、三船敏郎、前川清、にしきのあきらなどの名が取りざたされ、週刊誌などで盛んに報道され、「中ピ連」の名前は知れ渡った。

その後、76年6月、中ピ連は宗教団体『女性復光』を創設、77年7月には、参議院総選挙で「日本女性党」を立ち上げ、7人の候補を立てるが、1700万円の供託金を没収され、中ピ連自体が解散に至る。中ピ連の解散は、女性学会がスタートするのとちょうど時を同じくしていた。

榎美沙子と中ピ連は、雑誌やテレビなどでの表出が大量かつ群を抜いて目立っていた。例えば、『大宅壮一文庫雑誌記事索引総目録』(1985年)には、「婦人問題、婦人運動」の項目を見ると、そこにはさまざまな運動体の名前と、その運動体について書かれた記事が集録されている。

そこに登場する運動グループの記事中、「中ピ連」に関する記事が119と、ダントツトップだ。中ピ連は、誕生から解散まで、たかだか5年程度の活動期間にすぎないにもかかわらず、「主婦連」という長期間に活動がおよぶグループが56であるのに比べ、断然多い。名前の上では誰でも知っている「青鞜社」に関する記事は、時代が異なるとはいえ、19であるから、中ピ連がいかに、当時のマスメディアに注目されていたかがわかるだろう。

また、同じ『索引総目録』で「女性著名人」をみると、現在、「ウーマンリブ」では最も有名な人物といえる、田中美津に関する記事が6件、当時からリブの活動にも参加し、その後評論家や男女共同参画行政でも活躍した、樋口恵子についての記事が45件掲載されているところ、榎美沙子は173件である。中ピ連および榎美沙子のメディア表出は、他の運動体と比較しても、他の女性著名人と比較しても、飛び抜けて多い。

中ピ連は、問題にしていることが「避妊」や「ピル解禁」「男の不倫に泣き寝入りしない」など身近であり、抗議に記者を同行させたり、テレビの歌合戦などにも出演したり、ビジュアル的にもピンクのヘルメットをかぶるなどと目立つ行動をとることが多かった。

多くの女性団体がメディアに載るのは、お堅い言論誌やニュース系雑誌であったのに対し、中ピ連が取りあげられるのは、もっぱら『女性自身』『ヤングレディ』『アサヒ芸能』といった週刊誌が中心であったし、榎美沙子は当時、テレビの娯楽・バラエティ系番組にもよく出演した。

中ピ連はよくも悪くも広くメディアにのったことで、リブ運動を幅広い層に知らせることができた。例えば、オノ・ヨーコが中ピ連のために、「女性上位万歳」という歌をつくっておくってくれたりした。また、アメリカで中ピ連の活動が報道されると、在米日本人女性たちは、「日本の女性たちもなかなかやるじゃない」と力づけられたという(溝口他編1994:246)。

しかしながら、当時は誰でもが知っている中ピ連と榎美沙子について、その後の女性学や女性史などにおいての評価や考察は決して十分とはいえない。いや、80年代以降、リブ運動に関する研究が盛んになったにもかかわらず、中ピ連と榎美沙子に関する論考は非常に少ない。その上、数少ない論考での、中ピ連の評価が著しく低いのである。

例えば、リブ運動に参加していた秋山洋子が、「中ピ連は本当にリブだったのか」と、次のように、中ピ連の活動に懐疑的な見方を示している(秋山1993:121-138)。

ピンクのヘルメットをかぶって華やかに行動する中ピ連は、マスコミにとっては格好の話題だったし、中ピ連のほうも意識的にマスコミを利用した。それによって、リブ=中ピ連といったイメージがかなり広範にばらまかれ、他のもっと地味な活動をしていたグループは、いろいろな形で迷惑をこうむった。(中略)中ピ連の側にもマスコミに乗じられる問題があった。それは軽率さというようなことではなく、もうすこし中ピ連という組織の本質に係わる問題である。端的にいえば、中ピ連は本当にリブだったのか。真剣な運動だったのかという疑問を、当時リブ運動に参加した女たちの多くがいまだに持ち続けているのである(秋山1993:125-26)。
そして、秋山は、「リブ運動の中で中ピ連とは何だったのかと問い直すとき、すくなくとも仲間だったと評価することはできない」という。

確かに、宗教団体設立や女性党で候補を立てるなどの活動に関しては、「アイデア倒れ」(溝口他編1994:244)であり、リブ運動に悪しきイメージをつけた面もあったと思う。しかし、設立当初掲げた優生保護法をどうとらえるか、という提起や、避妊薬ピルの解禁を求めるという活動まで無視していいとは思えない。

どうして中ピ連に対して、これほど冷たいのだろう。『社会運動の戸惑い』本でも取りあげているが、日本の女性学系メディア研究(「メディアとジェンダー研究」)では、強大なマスメディアの被害者としての女性像を主に研究対象としてきた。私自身もこうした流れの影響を受けてきた一人であるが、女性たちの主体的なメディア活用についての研究がその蔭ですっぽりと抜け落ちてきたのは損失であると思う。

別エントリーで、リブ運動のメディア抗議について紹介したが、そうしたメディアに対する主体的な活動はやはり重要である。中ピ連の活動でも、メディアの強大な影響力を認識し、その被害者にならないようにと行動を萎縮させるのではなく、むしろ、自ら主体的にその強大なメディアを活用し、自らメディアに登場するというメディア戦略をとる。その主張をメディアを通して、幅広い層に届けるという点において、中ピ連は見事に成功している。

秋山が「意識的にマスコミを利用した」「中ピ連の側にもマスコミに乗じられる問題があった」と述べているように、「迷惑をこうむった」面も確かにあっただろう。しかし、当時は、厚生省が番組/CMを問わず、『ピル』『経口避妊薬』という言葉を一言たりとも口にしてはならない、などと民放にピルの報道規制を要請している時代であった。さらに、厚生省はピルを要指示薬に指定、処方箋のない薬の店頭販売を禁止。同時に、薬事法違反の取締りを強化し、ピルを店頭で販売していた店に恫喝をかけるなどと、70年前半は、避妊薬ピルの規制が強化された。中ピ連は、女性にとって厳しいこの状況の中で、声を上げたのであった。

避妊に対して厳しい社会で、「妊娠の決定権は女にある」「中絶よりもピルの方がいい」(「男性用のピル開発を急げ!」『サンデー毎日』1972年9月17日)などという主張を広く届かせることができたことは、ある意味すごいことだと私は思う。

