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私のフェミニズム研究の原点としての「行動する女たちの会」

執筆者:山口智美

(元々は『行動する女たちの会資料集成』(六花出版)の解説文の冒頭部分用として書いた文章ですが、字数削減の必要がありカットしたものです。)

私のフェミニスト研究者としての原点、それが「行動する会」だった。 1996年、当時アメリカのミシガン大学の大学院生だった私は、博論のためのフィールド調査を行う目的で東京にやってきた。日本での活発なフェミニズム運動の実態を調査するという計画で、とくにどのグループに焦点を当てるとはその時点では決めていなかった。そして、 「聞いた事ある有名な団体だな」という程度の認識しかない中で、行動する会に連絡をとってみた。だが、その時、会はすでに解散の話し合いを進めている最中だったのだ。結局、私が二回目に新宿区曙橋にあった、会の事務局「ジョキ」に行ったときの会議で、解散が決定。「行動する会」の最後の新入会員となった私ではあったが、会の活動への参加は、 解散決定の会議と、その後の事務局の片付けと掃除、そして打ち上げパーティーだけだった。

本来の博論研究計画からいったら、私が会に行ったときはすでに遅すぎ、会の解散とともにこの会の調査は終わるべきだった。でも、私はこの会こそに強く惹かれた。それはおそらく「解散」というタイミングだからこそ 、この会の運動をどう振り返り、どのように解散し、歴史に位置づけるのか、という分厚い議論が、まさにそこで行われていたからだったように思う。

そんな中で、会の歴史の前半10年間に中心的に活動していた人たちが、会の歴史をまとめるプロジェクトを進めていることを知った。そのプロジェクトの成果は 『行動する女たちが拓いた道——メキシコからニューヨークへ』(行動する会記録集編集委員会編 未来社 )としてまとめられ、1999年に出版された 。このプロジェクトに興味を覚えた私は、新宿御苑前にあった、中島通子さんの法律事務所で行われていた編集会議に出席した。1997年4月のことで、この時私が 参加したのは、4度目の編集会議だった。中島さんのほか、吉武輝子さん、駒野陽子さん、金谷千都子さんなど、今は亡くなられたそうそうたる会の元会員たちも出席していた 。そして、一度参加しただけでいつの間にか私は編集委員の一員ということになってしまった。

その後、2年近くに渡って中島通子法律事務所で、ひと月に一度程度のペースで開かれた編集会議に通い続けた。いきなり編集委員会に飛び込んでいった私は当時20代で、世代的には図抜けて若かったが、参加して意見を言うことは歓迎され、中島さん、吉武さんから私まで、皆でお茶の準備や片付けをしたりもした。そしてお互いの呼び名は、それぞれの職業や世間的な著名度がどのようなものであろうとも関係なく、「先生」ではなく「さん」だった。私は中嶋里美さんとともに、マスメディア抗議の章を執筆し、さらに、山田満枝さんと小林みち子さんとともに、年表作成を担当することにもなった。そのため、 中嶋さん、山田さん、小林さんとは何度も会って長時間作業をし、食事もともにし、その中で行動する会についての様々なお話を伺ったりもした。

要するに私自身も、行動する会の解散に至る過程と、その後の歴史をまとめるプロジェクトに参加して、 行動する会の「平場」の実践を体験したことになる。さらに会員たちの会や、執筆の際に掘り起こした様々な資料への思いの大きさも、作業に共に関わりながら、会員たちの語りを通じて理解することとなった。

そして、編集委員会の場で聞いた、会の歴史、および日本の女性運動 の話は、私にとっては興奮の連続だった。過去の自分たちが関わった運動へのノスタルジアとして歴史は語られるだけではなく、当時進められていた「男女共同参画社会基本法」づくりのプロセスへの疑問や、「男女共同参画」という行政主導でつくられた概念への批判、および女性運動の方向性への問い直し等を議論する中で、行動する会の歴史が位置づけられ、議論され、語られていたのだ。すなわち、 歴史は過去を懐かしむためだけに語られるのではなく、現在を問い直すためこそに、その解釈も含めた議論が熱く行われていた。「こんなにすごい話を私だけが聞いていていいのか」と会議に出るたびに思ったのをよく覚えている。

同時に、そこで多々言及されていた70年代中盤から80年代にかけての運動の歴史について、 「なぜ、私はこんなに知らなかったのか?」と 衝撃を受けた。 もちろん 私の不勉強もあるだろう。だが、それだけではないのではないか? これは、私が博論研究を通して問い続けた課題となり、その後のフェミニズムに関する調査研究においても、常に「なぜ行動する会の歴史は抜け落ちてきたのか?」「今でもまた落とされ、書き換えられていくのはなぜか?」という問いは、私が様々な局面で立ち戻る問題であり続けた。(注)

(注)例えば、双風舎編集部編『バックラッシュ!—なぜジェンダーフリーは叩かれたのか』(双風舎2006)に寄稿した「ジェンダーフリー論争とフェミニズム運動の失われた10年」という拙論は、 行動する会へのオマージュという意味もこめて書いたものだった。本資料集に収録されている「男女平等教育をすすめるシリーズ」パンフレットなどにおいて、行動する会が目指した「男女平等教育」は、明らかに男女の特性論を乗り越えたものであり、人々の意識、社会構造両方を問題として捉えたものだった。2000年代の「ジェンダーフリー」をめぐる論争においては、「男女平等教育」は制度に関することに限定されるとか、特性論は超えられないなどという主張がなされていた。少なくともこれは行動する会が主張してきた「男女平等教育」とは大きく異なり、これでは行動する会の教育分科会の運動の積み重ねはなかったことにされてしまう、という危機感のために執筆したものだった。

田村哲樹氏の書評に応える 「再帰性」を糸口に

田村哲樹氏によるシノドス・ジャーナル掲載の「社会運動は『戸惑って』いるのか? あるいは、『失われたもの』をどのように取り戻すのか?」は、『社会運動の戸惑い フェミニズムの「失われた時代」と草の根保守運動』(以後、『戸惑い』本、と略す)に関する書評である。『戸惑い』本については、刊行後、幅広い方から書評やコメントをいただいているものの、男女共同参画と関わりの深い女性学・ジェンダー学者からは表立った応答はまだいただいていない。そんな中、ジェンダー学や男女共同参画政策に関わりが深い田村氏が書評を書いてくださったのは、大変うれしいことである。

田村氏は、『ジェンダー法・政策研究叢書』や『ジェンダー社会科学の可能性』シリーズなど大沢真理、辻村みよ子といった女性学・ジェンダー学者が編纂する叢書でも論考を執筆している上、ご自身もフェミニズムに関する単著『政治理論とフェミニズムの間 国家・社会・家族』を著している。

さらに田村氏は、名古屋大学男女共同参画室に所属した経歴をもち、愛知・岐阜・三重の三県下自治体などで男女共同参画審議会委員や講座講師を務めるなど、男女共同参画政策にも深い関わりをもつことを自著でも明らかにしている(田村2009:200)。

一方同氏は、政治の規範理論では、異なる人々の間で「『熟慮し議論する』こと、その結果として選好が変容することの重要性」を唱えるなど、民主主義社会における政治過程として「熟議」や「熟議民主主義」を重視している論客としても知られる(田村2008;2010)。
実は、田村氏への応答については、書こうと思ったにもかかわらず、なかなか考えがまとまらなかった。うんうんうなって1ヶ月余り、なぜ田村氏へのレスが書きづらいのか、ようやく私なりにわかったことがある。

