この記事の初出はSYNODOS (2015年10月21日付)でしたが、SYNODOS編集部が掲載されていた記事を著者山口智美の了解なく削除したために、こちらに再掲したものです。なお、BLOGOSではオリジナルSYNODOS記事の転載をまだ(2018年9月7日現在)読むことができます。
追記:いきなり日本時間9月8日朝にシノドス掲載版が復活していました。ただ、編集部からの説明はまだ何もありません。いつまた消えるかわかりませんので、こちらも掲載したままにしておきます。(山口智美)
猪口邦子議員から届いたパッケージ
10月1日、アメリカのモンタナ州に住む私の勤務先大学の住所宛に、自民党の猪口邦子参議院議員からのパッケージが届いた。私は猪口議員と面識はない。封筒には、送付元として猪口議員の名前と肩書きが書かれ、気付としてフジサンケイ・コミュニケーションズ・インターナショナルの住所が記載されていた。
封を開けてみると書籍が2冊とネット記事のコピーが3部、猪口議員がサインしているカバーレターが入っていた。
同封されていた書籍のうちの一冊は、Sonfa Oh, Getting Over It? Why Korea Needs to Stop Bashing Japan (Tachibana Shuppan 2015) 。呉善花『なぜ「反日韓国に未来はない」のか』(小学館新書 2013)の大谷一朗氏による英訳版だ。英訳版の版元はたちばな出版となっている。
もう一冊は、The Sankei Shimbun, History Wars: Japan- False Indictment of the Century 産経新聞社『歴史戦—世紀の冤罪はなぜ起きたか』(産経新聞出版 2015, 古森義久監訳) 。これは、産経新聞社『歴史戦—朝日新聞が世界に巻いた「慰安婦」の嘘を討つ』(産経新聞社2014)のダイジェスト英日対訳版だ。
同封されていたネット媒体掲載の3点の英文記事は、どれも韓国についての批判的な内容のものだった。(注)
(注)同封されていた3点の記事は、
(1) Jeb Harrison, “Sea of Japan Becoming a Dumping Ground for Trash from China and South Korea,” Huffpost Green, Aug 19, 2015(訳:日本海が中国と韓国のゴミ捨て場になっている)
(2)John Lee, “South Korea’s Domestic Politics Undermine Strategic Interests,”
(訳:韓国の国内政治が戦略的利益を害している)World Affairs,日付不明
(3)John Lee, “The Strategic Cost of South Korea’s Japan Bashing,”
(訳:韓国の日本叩きによる戦略的コスト)Business Spectator, Nov 5, 2014
パッケージに同封されていた手紙は2015年9月付。猪口議員がイェール大学でPh.D. をとり、上智大学で30年以上教鞭をとったという学者としての背景、及び政治家としての略歴を記した自己紹介から始まっている。日米関係の重要性について触れた後、4パラグラフ目で、「しかしながら、残念なことがあります」(以後、山口訳)と、歴史認識の話に進む。
そこでは「東アジアにおいて、20世紀のこの地域の歴史は、現在、国内的な政治的野心に基づいて動く人たちがいるために、間違って歪曲されています。より悪いことに、この歪曲された歴史はアメリカの幾つかの地域にも伝えられています」と、現在東アジアの歴史が何者かによって「歪曲」されている、という史観が披露され、さらにアメリカにもそれが及んでいると主張する。
そして、同封の書籍がどのように歴史が歪曲されたかを論じるものであり、だからこそ学者は是非読むべきであると主張している。
さらに、レターの最後、猪口議員のサインと共に書かれていた肩書きは、「沖縄及び北方問題に関する特別委員長」のものだが、猪口氏は2015年9月時点ではこの役職を辞しており、この地位にはなかった。なぜこの肩書きがレターヘッドにも、署名の下にも使われていたのかはわからないが、これも杜撰な印象を与える可能性がある。(文末のレター本文参照)
加えて、猪口議員の略歴に関しては、「日本に戻り、小泉純一郎首相からの要請を受け、参議院議院選挙への出馬を決意し、当選いたしました。」と書かれているが、猪口議員の公式サイトによれば、猪口氏は小泉首相からの要請を受けて、まず2005年に衆議院議員に当選し、2009年まで衆議院議員を務め、2010年から参議院議員になっている。レターの内容が自身の略歴を正しく反映していない。
それに加え、些細な事ではあるが、今回の書籍が送られてきた封筒には、私の宛名として「M. Tomomi Yamaguchi」という表記が使われていた。この「M.」という表記は何らかのミスかと最初は思ったが、他にも「M.」で送られている人がいるのがわかった。
通常、宛名としてはMs. やMr.、あるいは学者相手ということもあり、Dr.が使われる。このM.という表記は使われることはなく、性別がわからないからという理由でM.という表記にしたのかもしれないが、相手の事を調べてもいないことがわかり、失礼な印象を与えるだろう。特に、猪口議員自身については、Dr.を使っているため、なおさらである。
一体このパッケージは誰に送られたのだろう? 2015年5月5日に出た、「日本の歴史家を支持する声明」(注)の署名者である日本研究学者(計464人)がターゲットになっているのかとはじめは考えた。
(注)「日本の歴史家を支持する声明」全文と署名者一覧(英日両語)は以下を参照 Open Letter in Support of Historians in Japan UPDATED, May 7, 2015
実際に、「声明」に署名した数人の友人たちから、猪口議員から同じく書籍をもらったという声も届いた。しかし、それだけにはとどまらず、署名しなかった学者(特に政治学者)や、日本に駐在している外国特派員らに届いているようだ。
私が確認した限りにおいて、さらに同封された手紙の内容からも、在米の日本研究の学者、および米国を含む海外に英語で日本のニュースを発信するジャーナリストらがターゲットだったのではないかと思われる。