私なりに考えると、中ピ連のメディア露出が多かった理由には、第一に、ピル解禁、ミスコン反対、(不倫する男を懲らしめ)女を泣き寝入りさせない、などだれにでも、わかりやすい主張を次々に繰り出したことがある。第二には、ミスコンへの抗議や、産婦人科学会総会におしかける、NHK紅白歌合戦に襲撃を予告、女を泣き寝入りさせない会の行動など、中ピ連が派手なパフォーマンスで行動が人目を惹いたことがある。主張にしても、行動にしても、誰の目にもわかりやすかったことが、中ピ連の報道が非常に多くなった要因であると思う。第三には、榎美沙子がピンクのヘルメットをかぶったり、着物を着たり、テレビの歌番組に出演したりなどを厭わず、自ら広告塔となったことがある。

思えば、これは、90年代以降、バラエティなどに多く出演してフェミニズムの主張を社会に届かせた田嶋陽子に対する女性学の冷たい対応ともよく似ていると思う。不思議なことだが、あれだけ多くのメディアに出演してきた田嶋陽子についてもメディア研究でとりあげられることはこれまでなかったように思う。そして、中ピ連同様、田嶋についても、バッシング言説のみが蔓延しているのは、不幸なことだと考えている。

メディアを主体的に使っていく方向に冷たいのは、フェミニズム系のメディア研究の背後にある「メディアの強力効果説」(被害者としての女性像研究)や、それとネガポジの「主体的なメディア活用」への薄い関心(視聴者はメディアの影響をいかに被ったか、というオーディエンス研究は盛んだが)などが影響しているように思われる。

秋山の中ピ連評には、マスコミを「意識的に利用」するなど、マスコミを利用すること自体を悪しきこととする感覚がかすかに覗いているように思われる。当時は「ブル新=ブルジョワ新聞」などという呼び方があったくらい、全共闘運動や反安保の運動が盛んな中、大学や政府、マスメディアなどの「体制批判」が強い時代でもあった。そんな中だからこそ、積極的にマスコミを利用したことが今から見ると過剰な反発を招いた面もあったのではないだろうか。

だが、真面目に主張するだけでは届かなかった、多くの人に、避妊薬ピルやその必要性について知らせることに成功したことも事実である。こうしたメディア活用の戦略は、現在でも運動のメディア活用として十分有用なものである。いろいろ意見は分かれるかもしれないが、いずれにしろ、中ピ連の主体的なメディア戦略の功罪についての検証が必要なことだけは確かである。

秋山洋子1993『リブ私史ノート―女たちの時代から』インパクト出版会

溝口明代・佐伯洋子・三木草子編1994『資料日本ウーマン・リブ史 (2)』松香堂書店

(初出 2012/09/21 12:21 pm )

「女性とマイノリティと労働者を支援するブラック企業?」をめぐる議論 マサキバージョン

執筆者:マサキチトセ

某ジェンダー・スタディーズ系メーリング・リストにおいて、あるフェミニズム系の企業が頻繁に求人広告を投稿していたのを不審に思っていた人は少なくないと思う。

私自身も以前友人が仕事を探していたときにこの企業からのメールの内容を教えたことがあるのだけれど、その後も何度も求人広告が投稿されるのを見て、「あら、欠員が出るの早くない?もしかして労働条件キツめ?だとしたらあの人(友人)、この仕事に応募しなくてよかったわ〜」と思っていた。

フェミニズム系の団体・企業においての労働条件の問題は、つい1年前あたりからの WAN (ウィメンズ・アクション・ネットワーク)の労働争議に関連して、一部のフェミニストや関連活動に携わっている/関わってきた人々のあいだではここ最近意識せざるを得ないような状況であった。それは、女性の雇用というフェミニズムにおける重要な問題と直接に関わるからであり、それは同時に、資本主義やそれと密接に関わると上野千鶴子氏が論じたところの家父長制とも切り離せない問題であるからだ(『家父長制と資本制―マルクス主義フェミニズムの地平』)。不安定な雇用、賃金格差、セクハラなど、女性と雇用の問題には様々な論点があり、フェミニズムにおいてはこれまでも様々な議論が重ねられ、多くの方々が改善に向けて活動してきた。そのひとつとしてユニオンWANの活動は数えられるだろう。

このような例からも分かるとおり、フェミニズムと雇用の問題は常に問題化されてきたし、労働条件の改善に関しては多くのフェミニストが力を注いできた。だから、小山エミさんがメーリング・リストに当該企業の労働条件について質問を載せたのは、そのようなフェミニズムの歴史的流れを鑑みれば当然のことである。その経緯は具体的にはメーリング・リストを参照してもらうしかないが、ログが公開にはなっていないので、以下のブログ記事を参考にしてもらいたい。小山さんが質問を出してからの経緯については、小山さんの3つめの記事に詳しく載っているのでぜひ読んでもらいたい。

その上で、私も遅ればせながらメーリング・リストに投稿をした。団体や個人が特定されないように伏字を入れた状態の内容が、これ。

みなさま

シカゴ大学大学院修士課程に所属しております、****と申します。

いま問題となっているのはこのML上において********・********事務所の労働条件についての書き込みを許容するか否か、というものかと思いますが、それよりも大きな問題としてそもそも、フェミニズムと深い関係にある********・********事務所において実際に被雇用者が劣悪な労働条件のもとで働いていたという事例が小山さんより紹介されているわけで、私はフェミニストとして、まずそこに注意を向けることが重要かと感じております。

といいますのも、このML上においてこのやりとりがなくなったところで、実際の問題は継続するだけです。ですからわたしの「良識」を総動員した結果、ジェンダー・スタディーズをテーマとしたこのMLにおいて今の段階でこの****に関する対話を中止にするのは、実際の被雇用者の現実を無視し、ジェンダー・「スタディーズ」という学問に携わる者として運動体内の権力関係について無関心を実践することになるのではないかと考えます。

また一方で、このMLにおいて、私のような****との直接の関係に無い者がそもそも口を出していること自体がもしかしたら被雇用者の方々の声を封じ込めている可能性はあります。しかし、だからこそ、実際に元雇用者の方と連絡を取ってその方の声をMLに届けた小山さんや、元雇用者として発言をされた投稿者の方以外の人間は、いま、ここで、「良識ある判断」により本ML上での議論を打ち切りにしたりするのではなく、****における問題にきちんと向き合うことが大切かと思います。少なくとも、口を出してしまった私や、ここ数日のあいだにこの問題について意見を投稿した方には、その責任があると思います。