それは、田村氏の書評が、現実の男女共同参画政策やフェミニズム運動の実態とは別個に、いや、別個にというとちょっと語弊があるかもしれないが、直接関係することを避けた点も多い議論であったことが大きいと思う。そのために、あくまで現実に即した議論をしたい私は、どうやって議論していいか、考えあぐねたことがあったように思う。

1)現実から離れていく議論

近年、フェミニズム研究が運動から生まれたにもかかわらず、次第に現実に即した問題群より 構築主義、「ジェンダー概念」といった理論系の仕事を評価する流れが強くなっているように思う。そして 2000年代半ばにおきた対抗運動については、「バックラッシュ」と批判しつつも、それがどういった人々の動きであるかの実態調査も行われなかった。そうした事態に対し、 男女共同参画政策の現場での実態を踏まえて問題提起することが重要だと考え、政策立案過程とフェミニズム運動の双方に関わる中での経験を践まえ、新たにいくつかの事例について調査を加えたのが、私にとっての『戸惑い』本であったとも言える。

フェミニズム運動については、私自身1980年代初めから富山での運動に関わってきたし、またフェミニズム研究については、論文や書籍など文献のみならず、1990年代初めからフェミニズム研究者との交流経験も少なからずあった。一方、男女共同参画政策については、1990年代初めから2000年代初めまで、断続的ではあったが、15年間にわたり、富山県高岡市で市の女性政策立案過程にかなり時間を割いて関わってきた。関わっていない時期も女性運動には関わってきたので、関心を注いできた。

さらに『戸惑い』本における著者のスタンスについては、「斉藤・山口はフェミニズム研究や運動に当事者として深く関わってきている。ここで指摘したことは、決してどこかにいるフェミニストや女性学・ジェンダー学者らのことを指しているのではない。これは筆者自身へとはねかえってくる自省の物語であり、どうしてこうなったのかという省察でもある」(ローマ数字の4頁)としている。

こうした問題認識に立って書かれた『戸惑い』本について論ずる田村氏の書評だが、現実から離れた議論が多いように私には映った。

その理由の第一に、田村氏が 直接的に関連するテーマについてご自身が 研究を行ってきたことに触れていないことがある。田村氏には、山口県宇部市の男女共同参画条例について論じた先行研究があるが、書評では触れられていない(田村2006a)。 さらに、田村氏は書評において、「この時代を、これまでのフェミニズム・女性運動の成果の帰結としての男女共同参画社会基本法の制定とそれに基づく様々な政策の形成によって肯定的に評価する立場もあるだろう」と述べている。

しかしながら、田村氏自身こそが「1990年代後半以降の日本においてはナショナル・マシーナリーとしての内閣府男女共同参画局を中心に、ジェンダー平等政策の推進が図られてきた」(田村2006a:92)と男女共同参画社会基本法の制定とそれに基づく様々な政策を肯定的に評価し、実際にも取り組んでいる立場であることには触れていないのだ。

このように、『社会運動の戸惑い』に書かれた内容について田村氏の具体的な経験があるにもかかわらず、そうした自身の先行研究やそこで下してきた男女共同参画条例や政策への評価についてはまったく触れないままに、第三者の視点に立ち『戸惑い』本について批判的な議論をしていくのである。こうした田村氏の議論の進め方から、議論が現実より離れて、抽象的な次元に向かっている印象が避けられなかった。

また、論文における考察のみならず、田村氏は、自身がいわゆる「バックラッシャー」の批判を受ける立場になるという経験も持ち併せているようだ。本書5章で取りあげた福井の近藤實氏は、2008年4月6日以降「名古屋大学男女共同参画室への苦言」メールを何度も出したことをブログで報告している。そこでは名古屋大学サイト上に掲載されている、田村氏執筆の名古屋大学のジェンダー関連授業に関する文書(田村2004)が近藤氏から批判の対象とされている。

近藤氏から批判の対象となったのは、田村氏も執筆に加わった『ジェンダーを科学する――男女共同参画社会実現のために――』(ナカニシヤ出版)であった。自身も執筆者である書籍が批判対象となっている以上、当事者意識がないとは考えづらい。だが、こうした自身の具体的な経験についても書評ではまったく触れられていない。

田村氏は、本書を批判する際、本書が「『具体像』『現実』を明らかにするというより『批判』の方が強く出ている」と難じるが、同じ事象について自身が先行研究を執筆していることや、自身が草の根保守運動家から批判されたことがあることには触れないままに、当該事象について論評している。田村氏は、「価値の出すぎない」公平な論評を目指すというがために、自身の先行研究の有無や、当該事件との関わりも示さなかったのだろうか。だが、それを示さず、あくまでも第三者的視点からのみ論評することは、果たして「公平な論評」だと言えるのであろうか。

さらに、田村氏は、政治理念を語る際には、熟議や熟議民主主義を重視していると主張している(田村2008;2010)。本書で描かれている保守運動家の姿や思いをどのように受け止めたのか、男女共同参画政策を進める側として、また攻撃を受ける側の当時者として自身がどのような思いや考察をしたのか。こうした論点について、田村氏が重視されている熟議という観点からの分析を伺えると、現実の政治過程において熟議という概念を実践的に考察することになってより一層興味深かったように思う。

2)ジェンダーフリー誤読問題への突出した関心

ここまでは、田村氏が書かなかったことについて記した。だがこの書評について、田村氏は「『書評』といっても、およそ1万6千字くらいありますので、かなり異例ですね。」と自身のブログで述べている(田村2013)。では、このような原稿用紙40枚を越す、いわば一つの論文に匹敵する長文の書評で、田村氏は何について記述しているのか。

田村氏書評では、最初に『戸惑い』本についての概要が示され、次いで、詳細なフィールドワークを通じて、保守運動の実態と男女共同参画条例制定をめぐる地方政治の政治過程を丹念に描き出している、という本書の意義が記されている。ただ、意義の部分は500字とごく短い。『戸惑い』本を紹介する概要部分を含めたとしても、全体の1割程度である。そしてそれ以外の、全体の9割近くが「本書への疑問また論点」から成っている。

では、田村氏は本書のどこに興味を示しているのか。田村氏がもっとも大きな紙幅を割いて論じているのが、一章「ジェンダーフリー」とその「誤読」問題についてである。「ジェンダーフリーの誤読」問題については、学者が行った誤読を明らかにした山口が論じるだろうから私は立ち入らない。しかしながら言えることは、このテーマについての田村氏の記述箇所は、5000字近くであり、書評全文の27%を占めている。 草の根保守運動に関する記述が500字程度で約3%であったのに比べ10倍の分量を占める。田村氏がジェンダーフリー誤読問題に寄せる関心の高さが示されている。

そもそも、田村氏が縷々論じている「ジェンダーフリー誤読」問題の論点は、『戸惑い』本では、「バーバラ・ヒューストン誤読事件とその後の混乱」というわずか2ページ弱の小節である。単に、誤読事件とその後の顛末を簡略に示しただけで 本書全体では決して大きな扱いではなかった。当初、この箇所は、別の媒体で既出なので外そうかという意見もあったくらいだ。