まずは、実際の被雇用者や元被雇用者の方々の声に真摯に耳を傾けませんか?(注) 勇気を持って発言した方々(代弁を依頼した方も含め)の声を「個人情報」だとしてMLから排除しようとすることは、現実の問題から目を逸らすことになってしまいます。もちろん、あるいは、「MLでは語るべきではない」と考える方々が、ML以外の場所で****の労働条件の改善に向けて何か行動を起こすつもりなのであれば、それは素晴らしいことだとは思います。もしそうでなく、単にこの場での対話を中止することだけを主張されるのであれば、それは同じフェミニストとして非常に残念に思いますし、考え方の違いを認識するしかないのかなとは思います。もちろんフェミニスト同士で違いはあって当然で、それはむしろいいことだとは思うのですが、それは、ある意見によって他の意見が排除されないという条件においてのみ「いいこと」であることが出来るものだと思います。

わたしは、フェミニストとしての「良識」を総動員した結果、この対話が継続することを1人のML会員として希望しますし、この対話を通して、私に出来ることを模索したいと思っております。

****
シカゴ大学大学院社会科学学科修士課程
chicomasak@gmail.com
******@uchicago.edu
+1-312-****-****
http://start.io/castrated

注:「雇用者や元雇用者」と間違えて表記していたものを、「被雇用者や元被雇用者」と書き直しました。

『季刊・ピープルズ・プラン』51号(2010)「ジェンダー平等」特集を読む 

執筆者:斉藤正美

「ジェンダー平等は日本でなぜ進まないのか」を読んだ。twitterなどでちらほら言及されたり、発売元のPP研サイトでもよく売れて在庫がなくなりそうと書いてあったりと大人気の特集号らしい。だが、私が住む富山では大型書店にも大学生協にも電話で問い合わせたが、どこにも入ってないことがわかった。仕方なく、わざわざ発行元から取り寄せた。いったいどういう人達が手に入れているのだろうと思いつつ手にとった。そして、一通り読んでみて、いくつかの現実的な議論を展開する論者を除き、この書き手たちが進めておられるのであれば、「ジェンダー平等」はうまく進むはずがないわ、と思ってしまった。

「ジェンダー平等は日本でなぜ進まないのか」という問いを投げかけられたら、まず自らがどのように関与してきたか、それをどう評価するか、を真っ先に考えるのではないか。しかし、本特集を読んで一番疑問に感じたのは、政策にも関わってきた船橋邦子らフェミニスト学者が自らの責任や課題に言及しないで、遅れている責任を「市民の意識の遅れ」や、法律や制度といった外部のみに押しつけていることであった。これまで深く関与してきた自分を棚に上げて「責任逃れ」をしているのだ。法律や制度を問題視すること自体はいいと思うのだが、この号に欠けているのは、運動への評価という視点だ。自らどう関わってきたのか、それを現在どう評価するのか、にはまったく触れないのだ。

結果、特集で書かれているテーマや内容がどっかで読んだことがある「ワンパターン」であり、「リブ」の過去がたりという「ノスタルジック」なものになっている。つまり、今起きている現実と向き合わずに、過去のリブを懐かしむ、自分とは無関係に理念や政策を批判するなど、現実感に乏しい特集企画であった。さらに、「ジェンダー平等」が何を指すか、わたしには最後までクリアにならなかった。これらの点は、「ジェンダー平等」特集を組んだ青山薫・千田有紀両編集委員のスタンスが大きく影響していると思われ、疑問に思うところである。

特集の目次が参照できます。

青山薫「特集のねらいと概要」は全文が読めます。

この特集のトップページに1660年頃のオランダの絵画があがっているのも、浮世離れした特集を象徴している気がした。17世紀の絵画が、それ以前の宗教画から脱皮し、「人びとの日常を描く」ものになり、「女の家事と、男性の仕事の違い」を描いているというのだが、本特集は、「ジェンダー平等」をはじめ、「オールタナティブ社会」「アクティビィスト」などバタ臭さのする言葉の蔭に、市井で条件の悪い中で必死に生きる女性たちが顔を出す機会を失っているような感じをもった。

生活実態がみえないことがこの領域が遅れをとる一番の理由だと言うことをこの特集は逆説的に教えてくれた。それに関してだが、「ジェンダー平等」の現状がどうなっているかについて、「ワンパターン」が炸裂している。この特集で編集の青山が特集の概要を示す中で、ならびに男女共同参画政策を論じる際に船橋が、揃って上げているのは、毎度おなじみの国連のジェンダーエンパワメント尺度(GEM)だ。貧困・格差社会になった日本の格差・性差別を計ろうとする際に、いつも「上級公務員、衆議院議員、会社経営者」(青山の記述。p.24)というエリートたちを指標にすることに疑問を感じないというのはあまりに現実離れした目線ではないかと思う。

そもそもジェンダーエンパワメント指数(GEM)は、統計上問題があるという批判が複数の統計学者からなされている曰く付きのデータである。ジェンダーエンパワメント指数とは、a.国会の女性議員割合、b.<行政職・管理職>と<専門職・技術的職業>における女性割合の単純平均価、c.推定勤労所得の3分野の4指標をとりあげ、0-1の数値に換算して、3つの価をそれぞ?のウエイトで単純平均したものである(伊藤2009)。統計学の伊藤が上述したように、異なる3つの分野を取りあげ、単純に3つに割って平均値を出すといった乱暴な評価づけについて、「このような見当外れの議論を引き起こすようなUNDPの指数・尺度は罪つくりだ」「時間をロスしあるいはミスリードすることは許されない」と早くから厳しい批判をしているのがまったく斟酌されていないのはどうしたことか。さらに、ジェンダー研究で多くの論考もある杉橋やよいも、かねてより異質な指標を総合し単純に平均するという測定指数構成要因がこの3つという選択が適正か、また単純に平均を出すという計算方式でいいのか、などウエイトづけならびに計算根拠の妥当性に対する批判を行っているところである(杉橋2008、2009,)。こんな指標が性差別の実態を言い表しているとはとても言えない。

「ジェンダー平等は日本でなぜ進まないのか」特集号は、上述した「どれほど進まないのか」という現状認識でも問題があったが、どういう解決方法を示したらいいか、という解決策でも、「ワンパターン」である。現在のように、貧困と格差の問題が深刻になっても相変わらず毎度おなじみの「世帯単位からシングル単位」論が繰り返される。これにたいし、「大量のフリーター女性が出現している」こと、「女性の収入が低下している」ことをあげ、「政策単位の個人化だけではうまくいかない」と山田昌弘から批判も出ている(山田2005:252-253)。

シングル単位論は、WLB、女性のエンパワーメントなどを掲げ、女性の社会進出、共働きを推進することによって男女共同参画が進むといった政策と共に語られている。しかしながら、鈴木ふみが論考で書くように、日本では正社員、特に子どもをもった女性がフルタイムで働くのが一般化する前にニューエコノミーによる労働の二極化が始まり、パート、アルバイトー、契約社員、派遣社員などの非正規雇用の拡大が始まった。90年代半ば以降、企業が非正規雇用を「柔軟型」労働と呼んで人件費を削減していった結果、社会保険などのセイフティネットに守られることがない非正規就労者の割合が若年、女性など50%前後の割合を占めるまでになっている。シングルマザーは平均所得243万であり非正規就労が過半数とされる(2007年国勢調査)。このような「労働の主婦化」が進行した現状のまま、ほかの問題をみずにシングル単位のみを優先していても、非正規就労者は「働けど働けど貧乏のまま」となる可能性が高い。非正規雇用が浸透する中で、片働き夫婦のみを優遇する制度、性分業システムを是正しようというシングル単位論のみを強調するのは現実を見損なっているのではないか。その点で、鈴木ふみの論考は、経済や雇用の現状認識では共感するところが多いが、運動については、海外の運動の歴史に目が向きがちで日本の運動史が見過ごされている点、運動の担い手を「育てていく」という発想には疑問も感じた。女性に多い非正規就労者のことを考えるならば、解決策として出されている「失業給付や就労支援」「ベーシック・インカムの保障」などについてもっと活発な議論をしていきたい。

また、「ジェンダー平等」をめざすレトリックとして、しばしば用いられたものに「男らしく、女らしくではなく、自分らしく生きる」というものがある。「ジェンダーフリー」や男女共同参画政策における条例や行動計画などでよく取りあげられる文言である。しかしながら、いやが応でも「自分らしさ」イデオロギーが広まっている中で、「自分らしさ」をこれ以上強調するのはどうか、「自分らしさ」を免罪符にすることになりかねないという指摘もある(山田2005:232-233)。若者の状況と「自分らしさ」の関係はどうかわからないが、「自分らしさ」イデオロギーが自己責任論を助長させるリスクがあることについては「ジェンダー平等」を主張したフェミニスト学者も十分認識する必要があると思う。これまでの「ジェンダー平等」を主張してきた中にどんな課題があったのかを検証することも重要だと思う。現在の貧困格差問題とのからみでも、こうした批判と向き合う議論が期待されていると思うので、特集に自らの行動や主張への振り返りが見られない点を残念に思う。

さらに、運動についての「ワンパターン」がある。特集では、運動といえばいつもの「ウーマンリブ」ネタが持ち出されている。「ジェンダー平等がなぜ進まないのか」という特集に、なぜいつも1970年代前半に勢いを持った「初期リブ」にスポットがあたるのか、わたしには初期リブでなければならない必然性やその関連性が理解できない。青山は、「フェミニスト/リブを自称してはばからない」編者二人が「先達の運動を、建設的に批判・検証することにした」という。だが、建設的に批判・検証するにふさわしいのは、40年前のリブ運動であろうか。

しかも、田中美津インタビューに延々20頁も割いている。リブ運動を運動として検証するという時に現在は運動を下りている「田中美津」を取りあげても説得力に欠ける。それまで「リブとは一線」を引いてリブを置き去りにして女性学を立ち上げてきた女性学者が多い中、女性学者である上野千鶴子が1987年に『美津と千鶴子のこんとんとんからり』を出版し、田中美津をほめちぎって以来、女性学は田中美津をリブの教組といった「ワンパターン」な存在として扱うようになった。今回の特集もその「ワンパターン」を繰り返している。インタビューアーは千田有紀。しかも千田によるインタビューは、田中に「美津さんからするとわたしなんかは頭でっかちに見えるのかな」などとリブ運動を批判的に検証するといいつつ、一向に批判に向かないのである。最後には「心強い先達がいると、生きていくのが楽になりますねえ」という感想で締めくくっている。ノスタルジックな語りとしてしか読めない。「ジェンダー平等」の現在を語るのにふさわしい運動家は他にいなかったのだろうか。

さらに、秋山洋子は、この特集号で、リブの闘士だった北村三津子の死と樺美智子について書いている。保母から介護福祉士へとケアの現場で働き続けた北村三津子。六〇年安保のデモで亡くなった樺美智子のことをノスタルジックに語られることを批判する文脈で秋山は書いているのだが、この特集全体のモチーフがフェミニズムの歴史の中で「過去の栄光」である「ウーマンリブ」を取りあげるのだから、ノスタルジーに陥っているのである。亡くなって語られる北村三津子、運動者でないからお呼びがかかる田中美津、いずれも運動現場において実際に活動していないという意味でノスタルジックなのである。書き手やインタビュアーがどれほど大きくすばらしい存在として描こうと、過去語りでしかないために、書き手やインタビュアーらの現在の地位やスタンスが脅かされることはない。

リブ運動、左翼運動検証、政策に関しての議論をした後に、シングルマザーについて漢人朋子、レズビアン運動について尾辻かな子、「若い世代」について栗田隆子に、それぞれ4頁、5頁、6頁のスペースを割り当てられるという構成も「ワンパターン」だ。周縁として補完されるのは、相も変わらずシングルマザー、レズビアン、若い女である。わたしはむしろこの方たちの議論をもっと詳しく聞きたいと思った。例えば、栗田が言うように、「フェミニストであろうとなかろうと(中略)きちんと敵対するべきところは敵対する」というスタンスは重要と思う。グローバル経済により、日本に就職口自体がなくなっている現在、大沢真理らがこの貧困状況に対してミスマッチな「キャリア教育の充実」を語っていること自体が「ジェンダー平等」を推進した大沢ら女性学者の行ってきた政策を批判的に検証する必要性を強く示していると思う。また、尾辻が提唱する「同性パートナー制度」を導入するにはこれまでの「男女共同参画政策」をどのように改正する必要があるのだろうか、あるいはそもそも「同性パートナー制度」は結婚制度とどこが違うのか、といった論議こそ今やるべきことなのではないだろうか。漢人が述べるように、保育所を単に増やすだけでは十分ではなく、保育士が働き続けられるように労働条件を上げていくこと、児童虐待が増加しているが子どもたちをどうしたら救い出せるかといったことも「ジェンダー平等」と不可分なことである。もっとこうした議論を深めてほしかったと思う。