それが評者にかかると書評の三分の一近くを占めるとは、英語原典に当たることなく学者が次々に拡散していったという誤読問題をめぐる経緯が、田村氏にとっていかに大きな問題であるのかを改めて浮き彫りにしている。

しかも、「ジェンダーフリー誤読」問題についての田村氏の主張が、「『完全なる誤読』とまで言えるかどうかは、疑問である」というもので、弱い主張に分類される議論である。そうした幾分差し挟む疑問といった程度の主張が、全体の3分の1ほどまでの大きな紙幅を占めているわけだ。これは、田村氏の関心が現実的な男女共同参画政策よりも 学者による誤読をめぐる議論というジェンダー学者絡みの課題に向いているということを映し出しているようにも思える。

3)「再帰性」:政治学での注目と批評での消失

田村氏が真っ先にあげた批判は、「フィールドワークに基づく記述だけではなく、著者たちの2000年代フェミニズムに対する価値判断がはっきり表れている」という点にあった。「本書がフィールドワークに基づく記述を謳うのであれば、その記述をもう少しフィールドワークで得られた知見に止めるべきではなかっただろうか」というのである。

そして、「具体像」「現実」を記述するはずの箇所に、「しばしば、『上から』『外部から』への、あるいは『啓発事業』中心の男女共同参画への著者たち自身の批判的な評価を差し挟むものとなっている」と田村氏は述べる。さらに、「後半は『具体像』『現実』を明らかにするより、『批判』の方が強く出ているのである」や、「学術書として見る限りでは」「批判の対象となり得るのである」とする。すなわち、価値判断が出過ぎるものは「学術書」としてふさわしくないと田村氏は主張する。

ところで、田村氏は、宇野重規・田村哲樹・山崎望『デモクラシーの擁護 再帰化する現代社会で』(ナカニシヤ出版)において、「再帰性」という言葉を「現代の社会理論においてもっとも注目の集まる概念の一つである」(宇野・田村・山崎2011:ローマ数字の3)とし、「キーワード」として積極的に使っている。その際、「再帰性(リフレクシヴィティ)」という概念は、「自らや自らの行為を振り返ること、またその反省の結果として、自らが変わっていくこととして理解しておきたい」(宇野・田村・山崎2011:ローマ数字の3)と説明する。

「熟議」と同様に、この「再帰性」も自らの行為や経験を通して「変わっていくこと」を重視する考え方と言えよう。田村氏が「行為を振り返ること」「反省の結果として自らが変わっていくこと」を重視されていることが見てとれる。

一方、1970年代以降のウーマンリブやフェミニズム研究は、社会を再定義し再解釈することに取り組んで来た。個人的なこと、日常的なことが政治的な力関係につながっていること(「個人的なことは政治的である」)から、日常生活に根を持った権力とどう闘うかを考えたからだ。そうした潮流の一つに、学問や知を再定義する流れもあり、分厚い蓄積が存在する(例えば Harding 1986; Haraway 1988; Ramazanoglu& Holland2002 など多数)。

フェミニストによる社会科学を再解釈する初期の取り組みであるスタンレーとワイズによる『フェミニズム社会科学に向かって』(勁草書房)を例にあげる。ちなみにこの書は、初期の研究であるため、運動との関わりについての問題認識を強く残しており、また研究と経験との関わりについて深く追求している。そこでは、研究と研究者の関係は次のように再定義されている。

 『研究』とは、ある人間を媒介して生起する過程である。研究者は、常に不可避的に研究の中にいるのである。そう公言されているかいないかは別として、研究者の存在は否定できない。(スタンレ−&ワイズ1987:257)

それは、研究者と研究が密接に絡み合うからでもある。以下、引用する。

 私たちがどのような人間なのか、そしてどのように研究を経験するかは、私たちが何を見、何をするか、またどのような出来事を解釈し、構成するかといった問題にとって決定的な影響を与える。フェミニストにとってこれらの経験は研究結果についての議論からはずされるべきではない。はずすようなことをする限り、私たちは従来男性がしてきた「研究」や「科学」の神秘化を単に繰り返すだけにとどまる。またそうすることで個人的なものや日常的なものを過小評価することにもなるだろう。(スタンレ−&ワイズ1987:75)

研究者はどこでもない場所に立ち、「中立」に判断を下す存在などではなく、研究過程に自身が立ち入っていることを広く認めることを主張する。さらに、真実や客観性という概念すら、研究者自身の行為や価値観を含んだ社会的経験に他ならないと、次のように述べる。

 「真実」は社会的構成物であって、その意味で「客観性」と同じように、経験から構成されるのである。しかも実際これらの経験は「嘘」や「主観性」と同一なのである。したがって、すべての研究はそれが一人の人間の眼をとおして「現実」を見、構成するという意味において「フィクション」である。(スタンレ−&ワイズ1987:251)

フェミニズム研究における再帰性は、「総じて、権力関係ならびに研究過程で生じる力関係を明らかにしようとする行為を指す」(Ramazanoglu2002:118)と理解されている。フェミニズムが学問の権力性を再考するために、糸口の一つとしたのが、「再帰性」の概念であった。

ウーマンリブ運動から発展したフェミニズム研究では、それまで学術研究から女性の経験が捨象されてきたことから、学術研究が「どこでもない場所」に立つことによって権力を持つことに敏感であったからだ。スタンレーらが述べている「研究者は、常に不可避的に研究の中にいる」という発送が研究や調査の過程で生じる権力関係に敏感な「再帰性」につながったといえよう。

別の表現をするなら、かつて、「学術」や「知」として正当であるか、ないかを決めるのは、「どこでもない場所」に立ちうる男性知識層だけであった。そのため、フェミニストたちは、自身の依って立つ立場を明らかにし、自身の経験を研究から除外せず、さらに自身がいかに研究対象に関与しているかという再帰性に敏感な研究を選択してきたのである。『戸惑い』本は、基本的にこうしたフェミニズム研究の流れを踏まえた研究実践であった。

一方、自らの「反省」や「変わっていくこと」を指す「再帰性」や「熟議」という概念を自らの政治学のキーワードと掲げる田村氏だが、フェミニズム本の書評である本論考においては 政治学者としての自身の理論的立ち位置とは異なる視座に立って分析しているように思われる。

書評では、自身が行った先行研究の存在や、保守派から受けた批判の経験、ならびに自身と女性学・ジェンダー学との関わりなどについての情報がすべて省かれ、「どこでもない場所」からの「中立」な論評者という位置をとっている。男女共同参画政策を論ずる書評で、書き手が自治体の審議会委員や講座講師を務めてきたことは読者にとって重要な情報である。しかしながら田村氏は、このような自身と男女共同参画との関わりについて一切触れないで考察する。

政治学の理論を論じる際には、「再帰性」や「熟議」を高らかに掲げる。翻って、『戸惑い』本の書評で、現実の男女共同参画政策の政治過程を論じる段になると、中立で学術的という伝統的な原理に立ち戻る。自分自身を問題とする「再帰性」に立ち返ることなく、「どこでもない場所」から当該書を批判する位置取りを確保する。