海妻径子の論考では、小倉ら男性アクティビストや男性研究者が日頃、「文字の上」においてしか女性運動に「敬意」を払わず、実際に目の前にいる女性運動が眼中にないという批判をしているが、わたしは本特集では文字の上でも現在の「女性運動」に敬意を払っていないと感じられた。海妻があげる、やれ「リブはすごかった」という過去の運動に対する評価しか存在しないという批判は、そっくり本特集にあてはまるのではないか。「すでに失われてしまった闘いの名残りほどラディカルなものはない」(p.90-91)という海妻のことばは、いつまでも「リブ」にこだわる本特集にそっくりはねかえってくる。

さらに、海妻のみならず、本特集全編を通じてのメッセージとしてフェミニズムが「コンシューマリズム」あるいは、「化粧とハイヒール」に「負けた」という見方をしていることに違和感をもつ。また、海妻は「コンシューマリズム的主張を批判しきれ」なくなるという批判をしているが、消費主義は、完全にわたしたちの外部にあるもので、フェミニズムはそれに「勝ったり」「負け」たりするような存在なのだろうか。コンシューマリズムとは、より多く商品を購入させるように消費をあおり立てる社会のしくみを指すと思うが、わたしたちは、フェミニズムも含めてそうした社会体制の中に絡め取られているのではないか。「負ける」とか「勝つ」とか「批判しきれる」とかそんなにすっきりと自分の外にある存在として切り取れるやわな装置ではないと思う。「化粧とハイヒール」「コンシューマリズム」ということばで言い表されている消費社会や消費主義のとらえ方にも疑問を抱いた。

最後に、本特集を読んで一番疑問に感じたのは、そしてこれが一番深刻な問題であるが、自分を棚に上げて「責任逃れ」をしている書き手のスタンスであった。この「責任逃れ」がもっともひどいのは船橋邦子だ。これまでの男女共同参画政策は「心がけ論」でしかなかったからダメだというが、船橋は、佐賀県立男女共同参画センター館長職に自ら応募して、「男女共同参画社会とは、伝統的な性別役割や、女らしさ、男らしさに縛られず、自分らしく生きることのできる社会」と定義し、「男らしさ」「女らしさ」から「自分らしさ」へというかけ声を繰り返しかけまくった。船橋が、『ジェンダーがやってきた』(木犀社、1997)という本の中で繰り返し書いているのは、その意識改革であった。自ら行政に飛び込み、その組織のトップとして「女らしさ」ではなく「自分らしさ」へと意識改革を迫る男女共同参画政策を推進してきたのが、船橋その人であった。しかしながら、船橋は自分がまったく関わってこなかったかのように、自分の責任を棚にあげて、女性センターにおいて予算の大半が単にイベントに費やされていた、女性のためにならないやり方だったと批判している。自分がどう関わって、どううまくいかなかったなどという実例を一切出さないので、問題の所在が見えてこない。そして、問題を深めないままに、さて今度は、男女共同参画社会基本法が性差別禁止法ではなかったのがまずかったと、とんでもない主張を繰り出し、責任を自分とは関わりのない外部に押しつけようとしている。

船橋の記事の最後は、「既存の政策に対する批判力をつけ、主体的に政策づくりにコミットしていく活動が求められている。国や自治体が呼びかける協働やパートナーシップという美名のもとで、気がつけば政策に動員されていたという過去の過ちを繰り返さないために」というものだが、市民よ批判力を養え、といったいわゆる女性のエンパワーメント、言ってみれば「心がけ論」に回帰している。船橋自身が真っ先に自治体の呼びかけに応えてトップセールスを担ってきたこと、そのことにはまったく触れずに、「過去の過ちを繰り返さないために」といっても説得力なさすぎだ。いつも自分のよって立つ位置や関わりを明らかにすることなく安全な位置から、一般市民や政策・制度など他者を批判する。自分が関わったこと、してきたことの責任を問うことのないその批判のあり方こそ、90年代以降国や自治体の男女共同参画政策に深く関与してきた女性学者がもっとも問われなければならない課題だと思う。フェミニスト学者、運動者らがこの問いを投げかけられたら、まず自らがどのように関与してきたか、それをどう評価するか、を真っ先に考えるのではないか。

この特集において、フェミニストが過去の運動語りにどっぷりと浸かったまま、現実の運動の評価と向き合うことを避けている。そしてそのこと疑問を感じていない。これは、フェミニズム研究の中で「運動」や「アクティビズム」を売りにする人が出てきてそれがそれら一部の人達の一種の専売特許となっていること、そしてそれ以外の大勢の女性学者が運動から遠ざかっており、運動についての議論が成立しなくなっていることが影響しているのではないかと思った。運動や政策をめぐって、目の前のもっとも厳しい局面を避けたり、自らの責任逃れの主張がなされている特集を読んで、「フェミニズムって一体何のために書いたり、議論したりしていたんだっけ」と改めて突きつけられたような気がした。

参考文献:

伊藤陽一2009「ジェンダー統計研究(10)ー性別格差の総合指数について1ーGEMとGender Gap Indexを材料に」『経済統計学会ジェンダー統計研究部会ニュースレター』(10-15号筆者はインターネットからダウンロードしたが、2010年9月15日現在同じ文書を確認できなかった。しかし、伊藤のGEM批判論考は他にもネット上に多くあげられており読むことが可能。

杉橋やよい2008「ジェンダーに関する統合指数の検討?ジェンダー・ギャップ指数を中心に」戒能民江編著『ジェンダー研究のフロンティア1巻 国家/ファミリーの再構築?人権・わたし的領域・政策』作品社:230-249

杉橋やよい2009「第7章 ジェンダー統計の現状と課題-日本を中心に」杉森滉一・木村和範・金子治平・上藤一郎編著『現代社会と統計1社会の変化と統計情報』北海道大学出版会:151-170

船橋邦子1997『ジェンダーがやってきた』木犀社

山田昌弘2005『迷走する家族-戦後家族モデルの形成と解体』有斐閣238

官製「ジェンダー」が下りてきた!:「ジェンダー」「ジェンダーフリー」の定義をめぐる闘争と行政・女性学・女性運動

執筆者:山口智美

シカゴ大学東アジア研究センター研究員 山口智美

財団法人日本性教育協会 (JASE) 『現代性教育研究月報』2006年1月号掲載


「ジェンダー」の定義をめぐる議論が盛んである 。反男女平等を主張する右派が、「ジェンダー」や「ジェンダーフリー」という表現について、「性差の完全な解消を狙っている」などと曲解に基づき、攻撃を加えていることがその背景にある。それに対し、日本女性学会、内閣府男女共同参画局、自民党の一部新人議員や、公明党などの政党が「正しい」ジェンダー概念を使うことを提案した文書を出すという動きが出ている。1

「ジェンダー」という言葉を使うべきかどうかという議論が沸騰する一方で、日本の女性運動は90年代半ばまで「ジェンダー」という言葉を使わずに、女性差別撤廃、性の平等の運動に取り組み、成果を挙げてきた歴史を持っている。「ジェンダー」や「ジェンダーフリー」が本格的に登場したのは90年代半ば、北京会議以降の、ここ10年ほどの流れなのだ。そして、これらの言葉は行政主導女性学で、導入されてきたのだ。そこから見えてくる、女性学・行政・女性運動に関わる問題について考察してみたい。

「ジェンダーフリー」の導入

昨年末、私は「ジェンダーフリーをめぐる混乱の根源」と題する文章を書き、それが『くらしと教育をつなぐWe』というフェミニズム系ミニコミ雑誌に掲載された。(2004年11月号、2005年1月号)

論旨をまとめると、以下のようになる。「ジェンダーフリー」という言葉は和製英語であり、ここでの英語の「フリー」の意味は日本で連想されるような「自由」ではない。むしろ、英語を母国語とする人たちは、「〜がない」という意味に捉えてしまう。この言葉を日本で最初に使ったと言われるのは、東京女性財団が主導したパンフ『Gender Free』作成プロジェクトだ。そのプロジェクト報告書において、パンフ作成に関わった三名の学者の一人、深谷和子は、「ジェンダーフリー」という概念を最初に紹介したのはアメリカの教育学者、バーバラ・ヒューストンであると言い、ヒューストンの論文「公教育はジェンダーフリーであるべきか?」を引用した。その後、他の学者たちや運動団体も、「ジェンダーフリー」は元々はヒューストンが使っていた概念であるという主張を重ねていった。2

しかし、 実はヒューストンは、平等教育の達成には不適切なアプローチとして「ジェンダーフリー」を批判し、「ジェンダー・センシティブ」(ジェンダーに敏感)な教育こそが必要という立場をとっていた。すなわち、「ジェンダーフリー」という概念は、日本においてアメリカ人学者の論文の誤読に基づく引用によって紹介され、権威づけられた。そしてこの言葉は、行政の講座、行政の助成事業としての市民団体の活動などを通じて、広げられた。ヒューストンの誤読に基づく引用が続く一方で、「ジェンダーフリー」は「ジェンダーからの解放」を意味する(大沢真理『21世紀の女性政策と男女共同参画社会基本法』ぎょうせい 1998)といった異なる、新たな解釈も生まれてきた。だが、その意味のズレに関して女性学内での議論はなかった。そして、保守派は「ジェンダーフリー」の意味の曖昧さにつけこみ、攻撃を開始、行政はそれにひるみだした。例えば、「ジェンダーフリー」を紹介し、積極的に広め、そして男女混合名簿も推進してきたはずの東京都が「ジェンダーフリーに基づく男女混合名簿の廃止」などという通達を出すような状況なのである。

この、「ジェンダーフリーをめぐる混乱の根源」は、無名な私が書いたミニコミ雑誌掲載の小論だった。だが、上野千鶴子氏のインタビュー記事がたまたま同じ号にあったからか、その号が反響をよんだらしかった。そして、私の文章が岩波書店『世界』の「ジェンダーフリーって何?」特集に掲載された汐見稔幸氏の論文中で引用された。( 「生きやすい、働きやすい社会をつくる、ということ:市民的公共性と男女共同参画」『世界』2005年4月号p.87)

それから思わぬ方向に発展していくことになる。バックラッシュの急先鋒である統一協会系メディア『世界日報』が、汐見氏の文章中の私の引用を挙げながら、ヒューストンは「ジェンダーフリー」ではなく「ジェンダー・センシティブ」でなければいけないと主張し、「『女らしさ』が差別の原因になるからと否定するのではなく、『女らしさ』に繊細に対処しながら行う教育が必要ということである」などという無理な解釈をしているのだ。これは、当然ながら大きな間違いである。敏感になるべきは、 ジェンダーに基づいた差別であり、「女らしさ」に繊細なれなどとはヒューストンも私も全く書いていない。『世界日報』お得意の故意の曲解による悪用だ。『世界日報』は、私の肩書きを当初「ジャーナリスト」として紹介しているが、『We』に私は「シカゴ大学東アジア研究センター研究員」として紹介されている。 3 要するに、私の原文を読みもせず書いたと思われる記事なのだ。迷惑かつお粗末なことである。

『世界日報』をはじめとする右派は、インターネット上で積極的に反男女平等キャンペーンを行っている。私は自分のホームページ4にもこの文を掲載しているのだが、それがネットの様々なところで引用されたり、議論されるようになった。しかも右派が積極的にネットを活用しているため、『世界日報』の曲解に基づく私の文章の引用があちらこちらで見受けられる。 逆に、私自身の関わるサイトや、他のフェミニズム系サイトなどでも議論になっており、私の文章に関して様々な解釈が混在している現状なのだ。

「ジェンダーフリー」概念導入をめぐる本当の問題

私の文章が議論されている様をみると、「誤読」問題にばかり焦点が当たってしまっているようだ。確かに論文の「誤読」をし、それを放置し続けた学者や行政のお粗末さは、女性学者の端くれである自分自身への反省も含め、批判されるべきだと思う。だが、私は「誤読」を指摘したことで、アメリカの学者の言うことをそのまま正確に日本に導入すべきと主張しているわけでは決してない。欧米学者の言うことを権威づけに使うという行政や学者の体質、そして具体的な「誤読」の方向性を問題にしているのだ。実際、誤読はさておき、東京女性財団の「ジェンダー・フリー」定義自体にさして問題はないと捉える意見も目にする。だが、私はこれこそが大きな問題だと思う。

東京女性財団によれば、「ジェンダーフリー」という言葉は 、「性別に関して人々が持っているこうした『心や文化の問題』をテーマにするために」使ったという。(Gender Free 1995)  つまり、性差別撤廃のために制度を変えて行くことより、むしろ個人の心の持ちように還元させる、保守的な言葉だった。この「ジェンダーフリー」は、東京女性財団が引用元であると主張したヒューストンの主張とは、180度異なるものだ。ヒューストンは、性差別をなくすために具体的に教育現場での制度、実践などを変える ことが最重要であり、そのための情報を収集するために常にジェンダーに敏感であるべきだと主張しているからだ。