田村氏は、わたしたちの生きる後期近代という社会では、各人はさまざまなリスクに対して集団ではなく、自分自身で解釈し対処していかねばならない再帰的な社会であり、そうした個人の再帰的な行為が新たな構造を生み出す可能性へと開かれていると述べているが(宇野・田村・山崎2011:15-39)、氏が書評においてとった位置取りは、こうした後期近代の再帰性という秩序とは相容れないものと私には映った。

こうした田村氏の書評を読みつつ考えさせられたのは、現実社会との関わりは、フェミニズム研究の生命線であることの再確認であった。それと併せて、フェミニズムや男女共同参画というテーマにおいて、研究と男女共同参画政策や推進活動との連携はどうしたらいいのかということも考えるようになった。

私自身を含め、審議会委員や講座講師として招かれて男女共同参画に関わる研究者が多いが、そうした特定の自治体との関わりを持つ研究者はどこまで男女共同参画政策の実態一般について把握しているといえるのだろうか。私自身もそうであったが、調査研究をしていなくても、審議会委員や講座講師に指名されるだけで自身を男女共同参画の実態に詳しい専門家のように錯覚することも往々にして起きる。だが、居住自治体以外の地域に調査に出向いてさまざまな立場の方に聴き取りをする中から、指名されて参加する研究者の立ち位置から来る特権性や付随する視野の狭さも感じるようになった。

研究者の審議会参加をめぐる状況に関連しては、『戸惑い』本の4章都城の条例の特異性に関して述べている箇所で若干触れている(198頁)が、研究者の地域における男女共同参画政策への関わりの功罪についても議論していく必要はあると思う。

田村氏の書評を通じて、フェミニスト研究者として拠って立つ地点はどこにあり、何をめざして研究・執筆をしていくのかについて考えを深めるよい機会をいただいた。また男女共同参画について検証をすすめていく必要性についても考察することができたことにも感謝したい。
■参考文献
宇野重規・田村哲樹・山崎望2011『デモクラシーの擁護 再帰化する現代社会で』ナカニシヤ出版
近藤實2004「名古屋大学男女共同参画室への苦言」 http://plaza.rakuten.co.jp/manandwoman/15038/
スタンレー,L.&S. ワイズ、矢野和江訳1987『フェミニズム社会科学へ向かって』勁草書房
鈴木譲2006「言説分析と実証主義」佐藤俊樹・友枝敏雄編『シリーズ社会学のアクチュアリティ:批判と創造5 言説分析の可能性??社会学的方法の
迷宮から』東進堂:205-232
田村哲樹2004「名古屋大学がかんがえていること・やっていること」『学生のみなさんへ 男女共同参画室・法学研究科助教授田村哲樹 平成16年
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田村哲樹2006a「ジェンダー平等・平等戦略・制度改革??日本の『男女共同参画社会』政策の展開を事例として」宮本太郎編『比較政治叢書2比較福
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田村哲樹2006b「フェミニズム教育 同一性と差異の間で」シティズンシップ研究会編『シティズンシップの教育学』晃洋書房:162-179
田村哲樹2007a「デモクラシーとポジティブ・アクション ヤングとフィリップスを中心に」田村哲樹・金井篤子編『ポジティブ・アクションの可能
性 男女共同参画社会の制度デザインのために』ナカニシヤ出版:17-40
田村哲樹2007b「公/私区分の再定義」辻村みよ子編『ジェンダー法・政策研究叢書 第10巻 ジェンダーの基礎理論と法』東北大学出版会:225-
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田村哲樹2008『熟議の理由 民主主義の政治理論』勁草書房
田村哲樹2009「あとがき」『政治理論とフェミニズムの間??国家・社会・家族』昭和堂:195-201
田村哲樹2010『<政治の発見>第5巻 語る 熟議/対話の政治学』風行社
田村哲樹2011「シティズンシップの再構想 政治理論はどのようにパラダイム・シフトするのか」 辻村みよ子編『ジェンダー社会科学の可能性 第
3巻 政治と行政のジェンダー主流化』岩波書店:43-63
田村哲樹2012「『熟議』が現代社会を生きる基本スキルとなり、学校を変え、社会を変える」『ポスト3・1変わる学問 気鋭大学人からの警鐘』朝
日新聞出版:62-65
田村哲樹2013「書評」『tamuraの日々の雑感』2013年2月22日 http://d.hatena.ne.jp/TamuraTetsuki/20130222/p3
Alcoff, Linda & Elizabeth Potter eds.1993, Feminist Epistemologies, New York and London: Routledge.
Harding, Sandra 1986, The Science Question in Feminism. Ithaca, NewYork: Cornell University Press.
Ramazanoglu,Caroline & Janet Holland 2002. Feminist Methodology; Challenges and Choices, Sage;London.

(初出 2013年4月19日)

『季刊・ピープルズ・プラン』51号(2010)「ジェンダー平等」特集を読む 

執筆者:斉藤正美

「ジェンダー平等は日本でなぜ進まないのか」を読んだ。twitterなどでちらほら言及されたり、発売元のPP研サイトでもよく売れて在庫がなくなりそうと書いてあったりと大人気の特集号らしい。だが、私が住む富山では大型書店にも大学生協にも電話で問い合わせたが、どこにも入ってないことがわかった。仕方なく、わざわざ発行元から取り寄せた。いったいどういう人達が手に入れているのだろうと思いつつ手にとった。そして、一通り読んでみて、いくつかの現実的な議論を展開する論者を除き、この書き手たちが進めておられるのであれば、「ジェンダー平等」はうまく進むはずがないわ、と思ってしまった。

「ジェンダー平等は日本でなぜ進まないのか」という問いを投げかけられたら、まず自らがどのように関与してきたか、それをどう評価するか、を真っ先に考えるのではないか。しかし、本特集を読んで一番疑問に感じたのは、政策にも関わってきた船橋邦子らフェミニスト学者が自らの責任や課題に言及しないで、遅れている責任を「市民の意識の遅れ」や、法律や制度といった外部のみに押しつけていることであった。これまで深く関与してきた自分を棚に上げて「責任逃れ」をしているのだ。法律や制度を問題視すること自体はいいと思うのだが、この号に欠けているのは、運動への評価という視点だ。自らどう関わってきたのか、それを現在どう評価するのか、にはまったく触れないのだ。

結果、特集で書かれているテーマや内容がどっかで読んだことがある「ワンパターン」であり、「リブ」の過去がたりという「ノスタルジック」なものになっている。つまり、今起きている現実と向き合わずに、過去のリブを懐かしむ、自分とは無関係に理念や政策を批判するなど、現実感に乏しい特集企画であった。さらに、「ジェンダー平等」が何を指すか、わたしには最後までクリアにならなかった。これらの点は、「ジェンダー平等」特集を組んだ青山薫・千田有紀両編集委員のスタンスが大きく影響していると思われ、疑問に思うところである。

特集の目次が参照できます。

青山薫「特集のねらいと概要」は全文が読めます。

この特集のトップページに1660年頃のオランダの絵画があがっているのも、浮世離れした特集を象徴している気がした。17世紀の絵画が、それ以前の宗教画から脱皮し、「人びとの日常を描く」ものになり、「女の家事と、男性の仕事の違い」を描いているというのだが、本特集は、「ジェンダー平等」をはじめ、「オールタナティブ社会」「アクティビィスト」などバタ臭さのする言葉の蔭に、市井で条件の悪い中で必死に生きる女性たちが顔を出す機会を失っているような感じをもった。