誤読の背景に見えてくる、東京女性財団の主張する意識啓発と、ヒューストンの主張する具体的な変革の間の「ズレ」こそが問題ではないのだろうか。個人の「意識」に焦点を当てることで、日本の行政が大好きな、市民の啓蒙に仕立てることができたのだ。 そして「お勉強しなければわからない概念」であり、意識啓発が目的の「ジェンダーフリー」が生まれた。この概念が、東京女性財団や国立女性教育会館などでの行政講座などを通じて、中央から地方へ、官から民へと広められていったのである。

おそらく、行政は制度や実践を変えるよりも、「意識啓発」や「啓蒙」が安全で簡単だと考えたのではないだろうか。行政として具体的に取り組むべき問題よりも、市民ひとりひとりの心のありかたに責任を転嫁しているとも言え、行政のするべき仕事としては本末顛倒である。そして、実は現在「バックラッシュ」の中心になっている、宗教右翼といわれる勢力が一番嫌うところが、信教の自由とも絡んでくる意識啓発だったという皮肉な状況が生じているのだ。

「安全」なはずの意識啓発ばかりに流れがちだった行政は、右翼勢力のバックラッシュに抵抗するだけの覚悟もなかった。その最たる例が、元大阪府豊中市男女共同参画センター館長の三井マリ子さんを、右派勢力の圧力に負けた豊中市が雇止めにしたことだろう。現在、三井さんは豊中市を相手取り、裁判を闘っている。

「ジェンダーフリー」でないと特性論を超えられないのか?

「混乱の根源」を執筆していた同時期に、斉藤正美さんとの共同企画、上野千鶴子さんの研究室との共催で、「ジェンダーフリーをめぐる女性学・行政・女性運動の関係」という集会を東京大学で開いた。この集会の質疑応答のときに、「男女平等」では性別特性論を超えられず限界があるので「ジェンダーフリー」を使ったという意見が会場から出た。その後気をつけて見ていると、女性学者の集会などでの発言、教育組合女性部のニュースや行動要請、各地の条例審議会での議論などで、この論が広く流通していることがわかった。

男女平等教育では特性論を超えられないという論は、女性運動の歴史を考慮にいれていないものであるといってよい。女性差別撤廃条約の批准、そして家庭科共修の実現を経て、制度的には男女特性論は消えたはずだ。これは、女性運動の成果だ。そして、現在「ジェンダー・フリー教育」運動の一部としてくくられがちな男女混合名簿運動は、80年代から続く息の長い運動だ。男が先、女が後の名簿という、毎日学校で使われ、学校生活のあらゆる場面で影響を与える、明らかに性差別的な慣習を撤廃しようという、男女平等教育にむけての運動であったはずだ。このように女性運動が推進してきた男女平等教育は、当然ながら特性論など超えたものであった。もし男女平等は性別特性論に基づくなどと文部省が言っていたとしても、行政の提示する言葉の定義にそのまま従う必要があるとは思えない。「その定義は違う」と言い、それに変わる定義を提示すればいいことだ。

「ジェンダーフリー」という、行政と、行政に密着した学者が発案した、上から下りてきたカタカナ言葉に逃げず、「男女平等教育」の意味を変革していくという方向もあったはずなのだ。

「ジェンダー」概念の登場と広がり

「ジェンダーフリー」は和製英語だが、反面「ジェンダー」は英語にも存在する言葉だ。世界中で広く学術用語としても、国連や政府文書などでも、日常生活においても使われている。だが、「ジェンダーフリー」バッシングに端を発し、「ジェンダー」も右派の攻撃の対象となっている。

この「ジェンダー」概念は日本でいつ頃、どのように広がってきたのだろうか? NWECの女性情報CASSデータベースを使って、新聞記事における「ジェンダー」という言葉の登場回数の推移を調べてみた。5 すると、「ジェンダー」が新聞上で急速に使われるようになったのが1995年から1998年にかけてだった。これが第一の波であり、1995年には、前述の東京女性財団報告書が出版された。同時に東京女性財団は「ジェンダーチェック」リーフレットや冊子をシリーズとして90年代後半まで数多くの学者たちと連携し、発行していった。そして、同様なプロジェクトを各地の自治体も始めていった。その後、96年には「男女共同参画ビジョン」において、「ジェンダー」という言葉が登場する。女性学においては、95年に岩波『ジェンダーの社会学』本が出版され、前年94年から発行を開始した『日本のフェミニズム』シリーズも相まって、「ジェンダー」概念を解説しながら、規範文献や巨匠づくりを行っていた時期だともいえる。つまり、この時期、行政と女性学は同じ方向を向いて「ジェンダー」概念を広報していたのだ。そして、第二の波はその後 、2000年から2002年頃に表れる。この時期は、「ジェンダーフリー」関係の記事が急増した。1999年の男女共同参画社会基本法の制定、その後2000年あたりからの男女共同参画条例運動の広がりなどが大きな影響をもったと思われる。そして、行政に深く関わる女性学者や、行政出身の学者による書籍類が多く出版された。例えば、館かおる・亀田温子『学校をジェンダーフリーに』の出版は、ちょうどこの時期の2000年であった。こういった教育啓発本の出版や女性センターなどでの講座などを通して、「ジェンダー」概念が広がっていったのだ。言い換えれば、行政と女性学の一体化が、条例運動や「ジェンダーフリー」教育運動を通じて、ますます顕著になった時期ともいえる。

この原稿を書くにあたって、編集の百瀬さんに、JASEが過去にどのように「ジェンダー」を扱ってきたかを知りたいとお願いしたところ、過去の「ジェンダー」関連の記事が掲載されている出版物を送ってくださった。それを見てみると、最初に「ジェンダー」という言葉が表れるのが1980年、青木やよひさんの「男らしさ・女らしさって何だろう?」という文だ(『現代性教育研究』1980年8月号)。それ以後、百瀬さんによればしばらく「ジェンダー」という言葉はJASE出版物からは消えていたとのこと。そして再登場するのが99年 、兵藤智佳 『「ジェンダー」って何?』(『現代性教育研究月報』1999年2月号)である。 前回の登場から約20年のギャップがあるが、99年当時にはすでに資料室には東京女性財団のものを始め、ジェンダー関連の書籍が置かれ、学者たちの講演会やセミナーなどで話を聞く機会もあったという。行政と行政に近い学者たちが敷いたレールの上を、他の多くの運動体同様に、JASEも歩んできた軌跡が見えてくる。

官製「ジェンダー」?