生活実態がみえないことがこの領域が遅れをとる一番の理由だと言うことをこの特集は逆説的に教えてくれた。それに関してだが、「ジェンダー平等」の現状がどうなっているかについて、「ワンパターン」が炸裂している。この特集で編集の青山が特集の概要を示す中で、ならびに男女共同参画政策を論じる際に船橋が、揃って上げているのは、毎度おなじみの国連のジェンダーエンパワメント尺度(GEM)だ。貧困・格差社会になった日本の格差・性差別を計ろうとする際に、いつも「上級公務員、衆議院議員、会社経営者」(青山の記述。p.24)というエリートたちを指標にすることに疑問を感じないというのはあまりに現実離れした目線ではないかと思う。

そもそもジェンダーエンパワメント指数(GEM)は、統計上問題があるという批判が複数の統計学者からなされている曰く付きのデータである。ジェンダーエンパワメント指数とは、a.国会の女性議員割合、b.<行政職・管理職>と<専門職・技術的職業>における女性割合の単純平均価、c.推定勤労所得の3分野の4指標をとりあげ、0-1の数値に換算して、3つの価をそれぞ?のウエイトで単純平均したものである(伊藤2009)。統計学の伊藤が上述したように、異なる3つの分野を取りあげ、単純に3つに割って平均値を出すといった乱暴な評価づけについて、「このような見当外れの議論を引き起こすようなUNDPの指数・尺度は罪つくりだ」「時間をロスしあるいはミスリードすることは許されない」と早くから厳しい批判をしているのがまったく斟酌されていないのはどうしたことか。さらに、ジェンダー研究で多くの論考もある杉橋やよいも、かねてより異質な指標を総合し単純に平均するという測定指数構成要因がこの3つという選択が適正か、また単純に平均を出すという計算方式でいいのか、などウエイトづけならびに計算根拠の妥当性に対する批判を行っているところである(杉橋2008、2009,)。こんな指標が性差別の実態を言い表しているとはとても言えない。

「ジェンダー平等は日本でなぜ進まないのか」特集号は、上述した「どれほど進まないのか」という現状認識でも問題があったが、どういう解決方法を示したらいいか、という解決策でも、「ワンパターン」である。現在のように、貧困と格差の問題が深刻になっても相変わらず毎度おなじみの「世帯単位からシングル単位」論が繰り返される。これにたいし、「大量のフリーター女性が出現している」こと、「女性の収入が低下している」ことをあげ、「政策単位の個人化だけではうまくいかない」と山田昌弘から批判も出ている(山田2005:252-253)。

シングル単位論は、WLB、女性のエンパワーメントなどを掲げ、女性の社会進出、共働きを推進することによって男女共同参画が進むといった政策と共に語られている。しかしながら、鈴木ふみが論考で書くように、日本では正社員、特に子どもをもった女性がフルタイムで働くのが一般化する前にニューエコノミーによる労働の二極化が始まり、パート、アルバイトー、契約社員、派遣社員などの非正規雇用の拡大が始まった。90年代半ば以降、企業が非正規雇用を「柔軟型」労働と呼んで人件費を削減していった結果、社会保険などのセイフティネットに守られることがない非正規就労者の割合が若年、女性など50%前後の割合を占めるまでになっている。シングルマザーは平均所得243万であり非正規就労が過半数とされる(2007年国勢調査)。このような「労働の主婦化」が進行した現状のまま、ほかの問題をみずにシングル単位のみを優先していても、非正規就労者は「働けど働けど貧乏のまま」となる可能性が高い。非正規雇用が浸透する中で、片働き夫婦のみを優遇する制度、性分業システムを是正しようというシングル単位論のみを強調するのは現実を見損なっているのではないか。その点で、鈴木ふみの論考は、経済や雇用の現状認識では共感するところが多いが、運動については、海外の運動の歴史に目が向きがちで日本の運動史が見過ごされている点、運動の担い手を「育てていく」という発想には疑問も感じた。女性に多い非正規就労者のことを考えるならば、解決策として出されている「失業給付や就労支援」「ベーシック・インカムの保障」などについてもっと活発な議論をしていきたい。

また、「ジェンダー平等」をめざすレトリックとして、しばしば用いられたものに「男らしく、女らしくではなく、自分らしく生きる」というものがある。「ジェンダーフリー」や男女共同参画政策における条例や行動計画などでよく取りあげられる文言である。しかしながら、いやが応でも「自分らしさ」イデオロギーが広まっている中で、「自分らしさ」をこれ以上強調するのはどうか、「自分らしさ」を免罪符にすることになりかねないという指摘もある(山田2005:232-233)。若者の状況と「自分らしさ」の関係はどうかわからないが、「自分らしさ」イデオロギーが自己責任論を助長させるリスクがあることについては「ジェンダー平等」を主張したフェミニスト学者も十分認識する必要があると思う。これまでの「ジェンダー平等」を主張してきた中にどんな課題があったのかを検証することも重要だと思う。現在の貧困格差問題とのからみでも、こうした批判と向き合う議論が期待されていると思うので、特集に自らの行動や主張への振り返りが見られない点を残念に思う。

さらに、運動についての「ワンパターン」がある。特集では、運動といえばいつもの「ウーマンリブ」ネタが持ち出されている。「ジェンダー平等がなぜ進まないのか」という特集に、なぜいつも1970年代前半に勢いを持った「初期リブ」にスポットがあたるのか、わたしには初期リブでなければならない必然性やその関連性が理解できない。青山は、「フェミニスト/リブを自称してはばからない」編者二人が「先達の運動を、建設的に批判・検証することにした」という。だが、建設的に批判・検証するにふさわしいのは、40年前のリブ運動であろうか。

しかも、田中美津インタビューに延々20頁も割いている。リブ運動を運動として検証するという時に現在は運動を下りている「田中美津」を取りあげても説得力に欠ける。それまで「リブとは一線」を引いてリブを置き去りにして女性学を立ち上げてきた女性学者が多い中、女性学者である上野千鶴子が1987年に『美津と千鶴子のこんとんとんからり』を出版し、田中美津をほめちぎって以来、女性学は田中美津をリブの教組といった「ワンパターン」な存在として扱うようになった。今回の特集もその「ワンパターン」を繰り返している。インタビューアーは千田有紀。しかも千田によるインタビューは、田中に「美津さんからするとわたしなんかは頭でっかちに見えるのかな」などとリブ運動を批判的に検証するといいつつ、一向に批判に向かないのである。最後には「心強い先達がいると、生きていくのが楽になりますねえ」という感想で締めくくっている。ノスタルジックな語りとしてしか読めない。「ジェンダー平等」の現在を語るのにふさわしい運動家は他にいなかったのだろうか。

さらに、秋山洋子は、この特集号で、リブの闘士だった北村三津子の死と樺美智子について書いている。保母から介護福祉士へとケアの現場で働き続けた北村三津子。六〇年安保のデモで亡くなった樺美智子のことをノスタルジックに語られることを批判する文脈で秋山は書いているのだが、この特集全体のモチーフがフェミニズムの歴史の中で「過去の栄光」である「ウーマンリブ」を取りあげるのだから、ノスタルジーに陥っているのである。亡くなって語られる北村三津子、運動者でないからお呼びがかかる田中美津、いずれも運動現場において実際に活動していないという意味でノスタルジックなのである。書き手やインタビュアーがどれほど大きくすばらしい存在として描こうと、過去語りでしかないために、書き手やインタビュアーらの現在の地位やスタンスが脅かされることはない。

リブ運動、左翼運動検証、政策に関しての議論をした後に、シングルマザーについて漢人朋子、レズビアン運動について尾辻かな子、「若い世代」について栗田隆子に、それぞれ4頁、5頁、6頁のスペースを割り当てられるという構成も「ワンパターン」だ。周縁として補完されるのは、相も変わらずシングルマザー、レズビアン、若い女である。わたしはむしろこの方たちの議論をもっと詳しく聞きたいと思った。例えば、栗田が言うように、「フェミニストであろうとなかろうと(中略)きちんと敵対するべきところは敵対する」というスタンスは重要と思う。グローバル経済により、日本に就職口自体がなくなっている現在、大沢真理らがこの貧困状況に対してミスマッチな「キャリア教育の充実」を語っていること自体が「ジェンダー平等」を推進した大沢ら女性学者の行ってきた政策を批判的に検証する必要性を強く示していると思う。また、尾辻が提唱する「同性パートナー制度」を導入するにはこれまでの「男女共同参画政策」をどのように改正する必要があるのだろうか、あるいはそもそも「同性パートナー制度」は結婚制度とどこが違うのか、といった論議こそ今やるべきことなのではないだろうか。漢人が述べるように、保育所を単に増やすだけでは十分ではなく、保育士が働き続けられるように労働条件を上げていくこと、児童虐待が増加しているが子どもたちをどうしたら救い出せるかといったことも「ジェンダー平等」と不可分なことである。もっとこうした議論を深めてほしかったと思う。

海妻径子の論考では、小倉ら男性アクティビストや男性研究者が日頃、「文字の上」においてしか女性運動に「敬意」を払わず、実際に目の前にいる女性運動が眼中にないという批判をしているが、わたしは本特集では文字の上でも現在の「女性運動」に敬意を払っていないと感じられた。海妻があげる、やれ「リブはすごかった」という過去の運動に対する評価しか存在しないという批判は、そっくり本特集にあてはまるのではないか。「すでに失われてしまった闘いの名残りほどラディカルなものはない」(p.90-91)という海妻のことばは、いつまでも「リブ」にこだわる本特集にそっくりはねかえってくる。

さらに、海妻のみならず、本特集全編を通じてのメッセージとしてフェミニズムが「コンシューマリズム」あるいは、「化粧とハイヒール」に「負けた」という見方をしていることに違和感をもつ。また、海妻は「コンシューマリズム的主張を批判しきれ」なくなるという批判をしているが、消費主義は、完全にわたしたちの外部にあるもので、フェミニズムはそれに「勝ったり」「負け」たりするような存在なのだろうか。コンシューマリズムとは、より多く商品を購入させるように消費をあおり立てる社会のしくみを指すと思うが、わたしたちは、フェミニズムも含めてそうした社会体制の中に絡め取られているのではないか。「負ける」とか「勝つ」とか「批判しきれる」とかそんなにすっきりと自分の外にある存在として切り取れるやわな装置ではないと思う。「化粧とハイヒール」「コンシューマリズム」ということばで言い表されている消費社会や消費主義のとらえ方にも疑問を抱いた。

最後に、本特集を読んで一番疑問に感じたのは、そしてこれが一番深刻な問題であるが、自分を棚に上げて「責任逃れ」をしている書き手のスタンスであった。この「責任逃れ」がもっともひどいのは船橋邦子だ。これまでの男女共同参画政策は「心がけ論」でしかなかったからダメだというが、船橋は、佐賀県立男女共同参画センター館長職に自ら応募して、「男女共同参画社会とは、伝統的な性別役割や、女らしさ、男らしさに縛られず、自分らしく生きることのできる社会」と定義し、「男らしさ」「女らしさ」から「自分らしさ」へというかけ声を繰り返しかけまくった。船橋が、『ジェンダーがやってきた』(木犀社、1997)という本の中で繰り返し書いているのは、その意識改革であった。自ら行政に飛び込み、その組織のトップとして「女らしさ」ではなく「自分らしさ」へと意識改革を迫る男女共同参画政策を推進してきたのが、船橋その人であった。しかしながら、船橋は自分がまったく関わってこなかったかのように、自分の責任を棚にあげて、女性センターにおいて予算の大半が単にイベントに費やされていた、女性のためにならないやり方だったと批判している。自分がどう関わって、どううまくいかなかったなどという実例を一切出さないので、問題の所在が見えてこない。そして、問題を深めないままに、さて今度は、男女共同参画社会基本法が性差別禁止法ではなかったのがまずかったと、とんでもない主張を繰り出し、責任を自分とは関わりのない外部に押しつけようとしている。

船橋の記事の最後は、「既存の政策に対する批判力をつけ、主体的に政策づくりにコミットしていく活動が求められている。国や自治体が呼びかける協働やパートナーシップという美名のもとで、気がつけば政策に動員されていたという過去の過ちを繰り返さないために」というものだが、市民よ批判力を養え、といったいわゆる女性のエンパワーメント、言ってみれば「心がけ論」に回帰している。船橋自身が真っ先に自治体の呼びかけに応えてトップセールスを担ってきたこと、そのことにはまったく触れずに、「過去の過ちを繰り返さないために」といっても説得力なさすぎだ。いつも自分のよって立つ位置や関わりを明らかにすることなく安全な位置から、一般市民や政策・制度など他者を批判する。自分が関わったこと、してきたことの責任を問うことのないその批判のあり方こそ、90年代以降国や自治体の男女共同参画政策に深く関与してきた女性学者がもっとも問われなければならない課題だと思う。フェミニスト学者、運動者らがこの問いを投げかけられたら、まず自らがどのように関与してきたか、それをどう評価するか、を真っ先に考えるのではないか。

この特集において、フェミニストが過去の運動語りにどっぷりと浸かったまま、現実の運動の評価と向き合うことを避けている。そしてそのこと疑問を感じていない。これは、フェミニズム研究の中で「運動」や「アクティビズム」を売りにする人が出てきてそれがそれら一部の人達の一種の専売特許となっていること、そしてそれ以外の大勢の女性学者が運動から遠ざかっており、運動についての議論が成立しなくなっていることが影響しているのではないかと思った。運動や政策をめぐって、目の前のもっとも厳しい局面を避けたり、自らの責任逃れの主張がなされている特集を読んで、「フェミニズムって一体何のために書いたり、議論したりしていたんだっけ」と改めて突きつけられたような気がした。

参考文献:

伊藤陽一2009「ジェンダー統計研究(10)ー性別格差の総合指数について1ーGEMとGender Gap Indexを材料に」『経済統計学会ジェンダー統計研究部会ニュースレター』(10-15号筆者はインターネットからダウンロードしたが、2010年9月15日現在同じ文書を確認できなかった。しかし、伊藤のGEM批判論考は他にもネット上に多くあげられており読むことが可能。