右派は、「ジェンダー」という考え方が「性差を解消」し、「過激な性教育」や「男女同室着替え」を生み出すなどとデマを流しながら、「ジェンダー」の意味を攪乱させている。この状況を受けて、10月31日付けで、内閣府の男女共同参画局基本計画に関する専門委員会が「社会的・文化的に形成された性別(ジェンダー)の表現等についての整理」という文書を出した。

この文書は、ジェンダーを「社会的・文化的に形成された性別」と定義している。そして、「社会通念や慣習の中には、社会や文化によって作り上げられた『男性像』、『女性像』があり、人々は成長するにつれ、『男性に期待される行動』、『女性に期待される行動』を行うようになる。このようにして形成された男性、女性の別を『社会的性別=ジェンダー』という。」(p.2)と述べている。

ここでの、「性別」という表現は、確かに男女という二つの性の間の差異を連想させる「性差」より若干マシかもしれないが、「性別」という言葉自体にも、「男」と「女」というカテゴリーに2分化して固定化する意味合いが強いように思える。この文書が掲載されている、国際機関の定義との微妙なズレを見ると、その特色が見えやすい。例えば、「特定の社会が男性及び女性にふさわしいと考 える社会的に構築された役割、態度、行動、属性」(WHO)、「男性または女性 であることに関連する経済的・社会的・文化的属性や機会」(人口基金)、「男性あるいは女性であることに根ざす社会的態度、機会、及びあらゆる男女間、少年少女間の関わり方を指す(OSAGI)」などの定義は、「分けること」そのものよりも、社会や文化が性に付与する性質や、性の間の関係性のほうに目がむいている。また「年月により変化し、それぞれの文化内 や異なる文化間で広い変異の幅を持つ」(EU)などの定義は、「性別」という定義よりも、変化や多様性を認める点を強調しているものだ。

また、この文書は、「ジェンダーに敏感な視点」を、ジェンダー=社会的性別の存在に気づく視点であると解説している。だが、存在に単に気づけばいいのだろうか?前述した、ヒューストンの「ジェンダー・センシティブ」は、あくまでも教育現場での性差別状況に対して、それをなくす目的で具体的な対策を施していくための情報を収集するという目的をもっていた。だが、この男女共同参画局の文書では、「何のために気づくのか、気づいてどうするのか」という点が明示されていないのだ。

また、この文書によれば、「ジェンダー」によってとらえられる対象の中には見直しが適当とされるものとされないものがあるという。 「固定的な役割分担」または「偏見」などが見直しが必要とされるものに当たるという。そして、男女の服装に関する違い、習慣などの見直しはいらないと言うのだが、本当にそうなのだろうか?これらに基づく差別があるとしたら、見直しが必要なのではないか。例えば、「女性だからスカートをはかねばならない」というような規範の押しつけがあったら、それは女性差別であろう。

ジェンダーは「中立的」な概念である、という主張が何度も繰り返されているのも目につく。ジェンダーは、「対象をとらえるための道具であり、例えば、これまで見えにくかった対象の姿が明らかになる立体メガネのようなものである」(p.3)のだそうだ。ジェンダー=立体メガネ説というのは初耳だが、その立体メガネを使って 見えにくい対象の姿が見えたとして、それからどうするのかこそが問題なのではないだろうか。見えればよい、というものではない。ジェンダーを正しく理解さえすれば、差別はなくなるというのだろうか?

「ジェンダーフリー」が東京女性財団によって「意識」レベルの問題にされ、行政が守りに入っていったのと同様なプロセスが、この男女共同参画局の文書でも見えてくる。頻出する「中立」という概念に、「客観性」への過剰なこだわりも見て取れる。だが、性差別を撤廃するという方向性を明示せず、男女間の「権力」関係を問題視するという視点が欠落している中で、「ジェンダー」概念を語ることに意味はあるのだろうか。

日本政府は女性差別撤廃条約を批准している。性差別を撤廃する義務を負っているのである。また、男女共同参画社会基本法は、本来性差別撤廃のために作られた法律ではなかったのか。その肝心な「性差別撤廃」という目的が、男女共同参画局による「ジェンダー」解説文書の中で明示されておらず、そのかわり「中立性」などという語句が踊っているのだ。 いったい「ジェンダー」概念にこだわる理由は何なのか?これでは本末顛倒である。

もともとは、ムズかしいお勉強の対象として、行政の啓蒙講座などを通じて広がってきた「ジェンダー」概念だったが、ここにきて誤解が広がり、簡単に説明する必要が生じた。が、個々のケースへの具体的な対策を議論するのではなく、「ジェンダー」概念だけを取り出して抽象的な説明をし、その定義にばかり注目が集まるということ自体がおかしくないだろうか。そもそも、「ジェンダー」が正しく理解されていないから男女共同参画社会が実現していないというような前提こそが変である。他に理由があるのではないのか。

いつも同じようなメンバーで構成される行政主導の専門家の集まりが、「ジェンダー」概念を定義し、それが官から市民へ、中央から地方へ下りてくるという状況は、「ジェンダーフリー」と同じだ。この構造自体を変えて行く必要もあるのではないだろうか。下から、運動の現場から、それぞれの地方から、どのような概念が何のために必要なのかを提示し、議論していくことが必要なのではないか。少なくとも、日本の女性運動は行政をリードしてきた歴史をもってきたはずだ。

脚注

  1. 12/8/2005 読売、12/14/2005 朝日
  2. 例えば性教協は、以下のように「ジェンダーフリー」について説明している。「本来「ジェンダーフリー」という用語は、アメリカのバーバラ・ヒューストンが「性別に関して存在する決めつけからの自由」、すなわち性別による偏見からの解放という意味で用いているのを、日本では東京女性財団が紹介し広まったものです。」(性教協  http://www.seikyokyo.org/news/news_30.html
  3. 「世界日報サポートセンター」http://ameblo.jp/senichi-ss/theme-10000119402.html)当初、『世界日報』に掲載されたオリジナル版の記事。私の肩書きが「ジャーナリスト」になっているバージョン。)『世界日報』サイト、「袋小路の欺瞞思想(ジェンダーフリー)」にも同記事の改訂版が掲載(内容が若干変わっており、私の肩書きも訂正されている)。http://www.worldtimes.co.jp/wtop/education/gender/html/050417.html(現在、閲覧にはパスワードが必要な模様)
  4. 斉藤正美さんと運営しているサイト「ジェンダーフリー概念から見えてくる女性学・行政・女性運動の関係」に掲載している。
  5. 斉藤正美、山口智美 「ジェンダー」を含む新聞記事件数及び関連年表
    経年グラフ