杉橋やよい2008「ジェンダーに関する統合指数の検討?ジェンダー・ギャップ指数を中心に」戒能民江編著『ジェンダー研究のフロンティア1巻 国家/ファミリーの再構築?人権・わたし的領域・政策』作品社:230-249

杉橋やよい2009「第7章 ジェンダー統計の現状と課題-日本を中心に」杉森滉一・木村和範・金子治平・上藤一郎編著『現代社会と統計1社会の変化と統計情報』北海道大学出版会:151-170

船橋邦子1997『ジェンダーがやってきた』木犀社

山田昌弘2005『迷走する家族-戦後家族モデルの形成と解体』有斐閣238

マサキチトセさんへの応答:「フェミニズム」の射程を狭めてしまう「ジェンダーフリー」擁護と、反「ジェンダーフリー」言説

執筆者:斉藤正美

わたしは、「ジェンダーフリー」は、フェミニズムが重要だと考えてきた性にまつわる差別問題を換骨奪胎させる「罠」であったと考えている。だから、「ジェンダーフリー」を使わない方がよいと考えている。しかし、だからといって、「男女平等」に戻ればいいのだと、現在考えているわけではない。むしろ、「男女平等」という理念に居心地の悪さを覚えるフェミニストや、既存の「性差・性別」という概念に疑問をいだくフェミニストの主張をしっかりととらえることが大事と思っている。無視しても構わないとか、もっと大きな問題があるから大したことのない小さい問題にすぎないとか、「付け足し」に考えればいい、などと考えているわけでは、決してない。
そこで、現在どのように考えているか、<a href=”マサキチトセさんの論考、ならびにtummygirlさんの論考への若干のレスのようなものを書いてみたい。

「ジェンダーフリーはこれこれこういうものなんだ」という形で「誤解を解く」ことでジェンダーフリー概念を擁護しようとする動き、そして逆に「ジェンダーフリーというのは結局のところ『男女平等』の言い換えに過ぎないのだから、『男女平等』に戻せばいい」という言説を作ろうとする動きの両方のパターンに陥って来た。

マサキチトセさんのこの指摘は重要な指摘だと思う。そして、わたしは「ジェンダーフリー」でも「男女平等」でもまずいと思う以上、第三の道を模索・提案していきたいと思う。とはいえ、これぞ、という提案を出すというより、これから議論を積み重ねていけたら、新たな道ができあがっていくのではないかと思うから、これから道をつくっていきましょう、という提案をしたいと思う。同じようにマサキさんの指摘を受け止めている人、以前からこの方向に向いていた人は決して少なくないだろうから。

わたしが考える第三の道は、キーワード(概念)としては、従来「性差別の解消」といってきたものを、「性にまつわるあらゆる形態の差別の解消」とするというものだ。「性差別の解消」は、従来、「女性差別」「男女差別」という意味で「男女平等」とほぼ同じように使われてきた。しかしながら、それを「性にまつわるあらゆる形態の差別の解消」とするのは、「男女」という性別二元論を前提とする考えに依拠したり、異性愛体制を是認し、ヘテロセクシズムを放置したりすることを「性にまつわる差別」とみなし、それを解消することを目的とする人々が共通して取り組むことができるようにしたいからだ。
さらに、「性にまつわるあらゆる形態の差別の解消」という理念的なキーワードだけではまずいので、同時に具体的な対処法や取り組みをも併せて示していくことが不可欠だと思う。その際には、基本法制定の際に大澤氏がやられたというような、相手が気づかないまに「しのばせ型」でやるのではなく、反対があっても正面から説得していく方法を採るやり方をしていきたい。その方が遠回りであっても究極的には目的に到達できる方法だと思うからだ。特に、現在の「男女共同参画」や「ジェンダーフリー」で「しのばせ型」や「妥協型」でぼやっとした形で導入したことのつけが来ている現状をみていると反省材料として強くそう思う。

もちろん、政策決定過程においてどのような困難があるかは、わたし自身地方の自治体でのプラン、条例策定過程に専門委員などとして関わった経験から知らないわけではない。よく知っている。しかしその経験を踏まえても、理念だけにとどまらず、具体的な施策や取り組みとのセットでなければ事態を前に進めることができないと強く信じている。

狭い意味での「男女平等」の達成に加えて、「男らしさ、女らしさ」の概念や男女を自明の前提とする「性別」の概念の問い直しをもその射程に入れるような一連の試みに名前を与え、しかもその全体にタテマエ上であれいわば公的な承認をとりつけるという目的で、一つの用語を採用・使用しようという戦略があったとすれば、それは理解できる。もっとも政府に近い立場で「ジェンダーフリー」という用語を採用した大澤真理氏も、この用語にそのような役割を期待していたように思える。

これはtummygirlさんの指摘であるが、わたしには大澤氏は「男女を自明の前提とする「性別」の概念の問い直しをもその射程に入れるような一連の試み」を明示的示しているとは思われない。それに、具体的な施策も提示して推し進めるということが伴っていただろうか。仮に、あくまで理念的に可能性をもつというのであれば、それに期待しても、このような反発が大きい案件は押し切れないものだ。その点を強く懸念する。すでにtummygirlさんも書かれているように、行政はあくまで「男女平等」を押してくるフェミニズムを脅威と受け止めており、「ジェンダーフリー」を導入したのはそれへの「めくらまし」としてだった、と考えるからだ。

実際にわたくしは行政が「ジェンダーフリー」に「乗った」のは、「男女平等」が怖かったからではないかという疑いを捨て切れませんし。

「ジェンダーフリー」が、仮に理念的にはセクシュアルマイノリティに関する教育や施策を含みうるからといって、実践的な取り組みとの併用でなければ、事態が前に進むとは言えないというのは、わたしの政策策定に関わった経験に基づいて考えていることだ。いくら理念的に可能と言ってもそれを具体的に政策や教育の現場でやっていく対策を伴わなかったら事態は動かないものだ。行政は前例主義だし、自分たちがやりたくないことは法律で書かれていたとしてもやらないで済まそうとする。それに、保守との連携で政策を下ろしてきた経緯があり、保守の反対が生じそうなことをしない傾向をもっている。別の地域では異なるかもしれないが、少なくとも私の住む自治体のやり方はそういったものであったし、そうした手法をとる自治体は全国でも少なくないだろうと予想できる。

だからこそ、保守派が「ジェンダーフリーは家族を破壊するのか」とか「ジェンダーフリーはフリーセックスか」と恫喝することにどう対応するかは重要である。「男女」という性別二元論にあわてて逃げ込んだり、安心な異性愛体制に引きこもるという選択肢はとるべきではない。(私のこれまでの行動がそのように見えていたというtummygirlさんやマサキチトセさんの指摘をありがたく思う。)そうではなく、「ジェンダー」というカタカナ語がもつ、一見「正しい・優れた」思想だという語感を利用してあいまいなまま積極的に使ってきたことを反省し、性の二元制や異性愛制度の問題を広くわかるように提示していくとともに、そうした制度的文化から逸脱する人々が生きやすいようにするにはどうしたらいいかを具体的な施策に落とし込む作業をしていくことが肝要である。つまり、tummygirlさんが以下のように書かれる点に、もっとフォーカスして考えなければならないということだ。

バックラッシュ言説への対抗において、「フェミニズムが既存の性差の形態を否定するかもしれない可能性」というものを、フェミニズム自身が(あるいは一部のフェミニストが)積極的に隠蔽してしまった、ということを指摘したいのです。
バックラッシュ言説がフェミニズムを攻撃するときに動員したのは、互いに支えあう二つの体制、すなわち、二項対立的なジェンダーシステムと異性愛体制ですが、そこから逸脱する存在に対する恐怖や嫌悪でした。
ところが、「フェミニズムは男女平等を目指すのだ」「性差を否定しないのだ」と主張したとき、そのようなフェミニズム側からの対抗言説は、バックラッシュを意識するあまり、それらの恐怖や嫌悪を批判するのではなく、恐怖や嫌悪の対象となることを回避する方向に、向かってしまいました。
つまり、その時のフェミニズム側の対抗言説は、いわゆるバックラッシュのロジックとは違う理由で「男女平等」という理念に居心地の悪さを覚えるフェミニストや、既存の「性差」という概念に疑問をいだくフェミニストの主張を、あたかもそれは正当なフェミニズムの主張ではないかのように、扱ったのです。

さらに、バックラッシュ対応だけではなく、政策へのチェックも甘かったことを認めなければならない。従来の自民党の男女共同参画政策についても安易に支持してきたことの甘さを認めるのにやぶさかではない。さらに、今回発表された民主党の政策マニフェスト、特に「こども・男女共同参画」と見出しが立てられていることをみても、異性愛制度バリバリで子どもを持つことが前提に立った政策であり、子どもの保護や教育に強調が置かれている点は従来の自民党の政策と同程度かそれ以上のように見える。その一方、子なしシングル、レズビアン、ゲイなどへの目配りはまったく見られず性の二元制を強化していることに脅威を感じた。トランスジェンダーについても、障がいとして扱うことで「男女共同参画」とは別に配されており、これはまずい、きちんと指摘していかねばと思った。

それに関しては今思うのは、マサキチトセさんが危機感をもって児童ポルノ処罰法反対の発信をあれ や これとやっておられたが、私を含めLGBTI運動以外からの反対の発信が少なかったように思う。単純所持を犯罪化・処罰化するということがどういった波及効果を持つかについて、マサキさんが「国家による規制(所持の犯罪化や検閲)を希求することは即ち国家権力に当該規制対象を表象する独占的な正統性を与えてしまうことになる。つまりどんなセクシュアリティがOKでどんなのはNGなのかを国家に判断させてしまうことになる。」と指摘しておられる点など、やはりフェミニストは危機感が乏しいと批判されても仕方ない面はあると振り返って思う。この点は、日頃わたしが主張している、行政と密着してきたフェミニズムという点とも絡み、行政権力に対する危機感が弱いように思われる。それだけではなく、異性愛や性の二元論からの逸脱に対する制裁がどれほどのものかをよく理解できていないという点も否めないと考える。

雑然としてきたが、まとめると、tummygirlさんやマサキチトセさんが「ジェンダーフリー」を使うことを肯定的に考えておられる点には、実質的な政策を伴わない抽象的なカタカナ語であるため効果が期待できないという理由で同意できないが、その主張の根底にある、フェミニストが性別二元論的な考えをこっそりと支持する側に回ったのはとんでもない、という主張を自分を含むフェミニストに向けられたものとして受け止め、よく咀嚼し新たに動きをつくる側に回りたいと考える。

そして、そのようなフェミニズムの現状を打開するためにわたしが考えられる方策は、「男女平等」に戻るというのではなく、新たに「性の二元制」ならびに「異性愛制度」と「男性標準」を標準的なルールとする現在の文化や規範を見直し、「性にまつわるあらゆる形態の差別」を解消するという考え方を打ち立てること、さらに、それについての具体的な取り組みをフェミニズムを支持する人たちが積極的に始めることであると考えている。しかしながら、理解が足りない点は多々あると思うので、さらにご指摘をいただけたらと願っている。

男女共同参画条例:「ジェンダーフリー」より「積極的格差是正措置」を

執筆者:斉藤正美

2002年11月8日、『朝日新聞』「私の視点」に投稿しましたが、掲載されなかったボツ原稿です。 以上は、いずれも2002年秋に、斉藤が山口さんらとディスカッションした内容を『ふぇみん』などに投稿した原稿です。2004年秋に「今になって批判するな」と言われました。しかし、2002年時かられっきとした批判をしていたことを示すためにここにおいておきます。

各地の男女共同参画条例の制定過程において、「男らしさ/女らしさにとらわれない」という「ジェンダーフリー」の理念を入れるか入れないかが攻防の的となっている(10月22日付け「ポリティカにっぽん 男女共同参画バックラッシュ」)。

「ジェンダーフリー」は、元来、東京女性財団がバリアフリーにヒントを得て用い始めた和製英語的な用法である。インターネットでgender-freeを検索すれば、日本の男女共同参画行政のサイトが多出するので驚く人も多いだろう。東京女性財団の説明では、「男女のジェンダーコードの『段差』を発見し、これを『平ら』にする試み」とある。

男女共同参画条例は、1999年に施行された男女共同参画社会基本法を実質的に根付かせるための地域における取り組みである。同法は、国連が1979年女性差別撤廃条約を採択した後、各国が批准し「性差別禁止法」や「男女平等法」を制定したという流れに連なる。この法律は、「政治的決着」によって、名称から「男女平等」がはずされ、「男女共同参画」社会基本法となった経緯がある。しかしながら、英語名称は「ジェンダーイクオリティ(男女平等)」社会と定義されているように、基本理念は「性差別の是正」や「男女平等」である。これは、女性が働きやすい社会のほうが男性も自由な生き方を選択できる、女性の労働力率が高いほど出生率も高い、という理解が広まったために、少子社会に歯止めをかけるためには「男女平等社会」しかないということで成立に至ったものだ。

ところが、地方自治体における条例制定においては、「性役割を変える」という「ジェンダーフリー」の理念が先行されがちである。男女平等社会づくりにまず必要なのは、「男女平等」を達成させるための「積極的格差是正措置(ポジティブアクション)」などの具体策である。入札時に事業者に男女平等推進状況を報告してもらう、行政の付属機関の男女比の達成目標を設定するなどの「差別解消策」や、そうした対応が進展しない場合に訴える先としての苦情処理機関設置こそ条例に真っ先に取り入れられる必要がある。

「性役割」や「性別役割分担意識」を変えることに効果があるのは、社会の制度やしくみを変えることである。性役割や特性という「心のありよう」を条例で規定しても効果はあまり期待できないのではないか。「ジェンダーフリー」に反対する側から「男らしさ/女らしさ」を条例に規定する動きもあるが、当代の若者が素直に従うとも思えないことからもその効果のほどは容易に想像できよう。

条例で強調すべきことは、「性役割の変更」を規定することではなく、個人が「性別による差別的取り扱いを受けない」ための積極的改善措置である。条例案が「ジェンダーフリー」というあいまいな言葉の取り扱いで紛糾している間に肝腎の「性差別解消」のための施策への目配りがなくなり、条例が骨抜きになってしまうのでは本末転倒である。

「男女共同参画」社会基本法という名称が、「平等」を避けた政治的決着であるからといって、「性差別解消」という条例の達成目標まで揺らぐことがあってはならない。(1288字)